09.【おそらく彼女に辿り着く】
警察署から電車を2駅乗り継ぎ。
繫華街から40分ほど歩いて、密集住宅地に彼女の自宅はあった。
表札【蛾原】。見た目は平均的な一軒家です。
築年数はそれほど経っていないのか新築っぽい。
「蜂ヶ咲。事情聴取中に彼女の話を小さく繰り返しくれないかな?」
「それは、どういった理由で」
「彼女だけは読唇術が出来ないんだ。口が小さいのか、発声が小さいのか、まったく唇を動かさない。キミが繰り返してくれたらボクにも分かるからね」
「怪しまれないくらいに、頑張ります」
こくりと頷く。
確かに彼女の声はおしとやかさがあって大きい方ではありません。
けれど生徒会長のお話を全校生徒が聞く際、彼女の子守唄のような優しい声にとろんと魅了されてしまう。
「生徒会長が、犯人なんでしょうか」
「どうだろう。会ってみないことにはなんとも言えないよ」
「でもシデムシ先生との話で」
「自分でも言っていたようにあの人のは『妄想推理』だよ。シデムシさんはかなりの探偵小説好きでね、物語を作り過ぎてしまうふしがある。検視の腕は確かだけどあの推理はあくまでも検視室に引き篭もってる変人の創作さ……まあ、ボクも同じ結論だけどね」
妄想と言うには現実的だった、きっとそれが事件の真相なのだろうと確信できるほどに。
「だからといって、他の可能をつぶすのは探偵失格だ。女王蜂コミュニティのアリバイは集められているのかな?」
「あ、はい。小金井警部補がレイングループに入って、アリバイを聞いて下さってます。でも被害者の死亡時刻が早朝5時ですから大体みんな眠っていたと思いますよぅ」
「けれど死因が毒殺だからね。しかもトリカブトの毒ならテトロドキシンで中毒を遅効することが出来る。それなりに長い時間のアリバイが必要だよ」
「結局みんな容疑者ですか。探偵さんは疑ってばっかりですね」
「ボクが信じてるのは、ルイだけだから」
呟きのようにそう言った。
彼氏にデレる少女というよりも、本当にそれ以外の人物を信じていないような寂しさを少し感じる。
けれど【探偵の通訳】程度の関係であるヒメには関係のないことです。
それから蜜花さんは蛾原家の呼び出しチャイムを鳴らす。
しばらくしてからインターホンで小さく『はい』と返事がしました。
もちろん蜜花さんには聞こえず無反応ですからヒメが「下級生の蜂ヶ咲と蜜花です。よろしければ話を聞きたいんですが」と返す。
『わかりました。少しだけお待ちください』
シデムシ先生との話のあとで、彼女の事を疑っている状況では『待つ』というのは証拠隠滅でもしているんじゃないかと勘ぐってしまいそうになりますが時間がかかるのは仕方がないこと。
彼女の身体的特徴を考えると急がせるのも酷というものです。
数分ほど経った頃に、家の扉が開きました。
そこには『絶世の美女』。
ヒメが『宇宙一可愛い女の子』であるなら彼女は『妖艶な大和撫子』といった具合でしょうか。
黒髪前髪ぱっつんのロングヘア。
白いシャツに水色のロングスカート。とてもシンプルな服装ではあるものの良いとこのお嬢様のような気品がある。
また口元の右下のホクロが色っぽさを演出しています。
そして彼女の両足は、義足であります。
右足は全体、左足は膝下。
生まれつきではなく、噂によると事故で失われたとか。
凶悪事件に巻き込まれたなんて噂もありますが、信憑性はどれも欠けるものです。
それが蛾原マイ先輩。
ヒメたちが通っている学校の生徒会長。
「お待たせしました。ごきげんよう。ユウキさん、ヒメノさん」
ロングスカートを両手で軽くつまんでお辞儀する蛾原先輩。
「こんにちは」とヒメもお辞儀する。蜜花さんは不愛想に軽くぺこっとした。
「それで、どういった要件でしょうか?」
眩しい、微笑む姿はまるで一輪の花。
ヒメでもその迫力に参りそうになったから、蜜花さんに視線を向ける。
けど不機嫌そうに「なに?」と聞かれた。そういえば通訳の仕事を放棄していることを思い出す。
「要件だそうです」
「それくらい、キミが言いたまえ……生徒会長。ボクは探偵を生業にしている」
「ええ。承知しております」
「昨日、学校で事件が起きてね。生徒会長に事情聴取をしたいんだけど家にあげてもらえるだろうか」
「任意でしょうか」
「……そうだけど」
不敵に微笑む蛾原先輩に対して困った表情をする蜜花さん。
それを見てくすりを笑って、
「ごめんなさい。一度言ってみたかったのですよ。どうぞ、上がってください。といってもお父様は出かけていて、私だけなので残念ながらお茶などのおもてなしは出来ませんが」
「大丈夫です。お構いなく」
こちらは蛾原先輩を殺人事件の犯人だと疑っているのだからおもてなしなんてされたら罪悪感を覚えてしまう。
玄関に入り靴を脱ぐ。
靴箱の上に置かれている沢山の写真立てに目がいった。
蛾原先輩と彼女の父親らしき人物が写っている写真。
「いい、写真ですね」
「ありがとうございます。お父様は昔から写真を撮るのが好きでして、気付いたらこんなに多くなっていました」
「これより幼い生徒会長の写真はないのかな?」
蜜花さんはひとつの写真を指す。
病院のような部屋で中学生ほどの蛾原先輩が無表情でこちらを見ている写真。
確かにそれより幼い写真がない。
普通の親なら幼い頃の写真を大事に飾っていそうなものだけど。
産まれた時のものや、初めて立った時のような。
「……お母様が写っているからです。その歳で両親が離婚していますので。私に気を遣って下さったのでしょう」
探偵、地雷を踏む。
人には踏み入れてはいけない領域があるもの、それが例え探偵であっても。
だというのに蜜花さんはあっけらかんとしていて、口元に右手を添える。
「警察の方からも電話で昨日のアリバイを聞かれましたけど、どのような事件だったのですか?」
「殺人事件、です」
「それは、恐ろしい。どなたが被害者に?……うちの生徒でしょうか」
「田中、先生が」
蛾原先輩の表情を見ながら、教える。
「──そんな」
そうして両手で口元を塞いだ。なにひとつ表情を変えず。




