3−3ロムダーオ
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ダーオの家は高床式の木造で、秘密の砂浜から程近い場所にある。ロムとダーオの二人は原付バイクを降りると実家の粗末な階段を上った。
家の中にはまだダーオの母がいた。
「あら、お帰り。久しぶりのプーケットは楽しかった?夜の街で羽目なんか外してないでしょうね?二人共お腹空いてない?ほら、食べなさい」
母は出勤の準備をしながら、ロムの返事も待たずに朝食をテーブルに並べ始める。
「サワディカップ…」
ダーオの母に合掌したロムだが、朝食に預かる事を想定していなかったので恐縮する。
「座れよ、ホラ」
ダーオはさっさと座ってしまうと早速スプーンを取り出して、母の作ったお粥を食べ始めた。
「あ…すみません。頂きます」
そう言ってロムはもう一度合掌をすると、ダーオの向かいに座って遠慮がちに食べ始める。朝はダーオの呼び出しメールに慌てて桟橋へ向かったので、朝食を食べていないロムは粥の香りに触発されて小さく腹の虫がなった。
母は長い髪の毛を結い、一食分の粥を個別にまとめる。
ビニール袋につめられた粥を器用にゴムで縛りロムに渡した。
「ロム、これはガイさんに差し上げて。貴方のお父さん、あまり食べてないでしょう?見かける度に痩せている様に見えるわ」
偏屈なガイは食事を採るのも面倒な様で、確かにロムは父が何かを食べている姿を見なかった。生活リズムが違うのだからずっと父を見張る事などは出来ないが、他人からそう言われると途端に心配になる。
世捨て人な父ではあるが、長生きしてほしいと思っている。
「ありがとうございます」
ロムはダーオの母親の好意を受け取ると、食べかけのお粥の器にスプーンを挿したまま再度合掌をした。
「水臭いわね、遠慮なんかしないで。貴方もウチの子よ。じゃあ、母さんはもう行くわ」
「はーい、いってら。気を付けて」
ダーオは食べている手を止めて立ち上がると、玄関先で靴を履く母を抱き締める。
「ダーオ、海には行っていないわね?」
「勿論」
母はダーオの返答に満足すると、ロムにも視線を向けた。
ロムは自分なりの表情で「勿論行ってませんよ」と言う顔をして肩を竦め、頷いた。
「…貴方達二人で海に行けば碌な事にならないからね、その傷だって治ったから良かったものの…」
母はぼやきながら二人の手の平の傷、正確にはロムの掌から肘までの傷と、ダーオの掌から手首までの傷を眺め、ため息をつく。
これ以上は母も強くは言えない事情があって、「海はだめよ、わかったわね」と再度釘を刺すと家をでた。
暫くして原付バイクのエンジン音が聞こえたかと思うと、一瞬で遠くにいってしまった。この家には一台しかない母専用の原付バイクだ。母は今日も元気に職場へと向かう。
「…長いな」
唐突にロムが言う。
「は?」
「お母さん」
「何が?髪の毛?」
「…違う、仕事。変えて無いんだろ?」
ダーオはロムの言葉の足りさなに苦笑する。相変わらずロムは言葉が少ない。
「主語!目的語!お前は端折り過ぎ!」
「…文脈から察してくれ」
「無理寄りの無理でーす。お前とは長い事一緒に居るけど、未だにハテナが頭を飛び交う事が多いよ。お前の言葉より、よっぽどお前の表情を見てた方がまだ読み取れる」
そう言って人たらしの笑顔をロムに向けたダーオは、ロムの顔を覗き込む。二人の顔が急接近し、ダーオの息遣いはすぐそこ、ロムの目の前だ。
「ん?Nongロム?」
そう言ってダーオはロムの肩をポンポンと二度叩くと、再度席に着いて粥を食べ始めた。
ロムはこの一瞬の出来事に内心で溜息をつく。
ダーオが目の前に居る間、ロムは息など出来なかった。
(…表情を読み取れるなんて、そんなのは嘘だ。もし本当にお前が俺を完全に理解しているのなら、今お前が覗き込んだ俺の瞳の奥に宿る熱に、お前は戸惑っているはずだ…)
大きな窓からの風は潮騒の音を含んで二人を優しく包み込む。
ダーオの母が作る粥は昔から変わらずこなれていて美味しい。彼女は島の北部にある高級リゾートホテルで清掃の仕事をしていた。
もう長らく働いている。
(…ダーオの父が海難事故にあった時からだ)
ロムの記憶は確かだ。
ダーオの母は女一人で子供を抱え、夫の死への悲しみに暮れる時間もそこそこに、食い扶持を探すため都会に出なければいけないところだった。
丁度時を同じくしてホントンのリゾート開発が始まり、あれよあれよという間に大きなホテルが出来上がった。
間も無く彼女はそこで働き始める。
ホントンのお陰で安定した生活を送れる島民は少なくない。
八畳ほどのリビングは時が止まった様な静寂があった。
木の床板は傷だらけだが温もりがある。年季の入った壁に掛けられたダーオと父母の家族写真は色褪せて、写真の中の幼いダーオは無邪気な笑顔で収まっていた。
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