03.【『それ』が見えない】
蜜花さんの言う事はどうやら真実だったらしく、屋上は事件現場として立ち入り禁止になった。
調査のため追い出されてしまい容疑者であるヒメは生徒指導室で事情聴取されている。
しかも逃げられないように手錠までされた。
前に小金井警部補、生徒指導室の端でこちらを眺めるように蜜花さん。
よくよく見ると小金井警部補はカッコイイ。
野性味のある美と言うか、頼れる男らしさがある。
仕事の時はピリピリしてるけど恋人の前では甘えてきそう。
「そういや探偵娘、密室だった屋上を勝手に──」
「通報したのに遅い警部補が悪い。それにドアガラスを割る前に必要な情報はスマホで全部撮ってあるよ」
口の動きが分かるように話す小金井警部補、言葉の途中に割って入る蜜花さん。
「……だとしてもだな。探偵ってのはそういうことをしちゃいけねぇんじゃねぇのか?えーと、ダックスだかドックスだか。あとヴァン・ダ──」
「それは推理小説家の決まり事。探偵を縛るルールじゃないね。しかも屋上が密室殺人の舞台だと主張するのはとてもじゃないけど無理がある」
「はは、そいつは言えてら。なんだ、いつも以上に不機嫌じゃねぇか。ボウズと喧嘩でも──」
「警部補の口の動きを読むのは疲れるから。その育ちが悪い話し方のせいだよ」
どうしてこんなに会話が不自然なのだろう。
返答のタイミングが悪過ぎる。続きが気になってくるじゃないですか。
ヒメと話しているときはちゃんと会話が成立していた。
それでも彼女の読唇術はかなりのものだけど。
「そうかいそうかい。そいつはすまねぇな。んじゃ本題に入るが。嬢ちゃん、あの田中という教師の遺体が見えなかったってのは本当か?」
「は、はい」
「ん~……そんなことありえんのか、探偵娘。どうにも虚言癖があるとしか──」
「虚言癖、確かに蜂ヶ咲ヒメノというかまってちゃんにはその素質がある。けどあり得ないこともないかもしれない。人間の脳ってのは案外いい加減だからね。【非注意性盲目】というものがある。視野に入っているはずなのに、注意が向けられていないから見落とすというものなんだけど。特定のなにかを注視出来ない脳なのかもしれない」
「ハーバード大学の研究だかの『見えないゴリラ』っていう動画見たことあんなぁ。数人がパスし合ってるバスケットボールの動きに注目してると横切るゴリラに気付かないってやつ。つまりあれだな」
「なるほど。だから田中先生が見えないわけですね」
「いや合ってるけど、そういうことじゃないから」
視野には死体が入っているけど注意がそちらに向いていないから見えていないということ。
あまりピンと来ない話だけど怖いものは見ないに越したことはない。
「まあそれが事実なら、探偵娘がふざけてると思って想像上の殺人事件の犯人役を演じたってのも納得できる。かもしれない」
「話の分かる小金井警部補。素敵です」
「だろ。素敵な警部補は無実の嬢ちゃんの手錠を外してやんねぇとな」
懐から出したのは手錠の鍵。
しかし蜜花さんがそれを没収した。
「まだボクは無実を認めたわけじゃない。一番引っかかるのは屋上に来た理由だよ」
「それは廊下からパトカーが見えたから、眺めのいい屋上から様子を見ようと……」
ヒメは固まる。
これはもはや『そんなこと言うなら、証拠を見せろよ。証拠をっ!』くらいの犯人フラグではなかろうか。
蜜花さんが机を叩いてヒメを睨む。
こんな流れで冤罪事件って生まれるんだろうなぁ、なんて思ってしまう。
「そう、どうして屋上に入れると思ったかだ。数年前、この学校で飛び降り自殺があってから教師が管理できる状態の月曜日の昼休みしか開放されない。しかも鍵は生徒会長が管理している」
「おいおい、それなら事件解決じゃねぇか。その生徒会長が──」
「だから確かめたいんだよ。そんな単純な事件を。蜂ヶ咲の返答によっては複雑化する」
真剣な眼差しを向けてくる。
残念ながら、ふたりの『嫌な予感』は的中していた。
このアイテムによってこの事件は複雑になるのは間違いない。
【スペアキー】。
「……つまり生徒会長以外が出入り可能なわけだね。それを作ったのは君かね?」
「いいえ、生徒会書記のハルキくんです」
「……嬢ちゃんとそのハルキ。他にスペアキーの存在を知っている奴は?」
「彼が他に教えたかは知りませんけど……ヒメが教えたのは、数人です」
それを聞いたふたりは安堵したように胸をなでおろした。
「ならそいつらに事情聴取して事件解決だ」一瞬ピリッとした小金井警部補はギザ歯が見えるくらい素敵に微笑む。可愛い、もう好き。
「ヒメが教えたのは…ハジメくん、トオルくん、キヨタカくん、マサトシくん、ナギサくん、ヒロユキくん、トシオくん、ヒカルくん、エイジくん、カジくん、リョウくん、タイチくん──あぷっ」
蜜花さんに口元を掴まれた。
ほっぺたを押されて唇が出る。まだ大丈夫、まだ可愛いはず。
頭を抱えている小金井警部補。
目をまん丸にさせて威嚇してくる蜜花さん。
「キミが尻軽とは知っていたけど……軽いのはその口もか。いかがわしい」
「言い方っ!誤解を招く言い方やめてください!」
はあ。と深いため息。
それから蜜花さんは小金井警部補から奪い取った手錠の鍵を出して。
「犯人では、ないんだよね?」
「もちろんですよ。心に開いた隙間に未来への不安が溢れて、消えたい夜があったとしても、人を殺めたいと思ったことはありません」
カチャっ。
手錠が外された。手首が少し赤くなってる。
「恥ずかしいポエムを……それならボクの調査を手伝ってもらおうか。軽すぎる尻の、尻拭いだ。蜂ヶ咲ヒメノ」
「ヒメのお尻は軽くないです。蜜花ユウキさん」
睨み合う、バチバチッと火花が飛ぶ。
蜜花ちゃんは視線を下ろすと「はっ」と鼻で笑って、
「確かに大きいからね」
「ち、違います!可愛い桃尻ですっ!」
むむっ。なんだいなんだい。
この娘とは絶対に気が合わない。




