第34話 覚悟を決めて
メイ視点
遡ること数分前、残った私たち三人は水嶋君たちの帰りを祈りながら待っていた。
彼らが学校の中に入ってすでに五分以上は経過している。刻一刻と炎の規模が広がっているが、きっと今頃は三階にたどり着いている頃だろう。
私の隣にいる鳴崎さんは力強い目で祈るように拳を握りしめながら学校のほうを見ていた。きっと彼らは無事に帰ってきてくれる。そう信じて祈ることしか、今の私たちにはできなかった。
「おかしい、やはりおかしい」
だがリブラは、冷静に周りを見ていた。学校ではない、周りの光景を食い入るように見ていた。
「おかしいって、何か気づいたの?」
私もリブラにつられて周りを見てみる。だが周りには野次馬となった生徒がいるばかりで、まだたどり着いていない消防車を待ちながら避難誘導をする教師陣であふれていた。
別におかしなところなんて何も・・・
「あまりにも、静かすぎる」
「静かって、みんな騒いでるよ?」
リブラがおかしなことを言い出した。周りは過去最高といっていいほど喧騒にあふれかえっている。静かとは真逆の光景が私の前で広がっているのだ。
リブラの耳、もしくは目に異常があるとしか思えない発言だった。
しかし
「私が言っているのはこの学校の事ではありません。見てください。この周辺が、街そのものが静かになっているような・・・」
そう言われて私も気づく。
騒いでいるのはこの学校の生徒だけで近隣住民は野次馬として駆け付けたり避難をするでもなくいつもの日常を送っているように見えた。
まるで隔離された世界にいるような
「違います、今気づきました! ここ一帯に防音壁のようなものが張られています!!」
どうして今まで気づかなかったんだ、リブラはそう言いながら慌てて周りを見渡していた。
「レンの話が正しければ、いるはずです。ガイアがこの近くに・・・」
その話は私も聞いていた。どうやら音を遮断することができる遠距離攻撃が得意な異能力者が敵にいることを。つまり、水嶋君たちを傷つけたやつが、この近くにいるということを示していた。
どうする? 私が行って勝てるの?
敵は水嶋君たちを相手に余裕を見せていた相手らしい。もしそうなら、私なんかではとても太刀打ちできないだろう。それどころか返り討ちに会うのが関の山だ。
・・・と、そう自分に言い訳をしてみた。
だが、なぜだか今の私にはしっくりこない。なぜだろう、そうではないと心の中で何かが叫んでいる。
ああそうか、私は怒っているんだ。
大切な友達を傷つけた敵に、私は怒っているんだ。
きっと水嶋君たちは今も自分自身と戦い続けている。ならば、私がやることは一つだ。幸い授業はもう終わっているし、ここから抜け出してもさして不思議ではないだろう。
「リブラ」
私は親友に声をかける。それだけで察したのか彼女も力強い目で私に頷いてくれた。もしかしたら、リブラも似たようなことでも考えていたのかもしれない。
私たちは、私たちにできることをするんだ。
「リコ、レンたちが帰ってきたら二人に保護してもらってください。私たちも少し行ってきますので」
「・・・うん。気を付けてね」
きっと鳴崎さんは私たちが何をするのかなんとなく想像がついたのだろう。最大限の祈りを、私たちに向けてくれているような気がした。
※
あれからどれだけ時間が経ったのだろう。
きっとまだ数分程度しか経っていない。それだけ時間が長く感じてしまうのは、走馬灯のような光景をこの戦いで何回も見てしまったからだろう。
つららが俺の目を貫きかけた
刃が俺の胴体を切り裂きかけた
蹴りが俺の顎をとらえかけた
もし当たってしまえば俺はしばらく動けない。それどころか、二度と動くことができなくなるかもしれない。そんな攻撃を、俺は延々と受け続けていた。それどころか受け続けることしかできない。
「おいおい、この前よりも弱くなってないか? それとも、オレが強くなりすぎたのかもな」
俺は苦戦を強いられていた。やはり俺とウィッチとの間には、明確な差がある。
遊香先輩も何度か異能力を発動していたが、素早いつららや刃を肉眼でとらえるのに苦労していた。
幸いにも先輩への攻撃は今まで一度も確認できていない。今のところは俺しか狙っていないようだったがそれがいつまで続くかわからない。気まぐれに先輩のことも攻撃してみようとでも考えているのだろう。ウィッチの顔は、人を虐めて楽しむいじめっ子のような表情を見せていた。
「先輩、どうですか?」
「ごめん、ちょっときついかも」
そんな戦闘の中、ちょくちょくコミュニケーションをとっていた。
すべては隙を見て逃げるため。だがそんな思いも頓挫する寸前だった。
逃げ場があった背後の廊下はすでにほとんどが焼け焦げており、ここを歩くのはできれば避けたい。ならばウィッチが立ちふさがる先へ行ってみるしか可能性はない。
だがそこはこの火災の火元だ。ここよりひどい状態になっていることは間違いないだろう。つまり、俺たちは逃げ道を失ってしまっていた。だからこそ、ウィッチと戦わざるを得なくなってしまったのだ。
(こいつはここから逃げることができるのか?)
そんなことを考えてみるも愚問だった。ウィッチは氷を使える。ならばそれを使って炎を止めればいいし、道がないのなら氷で道を作ればいい。どうあがいても、道ずれになどはできるはずもない。
「はぁ、まあ正攻法で異能力を使っているからしょうがねぇんだろうけど、やっぱり拍子抜けしちまうよな。あーあ、オレがここまでやるのも正直アホらしくなってきたわ」
そう言いながらもウィッチは攻撃の他をやめようとしなかった。すでに新しいつららを生成し、俺たちに向けて照準を合わせてくる。
「まあもうしばらくは遊べんだろ。ほらよ、キリキリ舞えや」
ウィッチは再び俺めがけて距離を詰めてくる。クロスレンジは本来なら俺の間合いなのだが、ウィッチは俺よりはるか格上だ。
純粋な力ではない、確かな技がウィッチにはあった。
俺が拳を合わせても、強烈なカウンターが返ってくるだけだ。
「くそっ!」
俺は結局攻撃に移れない。ウィッチは持て余したように盾のようなものを氷で生成し、手持地無沙汰に宙へと浮かせている。それほどの余裕が奴にはあるのだ。
(くっ、やっぱり俺は勝てないのか?)
ウィッチと戦った後、この前より強くなろうと思い色々な努力をしてきた。だがふたを開ければ、結局は押し返されてしまう。
背水の陣などという言葉を聞いたことがあるが、背後にあるのは業火と歯を食いしばったような顔をする遊香先輩だけで、結局は危機的な状況だ。彼女を守るためにも、俺は急いで奴を打倒しなければいけないのに、それが叶いそうにない。
「先輩、俺が玉砕覚悟で奴に突っ込みます。先輩はリブラたちと合流して一度逃げてください。それくらいの時間は稼いで見せますので・・・」
「レン君、何を言ってるの!」
振り返ると遊香先輩は激怒していた。俺が思わず竦んでしまうほどの覇気が遊香先輩から放たれていた。
「僕を・・・私たちを救ってくれるんでしょ? なら・・・あなたがこんなところであきらめちゃだめだよ! そんなこと許さない!」
「先輩」
「見栄を張るなら、最後までやり通してよ! それが無理なら声をかけて。私だってあなたを助けるためにここにいるの。・・・諦める前に、少しは私を頼ってよ」
俺はこれまでの戦闘で遊香先輩に具体的な指示を出してはいない。それどころか戦闘に参加させるつもりもなかった。
遊香先輩には無理をさせない範囲でウィッチの攻撃から身を守ってもらっていた。ただし、俺ではなく遊香先輩自身の身だ。俺たちは別々に戦っていたようなもので、一度も協力して挑むようなことをしていなかった。
もし彼女を傷つけてしまったら?
そんなの、病院で眠る彼女の妹に二度と顔向けできない。だから俺は今まで、遊香先輩の前に出て庇うような戦い方をしていたのだ。
「先輩・・・助けてもらっても、いいですか?」
「ふふっ、お姉さんにまっかせなさい。君の事を、私が守り切って見せる」
俺たちは特に作戦会議をしたわけではない。だが、お互いがやりたいことはなんとなく察しがついていた。俺たちは短い戦闘訓練の中で思いついた技がある。
それをぶっつけ本番で実践するだけだ。
「お別れとお祈りは済んだか? 反吐が出るようなやり取りを黙って見てやったんだ。大人しく貫かれてくれよ、雑魚ども!」
ウィッチは狂気的な笑みを浮かべながら俺たちへつららの照準を向ける。あとは奴が命じれば俺たちのほうへつららが襲い掛かってくるだろう。
「先輩、準備はいいですか?」
「そっちこそ、チャンスを見逃さないでね?」
そういえば、根本的なことを忘れていた。
そもそも以前とは状況が違う。今の俺は一人ではない、頼りになる先輩との二人がかりだ。
なんだろう、そう思うと不安が少しずつ晴れてくる。諦めていたのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
「死ね!」
そうして俺たちへ無数のつららが飛んでくる。だが、俺はかまうことなく真正面に突っ込んだ。
このまま進めば俺の体はくし刺しになってしまうだろう。だが、それはこのまま当たればの話だ。
『停滞』
先輩の声が、焼け焦げていく校舎に響く。その瞬間、すべてのつららが一斉に停止した。
「はっ! それはもう見飽きてんだよ」
だがウィッチは焦ることなくつららを追加で生成し、さらには俺に切りかかろうと居合の構えをとった。
このまま馬鹿正直に進めば、俺は間違いなく切り伏せられる。だが俺は焦らず横へ少しずれる。それは攻撃をよけるためではない。視界がしっかりと通るようにするためだ。
『停滞』
「なにっ!?」
先輩は固定した。つららでも、ウィッチの体でもない。ウィッチが持つ氷の剣を空間に固定した。
動かない剣に焦ったのか、舌打ちをしながら刃を捨てて拳をかまえる。
「いいぜ、来るなら来いよ! お前ごときじゃオレには・・・」
だが俺はウィッチの下へは突っ込まない。俺はバックステップをとり浮遊しているつららの横に立つ。
「砕けろ!」
俺は思いっきり拳を前に突き出した。このつららは正面に立っていると脅威だが、横から衝撃を与えると意外と簡単に砕ける。そして砕いた氷は宙を舞い、俺たちの周りを一瞬だけ漂う。ちょっとした氷のつぶての吹雪だ。
そして・・・
『停滞!』
遊香先輩がすかさず異能力を使用する。手が震えているのは、少し限界を超えかけているからだろう。だが十分だった。見事に停止した氷のつぶては、ウィッチの周りで停止した。
ウィッチは自らが創り出した氷のつぶてたちに囲まれていた。動けば鋭い氷の破片がウィッチの肌を傷つけるだろう。
敵が創り出した氷を使って、それを檻にしてしまう。うまくいくかは五分五分だったが、うまくいったようだ。
「・・・てめぇら、やってくれんじゃねぇか」
わなわなと震えながらウィッチは下を向いていた。
これまでの戦闘で気づいたのは、ウィッチのつららが近距離戦には不向きだということだ。そこそこの大きさがある上に、進めるのは正面だけ。つまりつららそのものには細かい動きを与えることができないのだ。
そして近距離戦も、周りを漂う氷のつぶてで封じている。
今だ、今しかない!
俺は全力を振り絞ってウィッチに攻撃する。俺が異能力を全力で発動し放てば、ちょっとした衝撃波を生み出せる。なら氷のつぶてを貫通して奴にダメージを与えることも可能だろう。それに、これくらいの攻撃じゃ倒しきれるかもわからない。だからこその全力だ。
『バース・・・』
だがその攻撃は届かなかった。
『元素解放』
その言葉が紡がれた後、圧倒的な熱風が俺を壁まで吹き飛ばした。