2-4 ロムダーオ
翌日、原付バイクに乗ったロムとダーオの二人はヘブン島の桟橋に居た。
空は快晴。朝に降ったスコールが全ての不浄を流していた。
「別に送ってくれなくても良かったのに」
ダーオは何をしなくとも常に口角が上がっている。ダーオは微笑みの人だ。
そんなダーオが今日は愛しい恋人に会えるとあって、隠し切れない喜びが朗らかな表情に上乗せされていた。
ロムはダーオの表情に安堵し、小さく鼻で笑った。小馬鹿にしている訳では無い。これがロムのいつもの笑い方だ。
「…実は姉さんがお前の乗る便でこっちに帰って来るから。お前はついでだ」
ロムの言葉にダーオは驚きの表情を見せた。
「えっ!姐さんが⁉じゃあ俺が船に乗る時、姐さんとちょっと会えるって事だよな?やったー!」
寝坊さえしていなければ今から来る船に乗っている筈だ。彼女は夜の仕事をしているので、ちゃんと起きたのか不安だが、船に乗り過ごしたところで慌てる事は無い。
この島とプーケットを繋ぐ連絡便はホントン一家のリゾート客を輸送するために一時間にひと便運行する事が確約されている。その恩恵にあやかる島民はこのライフラインとも言える船無くしては暮らしていけない。
また、この船は通学手段でもある。
桟橋で船の到着を待つ二人の前には、学生姿の子供達が賑やかに待ち時間を遊んで潰す。かつてこの中に自分達も身を置いた。
「…ロム、お前、今日仕事は?」
「今日は件数が少なかったから、帰りに姉さんに託す。親父が姉さんにペンキを頼んでたんだ」
「よっラブホ屋の息子!」
ダーオが茶化す。やはりテンションはいつもより高かった。
ロムはダーオの昂ぶりを宥めるように見つめた。その肩の向こう側には動く鉄塊がこちらに向かってきていた。
「…あ、来たぞ」
ロムの言葉で、ダーオは桟橋に入港する船の姿を捉えた。
まだしっかりと船が固定されていない内から、一際目を惹く派手な女性がデッキからこちらに手を振っていた。
「あ!姐さん‼」
手を振り返すダーオを見た女性は、余計に大きく手を振りながら船員に何やら抗議している。しっかりとは聴こえないが、「早く下ろしなさいよ!」と言っている様だった。
碇が降ろされ、桟橋に船が固定される。安全が確保された上で下船する乗客を押しのけて、女性はロムとダーオの元に走り寄る。
十センチはあるピンヒールに、ピンクのスパンコールワンピースを纏うその女性は明らかにヘブン島では浮いていた。
スパンコールが南国の太陽に反射して、ギラギラとロムとダーオを照らす。
「ダーオ!相変わらずイイ男だわァ‼久しぶりよねェ!アタシに会えるなんてラッキーね!今日一番のラッキーボーイはアンタで決定!」
その女性は長いつけ睫毛を瞬かせながらニッコリ笑う。
ロムの兄、もとい姉であり、プーケットの歓楽街の中でも老舗のオカマバーでナンバーワンを張るのがこの人である。彼女の笑顔の為に、夜毎数千、数万バーツが宙を飛び交うのだ。
「姐さん、写真撮って!写真撮って!プーケット一番の美人!」
「このアタシと写真?いい度胸ねェ…ホントは一回一〇〇バーツとるけど、ダーオならタダで良いわ!アタシの横に来なさい、ほら…」
二人は並んでセルフォンを構え写真を撮る。
その様子を眺めるロムはまたもや鼻で笑う。
(お前が楽しそうで良かった…そう思うことにしよう…)
やはりスカイの疑惑は話さない方が賢明だ。
セルフィを取り終えた姉はロムの肩を叩く。
「ちょっとロム!ボサっとしてないでアタシ達の写真を撮りなさいよッ」
「…今撮ってなかったっけ…?」
「あれはセルフィ!セルフィじゃ全身は撮れないでしょ?気が利かない坊やだわァ」
姉の言葉には逆らえないロムに、ダーオは終始笑っている。
「そうだぞ、気が利かないNongだ!」
ダーオまで姉に便乗するのでロムは苦笑するしかない。
強引に渡された姉のセルフォンはスマホカバー全体にピンクのラインストーンが施されていた。ダーオと姉を捉えて画角調整をする度にラインストーンが太陽に反射するので、被写体であるダーオと姉は眩しさに目を細める。
ひとしきり騒いだ後、プーケット行きのアナウンスが桟橋に響いたのでダーオは兄弟に別れを告げて船に乗り込んだ。
愛しいスカイの元に行くダーオの足取りは軽い。
密かにダーオへ思いを寄せるロムは痛々しい愛情でダーオの背中を見届けた。
船のデッキに出て来たダーオが二人に手を振る。ダーオの幸せが手に取る様に伝わるロムは、切ない表情を浮かべながら少しだけ口角を上げて手を振り返した。
海風が二人の間を吹き抜け、潮の香りが鼻腔を擽る。
スクリューが作動して船は後進した後に進行方向を定め、徐々に岸から沖へと向かう。防波堤の隙間を抜けた小型船はあっという間に小さくなった。
(…良かったな、ダーオ)
ロムはダーオを乗せた船の姿が完全に見えなくなるまで見つめていた。
今日、これからあの二人は一体何をするのだろう。
シノポルトギース建築がレトロな街並みに、ハーフで長身のお洒落なスカイと並んで歩くダーオもきっと注目の的だ。
ダーオの浅黒く引き締まった肢体に、少しばかり長くなった前髪が揺れる。微笑みを絶やさぬダーオにスカイは相変わらず骨抜きにされ、ダーオに請われる全てを叶えるのであろう。
スカイはダーオの腰に手を添えて高級車に誘うのだ。行く先はホントングループの経営する高級料理店がお似合いだ。そこで食事を終えた二人は系列のホテルに向かう。ロムの実家のモーテルなど比較するのも恥ずかしい、王宮の様な高級リゾートで二人は身体を繋げ合う…。
姉が居る事も忘れてロムは大きな溜息をついた。
そんなロムの様子を真横で見る姉もまた、大きな溜息をつかずにはいられなかった。
「…ロム、アンタもなかなか一途よね。ダーオを送ってやるなんて、ホントンの息子に塩を送るような真似…いいえ、こんなの塩じゃないわ。ダーオにリボンを巻いて差し出してるようなもんじゃないの。健気にも程があるわッ。…あんたってホント馬鹿」
姉はロムの愛し方を理解できない。
愛しいダーオにリボンを巻いて、ホントン家の息子に送り出す弟の心境は一体どのような物か。
「わっざわざ桟橋まで送迎付きとは、もしかしてアンタってマゾ?」
愛とは奪うものであるべきだ。姉にとって愛とは争奪戦である。
こんなに糞味噌言っても弟は無言で寂しげな笑顔を浮かべる。
姉は弟の不器用な恋路には歯痒いため息以外の手段が見つけられなかった。
「…はぁ…意味分かんない。…あ、そうだわ。ペンキ、いっぱい買ってきたから。積荷から受け取って頂戴。アタシはメイク道具より重たいものは持てないの」
姉の指差した先では、地べたに置かれたペンキが二十缶程無造作に積まれていた。
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