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知りたがりの男

作者: なろう

 それは強欲だったのかもしれない。

 幼き頃から成績はと云えば毎年毎回学校一番、学業も運動も何でも出来た私には、唯一気がかりなことがあった。

 幽霊を一度も視たことがない、ということである。

 私は何でもできる子だ、賢人の卵だと周囲からは称賛され、その気味悪い笑顔の中で育ってきた子供であった。だからか知らないことには敏感、いわば好奇心という物が私には人より少し多くあり、暇な時には図鑑、そして勉学の時には誰よりも質問をしたりと、知ることに対して異様な執着を見せる子供でもあった。

 もはや教師からも変わり者として見られていた私であったが、幸い大学まで特に何も無く進学、やがて地元一番の大学を主席で卒業。

 父の勧めで、私は私立学校の教師となった。

 教師と云う職は、私にとって大変でもない事だった。他人にものを教えると云うのは、なんと楽しいのだろうといつも思いながら仕事をしていた。楽しかったし、ノウハウもあったから問題はなかった。

 知ることを拒む児童達。一人ひとりが自分なりの考えを持ち、いかなる場合にも異なる行動をとる。そんな彼等に、どうすれば計算をさせられるか。文章を読み、実験をさせ、社会について考えさせられるか。

 それにすらも私の好奇心は反応し、やがて私は学校一の敏腕教師とまで謳われるような存在となっていた。『白衣の貴公子』等というあだ名をつけられたりもした。

 何度も何度も全国の心霊譚所スポットに通っていたことも、みすてりあすだの何だのと騒がれていた。ついて行こうとする輩まで出てきた。私は真剣だと云うのに、ちゃんちゃら迷惑な話である。

 幽霊の噂はそのときに出てきた。

 「イヤね、ちょっと小耳に挟んだのだけれど」休憩時間に同僚が言った。「このガッコには、幽霊が出るらしいんだよ」

 「幽霊?」そのときの私は目を輝かせていたような気がする。

 「君はそう云う反応をするだろうと思ったよ」葉巻を咥えながら云うのは校長。髭を邪険に扱いながら、葉巻を手にしているのに少し顔を顰めた。「迷惑な話だ。物見遊山の奴らがやってくる」

 「いんや、出るんですよ。現にうちの生徒が見たって言ってる、成績一番の彼が」

 「なんと、大山くんが」

 「そうだよ。彼だけじゃない、きみのクラスにも居るはずだ。夜の校舎、その教室で佇む幽霊を見たというやつが」

 私はそんな話、ひとかけらも聞いていない。

 だが、興味深い話だ。幽霊が泣くとは。何か悲しい事でもあったのだろうか。いや、あったのだろう。そういうやつが幽霊になる。

 今までどんなに怪談で囁かれている地を回っても成果らしい成果を挙げられなかった私だが、今度こそは見つかるやもしれぬ。

 そう考えて、その晩の宿直に立候補した。


 それは強欲ではなかったのだろう。

 私はその晩幽霊に出会った。全員が下校し誰も居ないはずの教室……私の受け持つ学級の。そこで私は、初めて、最後の幽霊を見た。

 古典的な感じで制服を着ていたりはせず、簡素な白いシャツにぼろぼろのズボン、そして麦わら帽子。

 どうやら田舎者の幽霊らしい。

 彼に話しかけても、何も返事は返ってこない。だが触れようとすると通り抜けた。間違えなく幽霊なのだが、話せないのは残念だ。

 歓喜の情と共に、私は話しかけ続けた。

 「君は何処の出身だい?」

 「……」

 「君は幽霊なのか?」

 「……」

 「……では……」











 「君は私の弟か?」




 

 「そうだ」


 柔和な表情で彼は返した。

 顔を初めて見た。でも見たことが在る、そんな気がする。

 

 「泣いていたんだな、ずっと。涙も、姿も見せなかったけれど」

 「やっと姿を見せられた」

 「俺が知らなかったのは君の存在だった」

 「逢えてよかったよ、可愛い弟」

 













 「頑張れよ」


 そして彼の世界は私の存在を知らない。















 手が触れた。


























 「本当に起きたのか!?」

 「……ええ、恐らく。瞼が少し動いた」

 

 白衣の老爺が言った。

 ベッドの周りで髭面の男、そして着物の女が静かに椅子に腰掛けている。

 刻は夜。

 目が開かれた。

  

 「……」

 「タケル、タケル!」

 「真逆本当に目覚めるなんて!」

 

 父と母は涙を流し、青年に抱きついた。

 沢山の管が繋がれた腕を静かに持ち上げ、青年は拳をぐっと握る。

 

 「兄のようにお前まで……居なくなってしまうんじゃないかって! 私は……」

 「……本当に……心配したんだぞ……」

 

 青年は、ベッドの横の箪笥、その上を見た。

 若い男が笑っている。写真でしか見たことがない、その筈の笑顔。でも何故か、現実に視たことがある気がする。

 両親が去って、医者も去った。

 青年は箪笥の一段目を開き、ぼろぼろの本を取り出した。書かれた字は印刷ではない。分厚く、それが何冊も。

 ぺらりとページを捲る。

 この世の何もかもが書かれたその本。1ページ捲るだけで、涙が出てきた。


 「ありがとう、兄さん」


 


 白衣を着た写真の中の青年は、ずっと静かに笑んでいた。

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