3ー2ロムダーオ
(…昨日、お前がスカイと何をしたのか…)
敢えて訊ねなくとも雰囲気で分かる。昨日、ダーオはスカイに抱かれた。それは確定した事実である。ロムの胸が軋む。
けれどロムは胸の軋みを宥める方法を知っていた。
大きく深呼吸をして、目の前に居るダーオの幸せそうな表情を見つめるのだ。昨日、一か月ぶりに再会を果たした恋人同士は幸せの内に身体を繋げたのだろう。その幸せの一端を覗かせてくれたなら、ロムはもう何も言う事は無い。
(…なぁ、ダーオ。お前の顔を見せてくれ。俺に、幸せなお前の…)
ダーオの瞳を伺うように覗くロムだが、果たしてその軋みは収まる気配を見せなかった。いつもと変わらぬダーオであるはずなのに、ロムはダーオが醸す幸せな香りを嗅ぎ取れなかったのだ。
(…スカイと一緒に幸せな時間を過ごしたんじゃないのか?そのキスマークは、つまりそう言う事なんじゃ無いのか…?)
もしロムがプーケットで見た光景がスカイの浮気現場だったとして、昨日の夜にその話題が恋人同士の間で取り上げられたならば、ダーオの首筋に痕などつくはずが無い。
つまりロムが観たのは浮気現場なんかではなく、ただの友人と歩くスカイであった筈なのだ。
「ロム?」
ダーオはなかなかバイクの運転席に乗らないロムの手の甲を握る。ロムは握られた先から熱を帯び、身体全身でダーオの体温を感じる。ふと見つめた瞳の熱がどうかダーオには気付かれないで欲しい。そう願いながら、ロムは愛しいダーオからゆっくりと視線を外す。
「なぁロム。お前、今日は仕事は?」
そろそろ出航するアナウンスが響く桟橋で、制服姿の島の子供達は皆既に船に乗り込んでいた。
「…今日は島で請負の仕事がある」
「イントラ?」
「あぁ。…お前の旦那のホテルからの依頼だ」
果たして「旦那」という単語がダーオにどう聞こえていただろう。ロムは自分で言っておきながらまたもや胸が軋む。
ロムは運送の仕事の他に、スカイの一族が経営する高級リゾートのアクティビティの依頼を請負っていた。
安定的に島民に仕事を供給するホントングループはもう島にはなくてはならないライフラインだ。
運送の仕事、インストラクターの仕事、それにピンクから時折貰うお小遣いでロムとガイの生活は成り立っている。
スカイはダーオを幸せに出来る資本が潤沢にある。
それに比べて、ロムにはスカイからダーオを奪い取れるだけの万人が納得し得る資産もなければ、力もない。学も無い。ダーオを喜ばせる言葉も持っていない。
ロムという存在はダーオの幸せを願って指を咥えるだけの負け犬だ。
「なんだよ、忙しいならお迎えを断ってくれて良かったのに。お前はプーケットに行くだろうから、お前が乗ってきたバイクを借りて帰ろうと思ってたんだぜ」
ダーオの計画はつまりこうだ。
迎えに来てくれたロムは仕事のためにそのままプーケット行きの船に乗る。ロムが乗り捨てたバイクを借りてダーオは家に帰る。
まさにウィンウィンだ。
「…馬鹿。じゃあ俺はどうやって帰れば良いんだ」
「そこは俺がまた迎えに来てやるよ。バイクを借りたまま返さないとかは流石に鬼畜だろ。お前にちゃんと返却しないとカオムーに送ってもらえなくなるしな」
ダーオは悪びれる様子も無くニコッと笑う。ダーオには笑顔がよく似合う。その笑顔にロムは弱いし、ダーオにはずっと笑っていてほしい。
ロムが出来る事はただ一つ。ダーオの笑顔を守る事だ。
(…まずは帰ろう)
どことなく疲れているダーオを家に送り届けてやらなければ。それがロムの今の使命だ。
「…そのまま家に送るので良いか?」
「サンキュー、Nong!まじ助かる!」
ダーオはそう言うと、繋いでいたロムの手を離した。
ダーオの熱が去ってしまう。
つい先程まではダーオの触れている部分が沸騰しそうな程の熱さを帯びていた筈なのに、手を離された瞬間から凍ってしまいそうなほどにそら寂しい。
しかしダーオは気になる事があった様で、再度ロムの腕を自身に引き寄せた。ロムの手先や腕につくショッキングピンクの色や黄色、白、緑、赤…
それらの色がロムの腕の古傷から指先まで無造作に塗られていた。
「…なんでペンキ?」
昨日姉と島民有志で仕上げたHOTEL HEAVENLYの内装外装ペンキの痕跡をまじまじと見つめるダーオの、揺らめく黒髪がロムの鼻先を擽る。ダーオの触れるその掌に、ロムは焦げ付いてしまいそうだ。
「…ッ…ラ……ラブホテルの外壁を塗り直した…」
「まじかよ!あの小汚いホテルがついに!?こりゃ是非とも近い内にお邪魔しないとなぁ」
ししし、とお道化て笑うダーオの冗談をロムは聴きたくない。ラブホテルを一人で利用する人間は居ない。ダーオがこのホテルを使う時、隣に居るのはスカイだ。
『献身的な愛は綺麗で浸れるかもしんないけどね、アンタ、もっと欲張りになっていいのよ?』
姉の言葉がロムの脳内に去来して消える。
欲張りになって、ラブホテルにやってきたダーオをスカイから奪えとでも言うのだろうか。
この優しくウェーブがかった髪の毛に、いつもと違うシャンプーの香りを漂わせるダーオを?
何も持たないロムにはダーオを奪う権利などありはしない。そんな無責任な行動を取った先に、もし奪ったあとのダーオの表情を思い浮かべてみる。
(…とてもじゃないが、無理だ。…俺には)
ダーオが笑顔でいられるならば例えいけすかないスカイが相手であっても、ロムはダーオの選択を支えてやると決めたではないか…。
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