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絶望の始まり

転生者の襲来。

それは、この世界に生きる全ての人々にとって、あまりに唐突で、残酷で、理不尽な出来事だった。


「走れ!止まるな!」


3人の少年少女が必死に走っていた。まだ大人に保護されるのが当然の年齢で、今の今まで地獄なんて知らない、想像しようともしない純粋無垢(じゅんすいむく)な子らだ。そんな彼らが、死に物狂いで、身に纏う服を傷だらけにしながら走るのは、すぐ後ろに死神が迫っているからに他ならない。振り返ることもなく、ただ必死に安全な場所を目指して、彼らは走った。


見慣れた街並みは、業火に包まれ、熱風を吐き出していた。建物全てが木造であるが故に、火の手は瞬く間に国全体に広がっていく。逃げ出す者達の肌をジリジリと焼きながら、死神達は彼らの命を狩っていく。そこに、慈悲や躊躇い(ためらい)は一切なかった。


「きゃあ!」


足を滑らせた少女が地面に転んでしまった。前を走っていた少年2人が立ちどまり、早く立てと叱咤するが、少女の足になかなか力が入らなかった。早く立ち上がらないといけない、頭の中では分かっているのに、体が言うことを聞かなかった。

恐る恐る後ろを振り返る。涙を浮かべた両目で、少女が見たのは、まるで死神の装束のような真っ黒なローブを纏った1人の人間。離れているせいでフードの下の顔は良く見えないが、その人物が自分にとって危険な存在だとういことは、少女は一目で分かった。


恐怖で目が離せない。一度離せば、次の瞬間殺されてしまうのではないかという恐怖心が幼い少女の視線を、その死神に留まらせた。

死神のローブから、スゥっと腕が伸び、少女を指差す。すると、死神の傍を何かが通り過ぎた。

それはのっぺりとした穴の無い顔の、言うなれば人形ーーのちにゴーレムと呼ばれるーーのようなものだった。全身陶器のように真っ白な肌で、アルカイックスマイルを浮かべた人形が、剣を片手に迫ってくる光景は恐怖でしかないだろう。少女の中に、逃げるという選択肢はすでに失われ、ただ理不尽に訪れる死を待ち、涙を流すことが精一杯だった。唯一残された抵抗は、迫り来る絶望から、目を離さないことだけだろう。それ以上を望むのは、幼い少女には酷であった。


「えっ……」


しかしながら、まだ希望はあった。背の高い少年の1人が、地面に倒れ込む少女を抱き抱えたのだ。


「走れ!エリック!」


もう1人の少年にそう叫び、背の高い彼は少女を担ぎながら走り出す。少女は一瞬キョトンとした顔を浮かべ、やがて自分が抱き抱えられているのを理解して、安心したのか声に出して泣き始めた。まだ生きている。その事実が、彼女に生きる希望を与えた。


だが、死の魔の手を振り払ったわけではない。

むしろその距離は着々と近づいてきている。子供1人を抱えて逃げるのには無理があったのだ。

段々と大きくなる死の足音に、彼の心臓は破裂しそうなほど高鳴った。息を荒げて、痛む脚に叱咤し、死に物狂いで走る。

そして、その距離が残りわずかとなって、人形の手が少年の首元に伸びた瞬間、ゴウォと建物から火が噴き出た。火は人形を飲み込んで、焼き尽くした。少年の首が掴まれる直前だった。


危機一髪を乗り越えた少年少女だが、そんなことが起きたとは知らずに走り続けた。すぐに彼らの行先に海が現れた。


「ガディ!船だ!船に乗って逃げよう!急げ!」


前を走る少年が、指さす先には小舟が一隻浮かんでいた。ガディと呼ばれた背の高い彼は声を出す余裕もなく、ただ頷いてその後を追いかけた。

船場を通り過ぎて、飛び込むように3人は小舟に乗り込んだ。


「エリック!縄を切れ!早く!」


エリックは腰の短剣で、小舟と船場を繋ぐ一本の太い縄をジャキジャキと切った。


「いいぞ!切った!」


「おっしゃ!行くぞ!」


自身を鼓舞する様に叫んで、ガディは2本の(かい)を操って、海へと進み出る。残り体力全てを使い切るように、身体を激しく前後させて小舟を推進させて行った。


「お母さん……お父さん……」


少女は膝を抱えて、悲しみを吐き出した。彼女の両親は逃げそびれたのか、それとも幼い少女を助けるために犠牲になったのか、定かではない。が、どちらにせよもう死んでいるのは確実だろう。でなければ彼女の涙が嘘になってしまう。

そんな少女の背中を、エリックは優しく撫でた。慰めの言葉は出てこないが、今は側に寄り添ってあげなければとエリックは思った。


しばらくして船のスピードが落ちて行き、静かに止まった。ここまで来れば大丈夫だろうとガディは判断し、(かい)を動かす手を止める。そして、自分たちの故郷を眺めた。

小さな島だ。活火山とその麓に位置する小さな街。それを取り囲む海岸線が彼らの知っている世界だった。


「……なあ、エリック。これは悪い夢だろ?」


その願望のような問いかけにエリックは答えない。答えたところでこの残酷な現実が変わらないことを賢い彼は知っていたから。エリックはただ一言、ぽつりと呟いた。


「戦争だ。……戦争が始まったんだ」


この日、小さな国が一夜にして滅びた。

数日後、3人の少年少女は、それが転生者の手によるものだと知る。

これが、世界を絶望の渦に叩き落とす異世界大戦の発端だった。

原住民対転生者の激闘の幕開けである。


島全体を覆い尽くす炎は、まるで地獄の門が開かれたようであった。










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