2-3ロムダーオ
「…なぁ、ダーオ」
今度は優しく髪の毛を拭きながら、ロムはダーオに声を掛ける。
「ん?」
振り返ったダーオの何も知らない表情は、ロムの胸を痛めるばかりだ。
この砂浜で父を待ち続けたダーオ。今、すぐそこに見えるプーケットの恋人を待つダーオ。父親を亡くし、母親と二人で気丈に生きるダーオ。
ダーオはもう充分傷付いている。
不誠実な恋人と居て、果たしてダーオは幸せだろうか。
(…俺の方がダーオを幸せにしてやれるのではないか…)
現にスカイがプーケットへ行ってしまった後も、ダーオを世話し、支えているのはロムである。
しかしロムはこうも考えるのだ。
(…敢えてダーオの傷を抉る必要があるのだろうか)
ロムは何よりもダーオの笑顔が好きだ。
恋敵を出し抜く絶好の機会だと思わなくも無い。けれどそれは果てしなく利己的な感情で、ロムが自分の心に忠実に生きた結果ダーオを悲しませるのなら、それはロムの望むところではない。
(お前を悲しませる、そんな選択はしない方がいい…)
ロムは押し黙ってしまう。
名前を呼んだ癖になかなか喋らないロムに痺れを切らしたダーオは苦笑いだ。
ロムは思っている事の半分も言わない。奥歯に物が挟まった様なロムに、ダーオは話題を振ってやる。
「…なぁ、スカイから連絡が来たぜ」
「…ッ…!」
ロムの呼吸が一瞬ばかり止まった。
その動揺が悟られなかったのは幸いだった。ダーオは海を眺めていた。
もうあと一吸いもすれば尽きてしまう煙草を吸って灰を散らす。力尽きたハイビスカスの花が並木の下に落ちて地面を赤く染める。
「やっぱり…忙しいって言ってた。ずっとこの小さな島で育って、大学からプーケットだもんな。そりゃ生活リズムも狂うよな。でも、元気そうな声だったぜ」
「…そうか」
ロムは確信する。
スカイについて語るダーオの顔は穏やかで幸せそのものだ。ロムは苦しい幼少期を過ごしたダーオに幸せな時間を一秒でも多く過ごして貰いたい。
(…ダーオを悲しませる様な話はするべきではない。もうこれ以上ダーオにショックを与えたくない…)
それはダーオがもしかするとロムの物になってくれるかも知れないと言う期待よりも、ロムにとっては重大な事だ。
(…俺が見た物はきっと、大学で仲良くなった友人と街を歩くだけのスカイだ。…きっとそうだ)
スカイを庇う訳では無い。
あくまでロムの心の中心にはダーオが居た。そのダーオにはいつも笑顔で居て欲しい。ロムが願うのはそれだけだ。
「明日、プーケットに来いって言われたんだ。だから明日カオムーは休む!お前、もしここに来ても俺は居ないからな」
ダーオがうきうきとした様子でロムに言う。スカイとの約束を楽しみにしている様子がひしひしと伝わってきた。そんな幸せそうな顔をされると、ロムはもうスカイの疑惑に関しては何も言う事は無い。
ハイビスカスの花がまた一つ、静かに落下した。
「…あぁ、何時だ?桟橋まで送ってやるよ」
ロムはそう言うだけで精一杯だった。
その日、二人は相変わらず夕方と夜の狭間を原付バイクでひた走った。
バイクのエネルギー表示が空になりそうだったので、ロムは明日ダーオを送った後でガソリンを入れようと思う。
一番星を見つけたダーオはロムの背中に捕まりながら、空に向かって手を差し伸べる。街の灯がさほどないヘブン島は、一番星が現れたと思った傍から他の星達が姿を現す。
(…父さんは迷ったんだと思う)
あの一番星を目指して帰れば良かったのに、次から次へと現れる星達に翻弄されて、父は帰り道を失ってしまったのだ。
だからきっと今はどこか別の島に辿り着いて、なんとかヘブン島に帰る方法を探している。
それがダーオの考えた、幼い頃の父の物語だった。
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