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【オリジナルタイBL小説】HOTEL HEAVENLY  作者: ノブナガ・トーキョー
【第二話 Hotel Heavenly】
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2-5 ロム一家


「おお、ローン!帰ったか。ペンキはどこだ?どれどれ…」


小汚いモーテルには似つかわしくないプーケットいち美しいカトゥーイは、父の言葉に瞬間湯沸かし器の如く反論する。


「ローンじゃ無いわよ!メタリックピンクゴールド!今のアタシはメタリックピンクゴールドよッ!父さん、言い直して頂戴ッ‼」


元男性とは思えぬ程に華奢な兄…もとい姉は「ローン」と言う名前を棄てて久しい。申告されなければ女性としか思えぬその容姿はバンコク繁華街激戦区でも戦える程である。


「はいはい、ローン。ハケは買ってきたか?ペンキがあってもハケが無くちゃ手で塗る事になるぞ」


父はローンの生き方を否定はしないが、肯定もしない。

ガイの行く我が道に障害が無ければ、子供がどう生きようが勝手にすればいいと思っている。それはある局面で子供にとって有難いが、裏を返せば父は自分以外に興味が無いという意味でもあった。

母が離婚を選択するのも頷ける。


「…クソ親父よねェ…ったく」

「なんか言ったか?」

「いいえ?さっさと塗っちゃいましょう!」


ピンクはピンヒールを脱ぐと早速ハケを手に取る。

プーケットのペンキ屋で大量のペンキを購入したピンクは、到底一人では持ちきれぬ量だったので客に桟橋までペンキを運ばせた。

桟橋の職員に無理矢理荷積みを手伝わせ、ヘブン島の桟橋では近くにいた職員を顎で使い荷下ろしをさせたので涼しい顔だ。

桟橋からモーテルまでペンキを運ぶ係を任命されたロムは疲れ果てていた。原付バイクでは運びきれぬ量のペンキを前に立ち尽くすしかない。

何往復すればいいのか脳内で算出していたところ、優しい島民が顔見知りのよしみで軽トラックを貸してくれた。なんとか一度で運ぶ事が出来たが、姉は軽トラックに乗りながら「臭いし狭いし暑いしサイアク」と愚痴を吐く。勿論そんな姉にモーテル内までペンキを運ぶ手助けなんて願うべくも無く、ロムは一人で大量のペンキをモーテルに搬入したため、ペンキを塗る前から汗だくだった。

まずは水を飲んで落ち着きたい。


「ホラッやるわよ、ロム!何水なんか飲んで」


ピンクが怪訝な顔でロムを促す。


「ちょ…姉…ちょ…待っ…」


ロムは息も絶え絶えで水を飲んだ。

水を飲みながら、考えるのはやはりダーオの事だった。

セルフォンの時計は午前九時を表示する。とっくにダーオはプーケットに着いてスカイと合流している筈だ。

最初はどこかでお茶をするのだろうか。学生時代に根城にしていたあのカフェで、ダーオが頼むのはいつもマンゴースムージーだった。


(あそこでスカイと女子が歩いているのを見たんだ…)


何度もリフレインするあの光景はなかなか忘れられそうもない。これをチャンスと捉えられない自分は圧倒的敗者だ。でも出来ない。ダーオには笑っていてほしい。

考え込むロムの尻に、姉はタイキックをお見舞いする。


「あ"ァッ…⁉」

「トリップしてんじゃないわよ。さっさと始めるって言ってんの!」


父と姉はよく似ている。母とロムはそっくりだ。

離婚の際、父についたのがロムだったから今日まで大きな諍いも無くやってこれた。父の元についたのが姉であったならきっと殺生沙汰になっていた。


(母さんが父さんのどこに惹かれたのかは分からないけど…きっと自分にない物を父さんに求めたんだ)


自分に無い物を求めて愛し合った結果、許容出来ずに別れる未来が待ち受けているなんて悲しすぎる。

両親はその恋が始まるとき、果たして終わりを想像していたのだろうか。


(そんなはずない。…誰だって添い遂げたいと思って心を重ねるはずだ…)


正直なところ、ロムは両親に離婚という選択肢を選んでほしくなかった。

仮面夫婦でも良いから一緒に居続けて欲しかった。

けれど子供にはどうにも出来ない事情がある。夫婦の事は夫婦にしか分からない。


耐えた先にあるものは幸せだろうか。それとも幸せと思いたい異形の何かだろうか。ではダーオは?父を失い、スカイを待ち続けるダーオの未来には幸せが用意されているのだろうか。ダーオの幸せはどのような形でもたらされるべきなのだろう。

辛い経験をしたのだ。しかもまだ年端も行かぬ頃だ。ダーオには幸せが確約されるべきだ。天が人間の幸不幸を采配するのなら、ロムは喜んでダーオの不幸を背負うだろう。


(…いくらでも肩代わりはしてやりたい)


けれど辛い経験をしたダーオに最後の審判を下す真似は、ロムにはやはり出来そうもない。

ツンと鼻をつくペンキの匂いがロムの意識を現実に戻した。

姉がポタポタと刷毛から垂れるペンキを気にもせずに、適当に壁を塗り始めながら父に問う。


「ところで父さん。モーテルって言うケド、一体どんな料金体系?こんなクソ狭い島で、同じホテル業界で…負けっぱなしの癖に、業態を変えたごときでホントングループになんて勝てるのォ?」


ピンクの言葉は辛辣だが、その疑問はロムの疑問であり、この事業改定を知った全ての人間の疑問だ。

ガイはピンクの言葉に応戦する。


「ホントンとウチは方向性が違う!…芸風が違うんだ、わかるな?ローン。守銭奴みたいに一泊数万バーツも取りはせんよ。いいか、ウチは純然たる連れ込み宿だ」


父はきりっとした表情で子供達二人に言い含める。

「れっきとした連れ込み宿」とは言い得て妙だ。

仮にも親が表情を引き締めて言う内容ではない気もするが、もう二人は思春期も過ぎた。連れ込み宿が何を意味するかなんて説明されなくとも理解はできるし、家業がモーテルだからと言ってグレる程純情でもない。

ガイは空を見つめて適当に概算する。


「…部屋数は全部で十部屋だろ、毎日満室になったとして…三時間のご休憩で一〇〇バーツなんてどうだ?」

「やす!」


ピンクは目を丸くする。

場所にもよるが、バンコクの相場ではショートステイが二〇〇~六〇〇バーツである。プーケットもそれに準じる。三時間一〇〇バーツとは破格のお値段だ。

ロムは父の「毎日満室になったとして」という言葉は聞かないふりをした。意見を述べたところで父は納得しないし、このくたびれた施設に金を払うにはその料金が妥当だと思えたからだ。ペンキ代だけでも賄えたなら御の字だ。

ガイは続ける。


「しかもここは陸の孤島だ。辺境の島だ。桟橋しか栄えていない島では誰の目も気にしなくていい。このモーテル付近に民家なんて一つもありゃしない」


ロムの家から原付バイクで五分程桟橋側に戻ればダーオの家だが、起伏の激しい地形のこの島は少し陸に上がればもう周囲は景色が変わる。小高い立地のモーテルからは何にも遮られずに夕陽が眺められる。

素晴らしい眺望に、当初ホントングループはこの土地を買収してリゾートを建設する予定だった。ガイが予想外に金ではなびかなかった為に計画が頓挫したというのは、島では有名な話だ。ガイは時に武勇伝としてそれを語る。

ピンクは思案し、ほんの少しの勝機を見つけた。


「確かに…不倫や訳アリカップルには最適ね!小さい島だから桟橋からここまで歩いても十分くらい?もうちょい?まぁ…誰にも知られずにズッコンバッコン出来るならクソ暑い中でも十分くらいなら歩くわね!汗だくセックスなんて最高じゃなァい」

「だろう?だろう?」

「そんなに安いなら、せめて館内の設備で儲けましょうよ。コンドーム一個五〇バーツ!キャハ、ボッタクリ!」


父とピンクはいかに客に金を落とさせるかで盛り上がる。その様子を眺めるロムは眉を顰めて肩を竦める。

この会話には混ざりたくない。


「…これが親子の会話かよ」


父と姉が互いに交流を再開したのはここ数年での事だから、姉にとってガイは親子と言うより縁の切れないおっさん程度の感覚かも知れない。思春期は通過したけれど、流石にロムは父の前でセックスという単語は言えない。


「エアコンは?ちゃんとつくの?」


姉が部屋の壁に取り付けられたエアコンを睨む。

埃をかぶったリモコンで起動させてみると、動きはするが排出される冷気から異臭が漂う。


「クッサ‼ちょっ…父さん、汗だくセックスとは言ったけど、エアコンがつかないんじゃリピーターはつかないわ!エアコンは必須よ!アァン、もう!客に頼んで格安で掃除してくれるところ探すからッ」


そう言って姉はセルフォンを取り出し、どこかへ電話を掛け始める。ネイルに輝くラインストーンとショッキングピンクのベースが姉のセルフォンに同化してぎらついていた。


(汗だくセック…)


ダーオは今、スカイとどこで何をやっているだろう。つい今し方姉と父が盛り上がった卑猥な言葉を、ロムは頭を振って掻き消した。


(ダーオが幸せならそれでいいだろ…!そう決めただろ…!)


そうは思うが、やはり心に棘となって引っかかるこの思いはロムの感情の真実だ。


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