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見ざる私と、聴かざる探偵  作者: 霧雨アヤメ
聴かざる探偵と失楽園のアンテロス
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11.【心を奪う魅惑のスペル】

 シデムシ先生との話を経て、体育教師である田中を屋上で毒殺した犯人は絶対に蛾原先輩だと思っていた。

だというのに彼女を前にしてみると潔白を信じてしまう。

心地いい声色とおしとやかな表情で、深く(ほだ)されていくのがわかりました。


子供が親に抱く、絶対的な信頼感のような。


そもそも彼女のアリバイは完璧で、田中のような屈強な男を屋上まで運べるような身体でもなくて。

それ以前に殺人なんてするような未完成な人物でもない。

怪しいことは認めますが、彼女はこの事件に無関係であるとヒメは心の中で熱弁する。


「被害者のことをどんな風に思っていたか聞いても?」


やはり探偵。

彼女が無実だと証明されたのに疑い続ける蜜花さん。


「この通り、激しいスポーツが行える身体でもないので田中先生の授業に参加が出来ませんでした。けれど生徒たちに慕われてる気のいい教師の印象がありますね」


「蛾原先輩、彼は──」


それは表向きの顔、あのゴリラ教師の本性をヒメは知っている。

無垢で人の良い面を探している彼女には気付けなかったのかもしれない。

ヒメが教えなければと口を開くと隣の蜜花さんにぐいっと腕を引かれ止められました。


「恨みはなにもない。被害者に性的接触をされたことは?」


「はい?ええ、もちろんありません」


「なら被害者が以前に女生徒にセクハラ行為をしたという訴えがあったはずだけど、そのことに関して学校と生徒会はどのような対処を?教師を続けられていたということは彼を罰していないのだろうか」


「2年前の事件のことでしょうか。その頃には生徒会に入ってもいなかったので詳しくは知らないですけども、お互いの行き違いということで話がついているはずですよ」


「セクハラはなかったと」


「はい。そう聞いております」


蛾原先輩には申し訳ないですけどヒメは大きく首を振る。

それは絶対にありえません。

変態教師のセクハラは確かにあったはずです。もしかしたらひどい手口で脅されて口を閉ざすしかなかったのかもしれない。


「それにしても、おふたりの仲が良いとは知りませんでした。ユウキさんは独り行動をしている場面をよく見ていましたし、ヒメノさんは、その、殿方とばかり一緒にいましたので」


「仲良くないです」声が重なる。


「ふふ、そういうことにしておきますね」


まるで『気に留めていた問題児ふたりがいつの間にか仲良くなっていて安心しました』と言いたげな微笑み。本当に違います。

ヒメは探偵の通訳ってだけで、もっと言えばこの事件の容疑者ひとりです。


「ヒメノさんとはずっとお話してみたいと思っていたんですよ。このような事態が初めてというのは残念ですけど、話せて嬉しいです」


「え。どうして?」


「うちも両親が離婚していますから、苦労を共有出来ると思ったんです。でも、このような同族意識のような考えは迷惑な気がしてなかなか」


「いえっ!……嬉しいです。ヒメの周りの親はおしどり夫婦ばかりでそういった話が出来ないので」


「まあ」ぱんっと両手を合わせて喜ぶ蛾原先輩。

「ヒメノさんいつもやわらかキーホルダーを触っていますよね。実はですね、私も似たようなクセがありまして。運命的ななにかを感じていたのですよ」


ロングスカートのポケットから可愛い柄のお手玉を取り出した。

「手を出してください」と言われて差し出したらそのお手玉を乗っけられました。

ふにり、じゃらり。

柔らかさのあとに、お手玉の中に入っている小豆の固く心地いい手触り。


「触っているとなんだか安心するでしょう?」


「……はい」


お手玉を握る右手を蛾原先輩の両手が包む。

ヒメは彼女の浮かべている笑顔を過去に一度見たことがある。

父がまだ家にいた頃、母が見せた幸せそうな笑顔。

理由を聞いたら母は「幸せだからよ」と答えた。


そんな木漏れ日のような優しい笑顔。



「蜂ヶ咲」



声をかけられ、視線を向ける。

そこにはこちらを睨み付けように怖い顔をしている蜜花さん。


「もちろん、ユウキさんともお近づきになりたかったのですよ?ですが貴女は学校で声を掛けても素通りするばかりで、こんなに饒舌(じょうぜつ)だったとは驚きました。まるで耳が聴こえているような」


「……」


蛾原先輩の顔が近すぎて通訳出来ない。

だから蜜花さんが無視しているような状態に陥る。


「もう出る。他にも容疑者がいるからね」


「そうなのですか。閉ざされた屋上。鍵は生徒会長が持っている。てっきり容疑者は私だけかと」


「え、えっと。なんか屋上の鍵のスペアキーが存在していたみたいですよぅ」我ながら白々しい説明。


「──っ」


心底驚いた顔をした。

どうやら蛾原先輩はスペアキーの存在を知らなかったみたいです。知っていたら没収されているので当たり前かもしれませんが。


「それは、困りましたね」焦ったように右手で口をおさえた。


蜜花さんはその姿を静かに眺めながら、ヒメの腕を引いて立ち上がらせる。


「キミがどんな経緯で事件に関わっているか知らないけどね、全てボクが必ず暴く」


スペアキーの存在があまりに驚愕だったのか返答はない。

それから蜜花さんに腕を引かれて蛾原先輩の自宅から出ていきます。ヒメは良い子なのでしっかり「おじゃましました」と言う。




少し遠くまで行くと腕を掴んでいた手が離れた。


「本来であれば唯一の容疑者、屋上、鍵、自宅、殴打、縫い目、毒殺、盗まれた動画メモリ、写真立て、両親の離婚、義足、車椅子、アリバイ、監視カメラ。駄目だ駄目だ、ピースが足りない」ぶつぶつと呟きながら頭を抱えだしました。


「蛾原先輩が無実だったからってそんなに焦らないでくださいよ。良かったじゃないですか、あんな素敵な人が罪を犯してなくて」


「蜂ヶ咲、キミは」


「ん?」


「……いや、なんでもない」


意味深に目をそらされました。

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