第18話 蓮VS葉島
俺は合図と同時に『同調』を使って葉島の目の前まで距離を詰めた。
この戦いは相手の体に触れれば勝負がつく。
さすがに女子相手に変なところを触るわけにはいかないので、俺は瞬時に判断し葉島の肩に手を伸ばした。だが
『結界!』
さすがに葉島もそれはお見通しだ。すばやく反応し俺の手が伸びた先に小さな障壁を作り出す。
幸い突き指などはなかったが、俺は再び距離を取らざるを得なくなってしまった。
「・・・やっぱ読まれるよな」
「そりゃねぇ、水嶋君の戦い方を見てきたもの」
レインやウィッチ、そして昨日はスナイパーと戦ったが、その現場に葉島はいなかった。最後に一緒に戦ったのはアズール戦以来だ。だが俺が異能力の訓練で一番長い時間を過ごしてきたのは葉島だ。
思えば、俺と葉島は仲間になった時からずっと一緒に異能力を高めあってきた。だからこそお互いの手がなんとなく読めてしまうのである。
「なら・・・」
俺は葉島が見たことがない攻め方を考える。異能力の扱いでは葉島が上手だ。なら俺は戦闘経験で差をつけるしかない。
いくつもの死線をくぐってきたのだ。きっと何かあるはず・・・
そう悠長に考えていた時だった。
『結界』
葉島が俺のほうへ向かって異能力を発動する。
何かが作り出されたかと思ったら、俺の目の前に、タイヤのようなものが勢いよく転がってくるのが見えた。
「よけないで・・・ねっ!」
絶妙なコントロールで緩急をつけながら車輪が俺めがけて転がってくる。
地面がえぐれていることから、当たればただでは済まないことがうかがえる。一度避ければ葉島に再び急接近できるだろう。だが
『同調』
俺は迎え撃つことを選んだ。ここで逃げてしまっては、きっとこの先も俺は逃げる選択をしてしまうような気がした。それにこれくらいの壁を越えないと、いつまでたってもガイアには届かない。
だから俺は拳に力を溜めて真正面から葉島の攻撃にぶつかることを選んだ。
(・・・来い)
そして次の瞬間、車輪が変形しさすまたのように俺を捉え、薄いゴムのようなものが俺の上半身をドーナツのように包んだ。葉島の『結界』は変幻自在。このような小細工をするのも朝飯前ということだろう。
しかも『結界』を空間に固定しているのか、『結界』の輪っかが移動しないので俺も移動できない。
「くっ!?」
不意を突かれたため、思わず俺は身動きが取れなくなってしまう。リブラの判断次第ではこれで決着がついてしまうだろう。
「・・・」
だがリブラはそれをしない。どうやらもう少しだけ俺に時間をくれるようだ。だから俺も最後まであきらめず足搔こうとする。
『私、諦めたり投げ出したり人って、嫌いなの』
茶髪の少女が言っていたことを思い出す。あの少女ならさっきと同じ状況でも俺と同じく逃げずに迎え撃つことを選んでいただろうと思った。
対抗するわけではないが、俺だってそれは嫌いだ。いや、そんな自分が嫌いだったのだ。
(思い出せ、『同調』の本質を)
俺の力は、自身の肉体にあらゆる可能性を宿すことができる。ならこの輪っかを抜け出すことだって不可能ではないはずだ。
葉島は俺のことを見て少しだけニヤリとしていたが、目が笑っていないのを俺は見逃さなかった。最後の瞬間まで気は抜かないつもりだろう。
(上半身は動かない、でも・・・)
移動こそできないが、下半身を動かすこと自体は可能だ。俺は考える。この少ない手でできる最善の手段を。
「もう降参した方がいいんじゃないの、水嶋君?」
葉島は不敵な笑みを浮かべながら俺にそう言ってくる。俺のことを気遣っているのかもしれないが、そんなことは不要だ。
「俺が」
俺は自身の腹と膝を強化する。さらにできる限り軟体な体を『同調』でインストールする。
そして自分の鳩尾めがけて思いっきり膝蹴りを放った。
「へっ?」
葉島も予想外だったのだろう。『結界』がガラスのような音を立てた罅割れた。先ほどは拳に力を入れていなかったため葉島の『結界』を破ることができなかった。
だが純粋な攻撃力なら、俺は葉島の防御力を上回る。
「そう簡単に降参すると思うか?」
葉島は不敵な笑みをやめ、真剣なまなざしで俺のことを見る。きっと作戦を練り直しているのだろう。だが俺だって、生半可な気持ちでこの戦いをしているわけではないのだ。
「葉島、全力で防御しとけ」
俺がそう伝えると、葉島は自分の前面に大きな障壁を展開する。俺が取れる最善の作戦。
『インストール』
俺が八割ほどの力をここでつぎ込む。この作戦がうまくいけば葉島に触れることも十分に可能だろう。だが正直怖い。もし自分が葉島の『結界』を突き破ってしまい彼女のことを傷つけてしまったら?
そんな不安が脳裏をよぎってしまう。だが葉島は
「水嶋君、遠慮はいらないよ!」
自信満々な顔で俺のことを見ている葉島を見て、俺は覚悟を決める。彼女だって、覚悟を決めてこの戦いに臨んでいるのだ。彼女の覚悟に答えるためにも、俺は今の自分にできることを全力でするだけだ!
『バースト』
俺は地面を抉り取るように葉島に向かって拳を振りかぶる。それは大きな衝撃の波を生み出し、土煙とともに葉島に襲い掛かる。
『結界・・・最高出力!』
葉島も結界の力を最大限に引き出す。その堅牢な障壁は、使用者の心の在り方次第でいくらでも強度を変える。
そして二人の力がぶつかり合う果てに、葉島の『結界』は俺の攻撃を見事にせき止めた。
「・・・水嶋君は!?」
土煙がひどい中、葉島が俺がいた地点をじっと見つめる。いつ飛び出してきてもいいように『結界』の集中を怠らない。場合によっては形状変化を瞬時に行えるようにしているのだろう。
だがそんなことはお見通しだ。
「っ!?」
土煙のわずかな動きで気づいたのだろう、葉島は瞬時に後ろを振り向く。
そして後ろにいる俺と目が合った。
土煙を立てて残った力で葉島の後ろに回り込む。これが俺ができる最善の策だ。
「っ、結・・・」
だが葉島も負けじと俺との間に障壁を展開しようとする。だが俺のほうが若干早い。俺が先に葉島の肩へ触れる方が先だ。わずかな時間の差が、葉島に能力使用の時間を与えなかった。
「まだっ・・・」
葉島は身をひねって俺の手をよけようとする。だが俺はそれを逃してたまるかと、すぐに方向転換して葉島の肩へ手を伸ばす。葉島に異能力使用の時間を与えないために俺は休まず手を伸ばす。
「うっ・・・あああーーーー」
だが予想外にも葉島は後退するのではなく前進を選択した。そして俺の肩にその細い腕を伸ばす。
「なにっ!?」
まさか後ろに下がるのではなく前に出てくるなんて予想できなかったため俺は一瞬固まってしまう。だがそれでも俺は葉島の肩に触れることだけを考えた。
「「とどけぇぇぇぇぇぇぇーーーー」」
先に肩に触れた方が勝ち。時間がスローモーションに見えてくる中、俺たちはついに相手の肩に触れる。どちらが先に触れたかはわからないし、あるいは同時だったのかもしれない。
そんなことを考えていたのは一瞬で、俺たちは仲良く倒れこんでしまう。否、同時に肩を押してしまってお互いを転ばせてしまったのだ。
「わっ」
「きゃっ」
俺たちは二人仲良く尻もちをついてしまった。だが痛みなど気にしていられなかった。俺たちは二人して急いでリブラのほうへ詰め寄る。
「そ、それでリブラ、どっちが勝ったの!?」
葉島は慌てたようにリブラへ勝敗を尋ねる。だが
「その、大変言いにくいんですが・・・」
だがリブラは申し訳なさそうに俺たち二人を交互に見て
「土煙がひどかったせいで、途中から何も見えませんでした」
こうして俺と葉島の戦いは引き分けに終わったのだった。