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【オリジナルタイBL小説】HOTEL HEAVENLY  作者: ノブナガ・トーキョー
【第二話 Hotel Heavenly】
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2-7 ロムピンク

その頃、ヘブン島ではペンキが塗りたてのモーテルの前でガイが煙草を吸っていた。

日差しは既に傾き始め、太陽は黄色い色を醸し出す。周囲の草木は容赦ない太陽の責め苦からあと少しでようやく解放される事に安堵を覚えているかのようだ。緑濃い匂いはそんな植物達の安堵の溜息の匂いだ。

モーテルの中からは汗だくのピンクが憤慨しながら出て来た。


「まったくもう!父さん!不器用過ぎて戦力にならないってどういう事⁉アタシとロムとで全部塗ってやったわよ‼島民の方にも手伝ってもらっちゃって…」


皆まで言わずともつまりはそういうことだ。ガイは子供に働かせて自分は玄関先で一服をしていた。


「助かった助かった。いや、こういうモーテルは若者の感性で塗った方が良い」


ガイは悪びれもせずどこ吹く風だ。

玄関口から数名のお手伝い要員に駆り出された島民が挨拶をして去ってゆく。


「はぁぁぁ…アタシが使う時はずっと無料でお願いよ⁉っつーか実家に金払って泊まるってのも訳分かんないけど‼」

「はいはい、お前の友達も無料で使っていいぞ」

「当たり前よッそうじゃなきゃ割に合わないわッ」


ピンクはそう言うと、父親の着ている粗末なシャツの胸ポケットから勝手に煙草を取り出すと一本を取り出し、残りの箱はバッグに回収した。

貴重な煙草を没収されたガイが抗議の声を上げようとするが、あまりにピンクの顔が般若の様だった為に逆らうのをやめた。


「ったく…!どうせエアコン修理費もアタシ持ちなんでしょ!やってらんないわよ…!」


ピンクはあまりに暑くて苛々する。

彼女は両親が離婚した後プーケットで育った。プーケットは建物や街路樹の日陰が多いので日差しからの逃げ場がある。賑わう店の中に逃げ込めばエアコンがキンキンに身体を冷やしてくれる。

それに比べてこの辺鄙な田舎の島は木の下に逃げようものなら蚊も多いし、それ以外の有象無象の虫達がそこかしこに蠢く。足元にはシダ植物が鬱蒼と生い茂るのも憂鬱だ。ピンヒールでも履こうものなら湿った土に埋まって大惨事だ。


「はぁ…こんな田舎、まっぴらだわ。アタシにはコンクリートジャングルがお似合いなの。そろそろ帰るから、ロム。車出して頂戴」


ピンクは眉を顰めながら制汗シートでベタベタの素肌を拭い、制汗スプレーを身体全体に振り撒いた。粉っぽいパウダーの残骸が周囲に舞い散り、空間に霞を映す。

日射に晒された軽トラックの車内は地獄の様な暑さで、壊れたエアコンは何の意味もなさなかった。リクライニングの出来ない座席は90度の角度。

これからこの地獄に乗り込む事を考えるとつい顔を顰めるピンクだ。

早くプーケットに戻って、客の運転する高級外車で店に送迎してもらいたいものだ。


「じゃあね、父さん。また何かあったら連絡頂戴」

「うーい」


父は気合いの入らない声を出して息子、もとい娘と別れた。

こんなに協力しておいてその態度はなんだ、と喉元まで出掛かったピンクだが、一呼吸おいて諦めた。

この父親には何を言っても暖簾に腕押しだ。

地獄の軽トラックに乗り込んだロムとピンクの二人は島唯一の環状道路を登ってゆく。

遠ざかるモーテルの全体像は真っ白で、太陽の光を存分に受けハレーションを起こしていた。

全開の車窓からホテルを眺め続けるピンクはふと気になる事を口にする。


「外観が真っ白なのはシチリア島みたいで素敵だわ。…でもホテル名はアレで良かったのかしら」


真っ白に塗ったこじんまりとしたホテルの真ん中に、青い文字で書いたホテル名は「HOTEL HEAVENLY」。レタリングのプロが描いたわけではない素人二人の合作はどこか味のある仕上がりだった。


「…アタシも英語、ちゃんと勉強してなかったからなんとも言えないけどさ、ヘブンで止めといた方が良かったんじゃないの?ヘブンリーって、天国の、とかそう言う事でしょ?蛇足よ」

「…何を言ったところで、どうなる事でもない」


そう言って肩を竦め、鼻で笑うロムは父親の性格を熟知している。

ピンクは父親と交流を再開してからまだ日が浅いので、もしかしたら変わってくれると期待している部分があるのかもしれない。

けれどロムは知っている。

父はあれ以上にもならないし、あれ以下にもならない事を既に悟っている。あんな父でも、酒に溺れるでもなく人様に迷惑を掛けるでもなく生きてくれているだけで御の字だ。


「…あ、ねぇ。アンタ、これ」


ピンクがロムに渡したのは数枚の札束だった。高額紙幣だ。


「いや、姉さん…」


ロムが断ろうとするのを制したピンクは強引に続ける。


「…これはアンタに受け取る権利がある、アタシの償いのお金。あんな気難しい父さんを幼いアンタに押し付けたアタシのね。…受け取って頂戴」


姉はヘブン島に来るたびに少なくない金を置いてゆく。どんなに固辞しても姉は絶対に引かない。父に似た姉らしい意固地さだ。


「…っざす」


ロムはハンドルに両肘をついて合掌し、申し訳ない顔でそれを受け取った。

車窓から流れる景色には青と緑、茶色くらいしか色彩はなかった。けれどその代わり青には空のスカイブルーや海のアクアマリン、そして美しい羽虫の翅の色があった。

緑には深い苔の色、或いは力強く大地に根付く樹木の葉、もしくは若芽の希望は黄緑色の輝きを放つ。

ヘブン島は美しい。


「辛気臭い顔して受け取るんじゃないわよッ!プーケット一の美女のアタシにとってそんな金は端金なワケ!アンタの苦労に対して払ってる金なんだから、どんな使い方しても良いけどね!あのクソ親父にだけは見つかるんじゃないわよ!」

「…っす」

「それに、そのお金はアタシを桟橋まで送迎するサービス料も込みなの。今度はもっとイイ車で送迎しなさいよね!」

「…はい」


ロムは鼻で笑いながら姉を見る。

父も姉のように慈悲の心があれば、家族は離散しなくて済んだのかもしれない。


「はぁっ…たく、このアタシが軽トラなんて…笑っちゃうわ」


ピンクは独りごちながらロムを盗み見る。弟は運転しながら何か考え事をしているようだった。

ピンクはロムが心配だ。

両親が離婚した当時、まだ小学生に上がりたてだったロムは絶対に母親についていくと思っていた。母子家庭で生活は厳しくなるが、母の実家はプーケットにあるので頼って生きれば何とかなる採算はついていたのだ。

あんな父親の事だから、養育費なんてきっと払わないだろう。母方の親族は皆口を揃えてそう言った。

二人を引き取る事が正式に決まった夜、母が祖母に養育費について相談していたのを聞いた。母が被る損害を少なくする為に、兄であるピンクが父親の元に残ろうかと考えた。

しかしロムは頑なに父と一緒に居ると主張したのだ。

半狂乱の母。けれどロムの決意は固かった。ピンクはこの事態の中で自分がここに残ると言っても話が纏まらない事、むしろ事態を悪化させるだけだと思うと、もう何も言い出せなかった。

結果、ピンクの親権は母に、ロムの親権は父に渡った。


「アタシ、昔アンタに聴いたよね。…なんで禄でもない父親と一緒に居る事を選んだのかって…」


車窓から見えるジャングルの景色を眺めながら、ピンクは喋り続ける。ぬるい風が車内に吹き抜けてゆく。


「アンタは禄でもない父さんの傍を離れたら、父さんが独りになってしまうからって答えた…」


ロムはそう言う子だ。

寡黙で無表情だから誤解されやすいが、人の悲しみに寄り添う子だ。

だからこそピンクは心配だ。

ロム自身の悲しみに寄り添ってくれる子が、この小さな島に果たして居るのだろうか。こんなに愛想が無い分かりづらい子を理解してくれる子なんて、果たして…。


「…プーケットで働きたくなったらいつでも言って。アタシが紹介できる仕事は観光産業に限られちゃうけど、仕事は潤沢にあるからね」


ピンクの言葉にロムは返事を返さなかった。

ヘブン島を出る選択肢は一度としてロムの考えの中には無かったからだ。

この島はロムにとってダーオと共に居られる唯一の理由だった。



辿り着いたヘブン島の桟橋にある店で夕飯を食べ、ロムはピンクを乗船場所まで送り届ける。


「今度は彼ピっピを連れてくるわね。今の彼、めちゃくちゃ良い人なの」

「…あぁ、モーテルの宿泊リザーブを入れておく。花は必要か?」

「いいわね、花!アタシに似合うのは白いバラかしら、赤いバラかしら」


連絡船の出航アナウンスが響いたので、二人の会話はそこでお終いとなる。

乗船したピンクはデッキに出るとロムを見つめた。


(なんて不憫な子かしら…)


主張しないから、いつも貧乏くじを引かされる。なによりも救えないのはそれが自分の運命だと受け入れるところだ。もっと人生は貪欲であっていいはずなのに、ロムは他人の為に生きるのだ。


(アタシとアンタ、足して二で割れば丁度いいのにね…)


自分の人生を快適に生きるために、性別をも選択して生きるピンクから見たロムは、ひどく生きづらそうに見える。


「ねぇ!今日はダーオ、帰ってくるの?」


デッキから声を張り上げるピンクのその言葉に、ロムは悲し気に笑う。


「…姉さんの乗ってる船が最終便」


つまり、プーケットから来る船はまた明日という事だ。

ピンクはたまらない気持ちになる。弟を見ているといつも心が苦しい。


「献身的な愛は綺麗で浸れるかもしンないけどね…アンタ、もっと欲張りになっていいのよ?」

「…」


姉の言葉にロムはどう返せば良いのか分からなかった。

三つ子の魂百迄だ。今更性格は変えられない。


「…母さんが、いつでも会いに来なさいって言ってたわ」


姉にはもう、そんな事しか言えなかった。


「…あぁ、今度寄る」


ロムがピンクの様に、或いはスカイの様に、欲しい物は力技と熱量で掴み取る性格なら苦労はしていない。

ダーオの帰らぬ桟橋で、姉を乗せた連絡船が防波堤を抜けていく姿を見守るロムは暫くその場を動けなかった。

すぐ隣に浮かぶプーケット島の、対岸の夜景は煌びやかだ。

あの街の一画で、きっとダーオは今宵愛しいスカイと幸せな夜を過ごしているに違いない。

水平線に溺れる太陽の死を眺めながら、ロムは溜息を吐き出す事しか出来なかった。

ぬるい風が恋の敗者であるロムを慰めながら吹き抜けて行く。頑張れよ、と言っているのか、情けない奴、と言っているのか、判然とはしないけれど。


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