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見ざる私と、聴かざる探偵  作者: 霧雨アヤメ
聴かざる探偵と失楽園のアンテロス
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04.【唯一聴こえる『声』】

 ヒメは女の子と30分以上一緒にいたことはありませんでした。

こちらから仲良くなろうと思ったこともないし、あちら側だってヒメに関わろうとはしなかった。

彼女たちは数人で集まってヒメの陰口を言うだけ。


だから今みたいに並んで廊下を進むことなんて、初めてのことだった。

しかもこんな遅い時刻まで学校に残るのも(といっても警察官たちが調査のために照明をつけているからかなり明るい)。


「……明日、学校休みになるみたいですね」


あまりに会話が見つからないから、さっき小金井警部補から伝えられた情報を話題に出す。

しかし蜜花さんからの反応はない。

あ、そうでした。

少し前を歩いている彼女にはヒメの口の動きは見えない。


そういえば、この娘には色々と失礼なことを言われたっけ。

『男好き』だの、『清楚ビッチ』だの、『尻軽』だの。

やり返すなら、今でしょ。


「ガリガリ。根暗。貧乳。絶壁。幼女体系……えへへ、ざまぁです」


思いつく悪口を小さな声で呟く。

ほんの少し罪悪感は芽生えるけど、これくらいの復讐は可愛いものと思ってほしい。


空気を吸って、とっておきの悪口を繰り出そうとしたら蜜花さんがこちらに振り返る。

少し驚きましたけど心配することはない。

聞こえてはいないし、もし窓ガラスに反射していたとしても読まれないように唇を動かさないで言葉を発しました。



「うっさいんだけど」


「え」



空気が凍った。

耳が聞こえない人が『うるさい』なんて言う事があるだろうか。


「あの、それは、どういう意味、でしょうか?」


「こっちのセリフだよ、ほんとなんなのキミは?死体が見えないとか言うし、耳がキンキンして不快だし……てか、()()()()()()()がなんで蜂ヶ咲なんていう男好きの甘ったるい声なのかな?」


ガシガシと廊下の床で地団駄を踏む蜜花さん。

知的を装っていた人物が急に幼くなったような衝撃。

「そこは…にしてよっ!」なんて口を膨らませる姿にヒメはぽかんっとしてしまう。


『耳がキンキン』『聞こえる声』。


「──つまり佐村河内さん手法ッ!耳の聞こえない女子高生探偵というのは虚偽⁉︎」


「違うし、ネタが古い」


しかし小金井警部補との会話を見るに演じているようにも思えなかった。

ということは彼女が言うように『唯一聞こえる』のがヒメの声、ってことでしょうか?


「なんですか、その特殊設定は?」


「死体が見えない君に言われたくないんだけど。そもそも蜂ヶ咲の声が変だから聞こえてくるんじゃないのかな?特殊な電波でも出しているんだよ」


「変じゃないです、癒しの声として有名です」


蜜花さんにとって初めての経験だったらしく、耳に人差し指を入れて「かゆい」「むずむずする」と距離を取りこちらを睨んでくる。


「はあ……どうして蜂ヶ咲の声だけ聞こえるのか分からないけど役立つかもしれないし、明日から事件の調査に協力してもらうからね」


「ふむふむ。ヒメに【探偵の助手】になって欲しいと」


「ただの通訳だよ。読唇術は疲れるから極力やりたくないんだ。それにボクには聞こえない【音の証拠】があるかもしれない……あとは、容疑者ひとりくらい、傍において監視しておくのも探偵の役目だと思ってね」


「まだ疑っているんですか」


「疑うのが探偵さ」


下駄箱まで着き、上履きから外靴に履き替える。

蜜花さんに視線を向けると靴の中はまさかの裸足だった。ストッキングだとか履いておらず足の露出が多い女の子だとは思っていたけど靴下も履いていないとは。しかも足の爪に黒いネイルをしている。


「暗いね」


学校から出ると警察の照明の範囲外になってしまい、足元も見えない。

ふたりでスマホのライトをつける。

お互いにいじりまくっているスマホケースを眺めて「なんか、どことなく同類な気がする」と思う。


「蜂ヶ咲はどうするの?家まで遠いでしょ。親でも呼んだらどう」


「大丈夫です。さっき小金井警部補に車で送ってもらえるように頼んでおきました!えへへ」


「……手が早い」


「蜜花さんは?」


「ボクは、家近いし歩いて帰るよ」


「こんな暗いのに、女の子ひとりじゃ危ないですよ?」


「うん、気を付ける」


そう言ってスマホをいじる蜜花さん。

誰かに連絡していると分かった。

返事が返って来たのか微笑みを見せる。なんだか恋する乙女みたく可愛い。


「あ、そっか。ルイくんが一緒なら安心ですね」


「は?」


睨んできた。鬼のような顔で。


「なんでそう思うわけ?」


「え、えっと……ふたりは付き合ってるんですよね?ルイくんから聞きました」


あれが現実だったなら。


「──ルイの奴ッ」


ぐぐぐっと細い指でスマホを強く握り出した。

言っちゃダメでした?でも蜜花さんだってちょくちょく『ルイ』って言ってましたよね。

匂わせですよね、あれ匂わせですよね?


「他には絶対に言わないで」


「……は、はい」


ヒメ以外もあの場に沢山いたけど。頷く。


「でも羨ましいです。誰かと愛を共有出来るのって……しかもあんなイケメンと」


「は、恥ずかしいこと言うね。『愛』だのと。君はよく知っているはずじゃないか、愛なんてものはこの世にない。そんなのはメルヘンだ」


「ヒメは愛を探している旅の途中なので。蜜花さんはルイくんが好きなんですよね?」


「や、やめたまえッ!確かに人並みの恋人関係、ではあるけど。ボクたちはそういうんじゃない……ルイはボクの事を『女避け』くらいにしか思っていないよ。きっと」


初めは顔を真っ赤にして否定していたけど、だんだん暗くなっていく。

あ、この娘、めんどくさいやつだ。


『愛』なんて目には見えない。

だからみんなして必死にそれを探してるんだ。

それは安心するため、自分が生きていていい許可証を貰うため。

だけど恋人がいる彼女でも不安になることがあるらしい。


「とりあえず帰る。今日は変なことが起こりすぎてかなり疲れた」


「それはこっちも同じです」


初めて女の子に『また明日』と手を振る。

なんだか変な気分です。

友達がいたらきっと……なんて考えそうになったけど、やめた。



「あ、でも」少し離れたところで蜜花さんはなにかを思い出したように振り返る。

「ルイに色目使ったら、ボクはキミを殺してしまうかも」


「ぞぞぞっ‼︎」


「ははっ、なんてね」



女子高生探偵は可愛い笑顔でそう言い、また背中を向けて歩き出す。

冗談めいたセリフではあったけど、ヒメは見てしまった。

真っ黒の瞳を。あれは世に言うヤンデレ女子のそれである。

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