第8話 異変
俺たちは放課後になると学園から離れた公園までやってきた。
璃子はしばらくの間、軽音楽部を休むらしい。これには部長の佐倉先輩も賛成しており、ほかの部員にも適当に説明しておくそうだ。
今日来たのは葉島と一緒に訓練をしていた森近くの公園ではなく、璃子の家から近い公園となっている。噴水などもあり、路上ライブをやるにはうってつけの場所だと思った。
「それで、その日ほかに変わったことはなかったのか?」
「ううん。それ以外にはなかったよ。あの赤髪の人もその日以外は来なかったし」
ただの観光客かもしれないが、念には念を入れようと俺たちは現地まで赴いた。もしかしたらその外国人とやらが何か事情を知っているかもしれない。
「あの日はいっぱい人が来てくれたな・・・みんなも楽しそうで」
当日のことを思い出したのかうっすらと笑みを浮かべていた。その日は子供も多かったらしく、大変にぎやかなバンド演奏になったそうだ。
「今思えば、あの日から学校にこもって練習ばっかりで、ライブなんてあんまりやってなっかったな」
惜しむように苦笑いをした璃子は噴水近くのベンチに座る。俺もそれに倣い自販機でジュースを買ってから璃子の隣に腰かけた。
「ん、ありがと」
ジュースを受け取った璃子はすぐに飲まずにしばらく噴水を無言で見つめていた。
「その日、佐藤さんに変わったことはなかったのか?」
「やっぱりなにもないかな、思い当たることなんて」
その次の日もいつもと変りない日常を送っていたらしい。
「そうだ、例えば一月くらい前とかどうだ」
それは俺がアズールを倒して葉島と友達になったころだ。もし何かきっかけがあるとしたら、俺たちが関わっている可能性もないわけではないのだから。
「特に変わりないけどそう言えばちょっとだけおかしかったかもね」
「おかしい?」
どうやら何か璃子には違和感を感じる要素があったらしい。
「なんというか、ちょっとだけあの子の性格が大雑把になったというか、雑になったというか」
「それくらいなら、ただ疲れて面倒くさいことを投げやりにしていたとかなのかな」
「そうじゃなくて、表ではいつも通りニコニコしてたんだけど、少し乱暴になったというか」
乱暴
それがどういう意味なのかは分からないし、気のせいなのかもしれないが、親友であった璃子はきちんと何かを見抜いていたようだ。
「物を捨てるときとか、ノートの取り方とか、一つ一つの挙動が乱暴になってたかも。最初は何か怒ってるのかなとか思ったけど、まるでずっとそれが習慣になってたみたいで、逆に違和感がなかったの」
「気づいたら性格が少し変わっていたと」
「ん。そんな感じ」
璃子は手に持ったジュースを開け、一気に飲み干すとおもむろに立ち上がった。
「まあ、それだけなら気のせいかもしれないし、行方には繋がらないと思うから忘れてもいいと思うよ?」
「・・・そうか」
急に性格が変わったか。少し気になるが確かに行方を知る上ではその情報は後回しにしていいかもしれない。
俺たちは夕方になるまでその公園を散策した。
※
「別に、送ってもらわなくてもいいんだよ?」
「ここ数日は大丈夫だけど、最近まで物騒だっただろ? それに今回の件もあるし、しばらくは付き合ってやるよ」
俺は自転車を引きながら、久しぶりに璃子の実家である鳴崎家を目指していた。
この辺までやってくるのは、本当に数年ぶりだ。道並は大きな変化もなく、二人で駆け回った思い出も鮮明によみがえってくる。
『捕まえてみろよー蓮』
『まっ、待ってよー』
いじめじみたことがあった気がしなくもないが、まあ大半は楽しい思い出だ。
数年前にいろいろあったが、俺個人は鳴崎家に嫌われていないと思う。
「蓮はさ、後悔してない? あたしと関わったことに」
たしかに鳴崎家に関わってしまったせいで、俺は被害を被ることになった。普通に思えば、鳴崎家と絶縁どころかこの町を引っ越していてもおかしくはないのかもしれない。
「別に。お前は関係ないことだろ」
こいつも被害者の一人だ。何も知らずに大人たちの悪い考えに巻き込まれ、結果的に俺に被害をもたらした。
その罪悪感か知らないが、時折俺のことを気にかけてくれる。そしてそれは璃子の両親も同じらしい。
「お前は俺を何度か助けてくれただろ。だから今度は俺が助ける番だと、そう思っただけだ」
「蓮・・・」
もう何も言えないのかしばらく無言のまま俺たちは歩き続けた。
そして目の前に豪華なお屋敷が見えてくる。あれが璃子の家だ。
さすがは地主の家。やはり何度見ても圧巻される。
「それじゃ、ありがとね。また明日」
「ああ、しっかり休めよ」
そう言って俺は璃子を送り来た道を引き返す。
(割と遅くなっちゃったな)
まだ氷使いが俺を狙っているし、もしかしたら仲間だっているかもしれない。
ちょっとした恐怖感を抱えながら俺は慎重に家までの道を急いだ。
(一応発動しておくか・・・『同調・・・インストール』)
俺は異能力を発動し自身の感覚を強化する。この前みたいに尾行されてしまったら、このまま家には帰れない。
(これくらいの強化なら問題ないみたいだな)
どうやら一日休んだだけでも、感覚強化ができるくらいには回復したらしい。
それに俺のことを見ている敵もいない。
俺は安心して異能力を解除すると同時に家までの道を急ぐのだった。
※
「レン、待っていました」
どうやら俺より先にリブラが家に帰っていたらしい。
彼女はたいてい俺より遅く帰ってくるため、この時間にいるのは珍しい。
「早いなリブラ、どうかしたのか」
もしかしてお腹がすいたのだろうか。そんなことを考えながら俺はキッチンへと向かう。
「待ってろ、今何か作って・・・」
「すいませんが料理は後にしてください。非常事態です」
「!・・・」
リブラは真剣な顔をして俺を手招きしていた。何時もは食事をするテーブルに向かいあい、重い空気を感じながら座った。
「もしかして、何か進展があったのか」
俺はリブラに問いかけるがリブラの顔は今までにないくらい怖い。よほど心配なことが起きたらしい。
「今日もいつものように町の見回りをしていたのです。町そのものには大きな変化もなく、いつも通りの景色でした。しかし、大きく変わっていたところがあったのです」
どうやら今日も平和だったらしいが、いつも町を見ているリブラが変化に築いたらしい。
「変わったって、人とか建物か」
「変わっていたのは・・・森です」
森。そう聞いて俺はすぐに浮かぶことがある。
「もしかして、俺たちが訓練しているあの森か!?」
俺が慌てて尋ねると、リブラは頷き真剣な面持ちで口を開きだす。
「ええ。私が訪れたときには森は変わり果てていました。木はなぎ倒され、クレーターのようなものがいくつも開いていました。あなたと戦闘した氷使いの氷はなくなっていましたが、どうやらそれ以外に、あの森を訪れたものがいたようです」
もしかしたら、俺たちが来るかもしれないと何者かが張り込んでいたのかもしれない。
「ひどいものでした。例えるならそう、私の大砲みたいな・・・」
「大砲?」
リブラは部分的に変身することで、その腕を大砲にすることができる。以前は一度放っただけで大きく消耗していたが、今では威力も上がり少なくともその後もある程度は戦えるらしい。
「まるで大砲を乱発したかのように木には穴が開き、地面が抉れていたのです」
「・・・」
もし俺が今日、この状態で森に行っていたらどうなっていただろうか。俺は満足に戦えない。恐らくなすすべなくその何者かに殺されていた可能性が高かった。
「しばらくはあの森に近づかない方がいいでしょう」
「ああ、そうだな」
俺は恐怖を感じながらリブラとともに夜を過ごすのだった。