サバンドの戦い1
ここは大陸中央の聖都から東へ馬車を6日ほど走らせた先に位置するサバンドという場所だ。
かつては、この場所を数え切れないほどの花々が埋め尽くし、見るもの全てを感動させた。天国の園と呼ばれたそこは、多くの観光客で賑わっていた。しかし、今では見る影もない。戦争という名の化け物がその地を踏み荒らしたからだ。
異世界大戦が始まって、その花の絨毯が泥と血で覆われるのに時間はかからなかった。いつのまにか観光客は消え、代わりに剣を持った数百のゴーレムと、それを相手する数千の灰色の兵士がサバンドを覆い尽くした。
どこを見てもあの美しい景色はなく、醜い争いばかりである。
ガーディは少し不機嫌な表情を浮かべていた。せっかく危ないところを助けてやって、怪我の心配までしているのに、うんともすんとも言わない無精髭の兵士にイラついたからだ。まるで化け物でも見るかのような視線を向けられていることも気に食わない。
「おいッ。ケガはねぇかって聞いてんだよ」
ガーディが少し語気を強めにそう言うと、無精髭はハッと我に帰ったのか、ようやく「ああ……」と答えた。
「戦斧のガーディってのは、お前か?」
「だったら何だよ」
「いや、意外に細いやつだなと思って……」
バケモノのような噂を持つガーディが自分よりも細身だということに、無精髭は少し驚いていた。てっきり戦斧のガーディという兵士は筋骨隆々の男だと勘違いしていたのだ。
その言葉に、ガーディはさらに眉を寄せ、呆れを見せた。
「はぁ?何言ってんだおっさん?オラ、さっさと立て。立てねぇなら、俺が治療隊にまで運んでやる」
「い、いや、大丈夫だ。まだ動ける」
ガーディの助けを断りながら無精髭が膝に手を付いて立ち上がろうとした時、ガーディの後ろに影が見えた。
影の正体は剣を振り上げたゴーレム。咄嗟に無精髭の口から「危ない!」と出ると同時に、ガーディも振り返るが、それよりも早く剣が振り下ろされる。
ぎらりと光る剣の軌道がガーディの肩に斬り込む瞬間、ゴーレムの顔面に矢が刺さった。空を切って飛来した矢の勢いに押されゴーレムがバランスを崩し、その腕が止まる。
ガーディはすかさずそのゴーレムを斧で叩き切った。その鍛え抜かれた筋肉が振り上げる手斧は、鋼のように硬いゴーレムの肌を、簡単に粉砕した。砂利がファッと宙に舞う。
矢が飛んできた方向に無精髭が目を向けると、背の低い兵士が馬に跨っていた。自分が着ている灰色の鎧に似ているが、若干格式の高さが伝わってくる。手には弓が握られていた。
無精髭はそれを見て、「エリック、隊長……」と呟いた。
エリックは馬の腹を軽く蹴り、2人に近づく。
さっぱりとした短い金髪の下には、まだ少し幼さが残る顔立ち。ガーディよりも若く見えた。
「ガディ。勝手な単独行動は慎めと言ったはずだ」
「ウルセェな。体が先に動いちまったんだ。仕方ねぇだろ」
憎まれ口を叩くガーディを無視して、エリックは無精髭に視線を向けた。
「君もだ。1人でゴーレムの一体も倒せないようじゃ、この戦場では生き残れないぞ」
厳しい面持ちのエリックの注意を受けて、無精髭は「……はい」と申し訳なさそうな表情を浮かべた。そんな落ち込んでいる無精髭の尻を、ガーディは思いっきり叩いた。
「痛っ!な、何すんだいきなり!」
「辛気臭い顔すんなよ、おっさん。次、1人でゴーレム倒せばいいじゃねぇか。だろ?」
「……そうだな」
口ではそう言うが、自分が1人でゴーレムを倒す姿が無精髭には想像できなかった。そもそも彼は、まだ戦争に参加して日の浅い新兵だ。家族のために、早く戦争を終わらせようと意気込んで兵士に志願したが、待っていたのは厳しい現実。ゴーレム達は強く、自分の実力不足を毎日のように思い知らさられた。最近では死ぬ前に兵士を辞めようかとも、無精髭は考えていた。しかし
なかなか辞めれないのは、どこか悔しさを感じるせいだろう。
無精髭が己の弱さに歯痒くなり、剣を強く握りしめていると、突然、地面が揺れた。