表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/5

治療士メリス

巨人のゴーレムを倒したことを境に、今日の戦争は緩やかに終わりへと近づき、日没とともに終了した。今日も大勢の兵士がその儚い命を失った。屍は夜のうちに遠くに運ばれ、誰もいないところで燃やされる。埋葬という概念が浸透していないこの世界では、火葬をすることで、命が女神様の元に還ると考えられていた。


ここサバンドの西のはずれに灰色の兵士たちの小さな拠点がある。もともとは小さな観光都市だった場所を簡単な壁で囲んで拠点にしている。その中央に領主の館があった。ここは日夜、司令官たちが作戦を練っている重要な場所である。

それを取り囲むように大きな宿舎がいくつも立ち並んでいた。その中の一つに治療達の建物がある。


血と薬の混ざった嫌な匂いが充満している。どこに目を向けても、傷だらけの負傷者と彼らを治す治癒士ばかりだ。意外にも泣いているものは少ない。彼らの多くは泣くほどでもない軽傷で済んだか、泣くことすら出来ないほどの重傷を負ったかのどちらか。あとは狂ったように神に救いを求める者がいるくらいだ。


「アルゼシア様……。アルゼシア様。どうか、我々をお救いください……」


テントの隅で体を震わせながら兵士が呪文のようにそう唱えていたのは、この世界を統治する神の名である。

黒薔薇の女神アルゼシア。この世界に住人達はこの神の名の元に集い、転生者達に対抗したのだ。

その象徴として、軍旗には黒薔薇が描かれている。

その様子を少し遠目から眺めている若者がいた。ガーディだ。いかにも気に食わないと雰囲気を隠すこともなく放っている。


「たくっバカだな。神に祈ったてしゃーねーのによ。体鍛える方がよっぽど有意義だぜ」


「うーん。そんなことはないと思うけどな、私」


そう言ったのは肩口で切り揃えられた青髪の少女だ。シンプルな白の服を纏い、純朴に感じる顔立ちは、戦場に咲く一輪の花のように綺麗だ。治療士である彼女の周りには様々な薬が並んでおり、それらを扱う彼女の手は少し色味が染み付いているが、その色が彼女の治療士としての腕を保証する証となっている。ガーディはそんな少女の目の前で、上半身裸になりながら座っている。

その体は傷だらけで、見るからに痛々しかった。少女はガーディの体に包帯を巻き付けながら言う。


「女神様は救いを求める者の前にしか現れない。神父様がそう言ってたの覚えてるでしょ?

あの人がああやって祈ってくれるおかげで、明日はいい日になるかもしれないじゃん」


「ハッ、馬鹿馬鹿しい。いいかメリス?祈るだけで救われてたら、こんな不幸味わってねぇんだよ」


メリスと呼ばれた少女はやれやれと首を振った。


「ガディって、昔っから信仰心ってモノがないよね。だからいっつもこんな傷だらけになるんだよ」


「それとこれとは関係ねぇだろ」


「だけど、女神様は決して私たちを見捨てたりなんかしないよ。守護者様達がいるのが証拠じゃん」


守護者とは女神に強大な力を与えられた人間のことだ。彼らは、人間の枠を逸脱した力を持っている。チート能力を持つ転生者に唯一対抗できる存在。それが守護者だ。


「いつか守護者様達がこの異世界大戦を終わらせてくれるって、私信じてるんだ」


ガーディは不服そうに眉根を寄せた。


「何夢見てんだ。あいつら王都に引きこもってばっかりで、ろくに俺たちのことを助けねぇじゃねぇか。特別な力があるんなら困っている奴らのために使えよって言いてぇな、俺は」


「まあ、確かにそれはそうだけど……」


メリスは困ったように目尻を下げた。守護者の存在は皆に勇気と希望を与える存在だったが、一度もガーディ達の目の前に現れず、その存在を疑ってしまうのも無理がない。


「そういやエリックはどこ行ったんだ?」


「うーん、気絶したガディを置いてすぐどっか行っちゃたから……分かんないな」


「知らないならいいや。さっさと治療を終わらせてくれ」


「うわっ。何その言い方?言っとくけどこんだけ時間かかるのはガディのせいだからね?自分がどんだけ傷だらけか、一回鏡で見た方がいいわよ」


「あー、分かった、分かった。見りゃいいんだろ。この戦争が終わったらな」


その言い草に腹が立ったのか、彼女は包帯を速攻で巻き終わると、ガーディの背中をパシリと叩いた。


「いっ!ッてぇなッ。急に何すんだよ!?」


「そんだけ騒ぐ元気があるなら大丈夫よ。明日もたくさんのゴーレム倒してね」


悪びれる素振りも見せずにメリスはパチリと片目をウインクした。それを見てガーディはやれやれと言った感じで叩かれた箇所をさすり、「これが治療士のやることかよ」と口を尖らせた。


と、その時どこからか「うっせんだよ!オメェ!」という怒鳴り声が飛び込んできた。声の方に目を向けると、先程の女神に祈っていた負傷者の周りを数人の兵士が取り囲んでいる。その中の1人がその負傷者の胸ぐらを掴み上げた


「場所を間違えてんだよ!祈りてぇんなら教会にでも行けってんだ!なあ、テメェの言葉聞いてるとこっちがおかしくなっちまいそうなんだよ。頼むよ。頼むからその口閉じてくれ。じゃねぇと俺がテメェをぶっ殺すぞ!」


兵士は切実に、苦しそうに怒鳴っていた。毎日のように誰かが亡くなるこの戦争のストレスに耐えきれなかったのだろう。


しかし、胸ぐらを掴まれた男は「アルゼシア様……」と呟き続けた。兵士は言うことを聞かない男に実力行使に出ようと、拳を振り上げた。が、その拳を振り下ろす前に後ろから掴まれた。


「ああ?」


振り返ると、その腕を掴んでいたのはガーディだった。


「やめろよ、おっさん」


「こいつはたまげた。まさかこんなところにガーディ様がいるとはな」


兵士は掴まれた腕を振り払い、負傷者を乱暴に突き放した。ドサッと地面に倒れる彼はなおもブツブツと祈り続けた。兵士はガーディを睨めつけた。


「気にくわねぇなぁ。文句でもあんのか、ガーディ?こんな奴がいちゃ、他の奴らまで気が滅入っちまう。悪影響だろ?だから俺が締め出してやろうとしてんじゃねぇか」


「八つ当たりしたいんなら、俺が相手になってやるよ、おっさん」


ピキッと兵士の顔に青筋が走る。


「オメェ調子に乗ってんな?ヒョロっちいくせにヨォ。転生者も見たことねぇ奴が、俺に楯突いてんじゃねぇぞ!」


「あるぜ」


「ああ?」


「転生者見たことあるぜ。俺、クロリアの生き残りだからな」


その一言がテント内にざわめきを生んだ。「クロリアの生き残りなんて初めて聞いたぞ」「あの国の住人は全滅したんじなかったのか?」「あの惨劇を生き残れるなんて考えられない」などと、周りが口々に言った。


「だったら何だってんだ。ただの死に損ないじゃねぇか。今ここで、俺が家族の元に送ってやるよ!」


兵士はそう怒鳴りながら、ガーディの顔面をバチンッと殴った。ガーディはあまりのその威力に吹き飛び、意識を失ってしまいーーそうなるだろうと、兵士は予測していたが、それはあっさりと裏切られてしまった。兵士の殴りをまともに食らっても、ガーディは微動だにしなかった。

口を切ったのか、ペッと血を地面に吹いて、彼は兵士を睨んだ。殺気が宿った鋭い視線。兵士はその圧に、顔が青ざめていく。「あ……あ……」と言葉にもならない音が喉から勝手に出てしまう。ガーディは右手を握りしめて、


「歯食いしばれ。目は閉じねぇ方がいいぞ」


力を溜めるために振りかぶり、拳を放った。それは目では追いつけないスピードで、シュッという風を切る音が聞こえた気がした。誰もが死んだと心の底から感じてしまうその拳は、兵士の顔面に、紙一枚の距離で止まった。殴らなかった。しかし兵士はあまりの威圧感と、恐怖にその場にへたり込んでしまう。そんな彼に、ガーディは憎たらしく言い放つ。


「殴るんなら1発で仕留めるつもりで殴りな。じゃねぇとゴーレムすら倒せないぜ」


満身創痍な兵士はただ頷くしか出来ない。それを確認したガーディは満足そうに、メリスの元へと戻ていく。その姿に周りの人間が奇怪な視線を送った。


「全く騒ぎ起こさないでよね」


メリスは少し怒ったように言った。


「何言ってんだ。逆だろ。止めたんだよ、俺は」


「それが騒ぎになってんの」


メリスはガーディの反論を一蹴した。困ったように頭を描く彼に、彼女は置いてあった斧を差し出した。


「はいこれ」


どうして文句を言われたのかまだ納得はいかないが、ガーディは「まぁいいか」と諦めて斧を受け取った。


「ありがとな」


そう言って彼は、腰のホルダーに斧を留めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ