女神よ、俺は死にました
魔法陣が描かれた床にロウソクを模した電灯。その中心には玉座に座るような背が高い椅子。
「エッ、なにこれ!?」
俺、綾瀬政春は死んだはずだ。
家族と最愛の彼女に見守られて、逝った……と思う。
なぜか俺はワイシャツとジーンズをスタイリッシュに着こなして椅子に座っていた。
「俺、生きてる!? 」
思わず叫ぶと「生きてるぅ……生きてるぅ……生きてるぅ……」とやまびこのように返ってきた。どうやらここはかなり広いようだ。いやそもそもここどこって話だけど。
「はぁ〜〜い、先日お亡くなりになりました綾瀬政春さぁ〜〜ん」
「やっぱり死んでるじゃんッッッ」
甘ったるい脱力感のある声でどこともなく現れたのは高校の時同じクラスだった愛野恵。
「久しぶりぃぃぃ、ようこそっ、死後の世界へ! あ、これテンプレなの〜初めて案内するのが綾瀬なんてびっくりだよぉ、おったまげぇ〜。あ、私、愛の女神目指して綾瀬が高校生の時に人間界に留学してたんだぁ。ちゃんと人間っぽかったでしょ? やぁっと最終試験突破して女神様になったと思ったら何故か最期の審判へ行く時の説明係になっちゃったわけですよ!! ぬぁっちゃったんだよ!! どうしてだと思う!? ぷんぷん!!」
アイドルの衣装にありそうなデザインの服をちゃっかり着こなしてノンブレスマシンガントークを繰り広げるその姿は高校生の時よりも幼く見えた。
「ひ、久しぶり、愛野……。俺やっぱり死んじゃったんだ? というか女神ってなに? ここはどこ!?」
「ここはねぇ、天国でも地獄でもない場所〜。綾瀬はとぉぉぉっく死んでるよー、じゃないとここ来れないからねぇ。四十九日は立たないとここには昇れないシステムだし。四十九日間なにしてたのむしろ。あっ、ごめんここに来るときに記憶を全部消すんだった。でぇもー、なんか死に際の記憶は残ってるみたいだねぇ。まっ、いっか☆」
いや全然良くねぇよ!!!!!!
何かを開くようなそぶりをしておもむろにティーセットを取り出し紅茶を淹れる愛野はどこまでいってもマイペースだった。
「恵。ペラペラ喋ってないでさっさと仕事なさい。女神の道から今外れてるんだから。死神まっしぐらよ」
上から降ってくる声に表情を青くする愛野はやっと本題に入ろうとするのだった。
「綾瀬政春、十九歳。性別は男。ヒカスズプロに所属してたの? すごぉぉぉい。え、あっ、コホン。こっちでは脳に腫瘍があったで通ってるんだほぇー。カノジョもいんの? 順風満帆すぎる人生ゆえにって奴? 神様は手厳しい〜〜。あっ、これで合ってる?」
「合ってるもなにも君が関心してるだけだったような気がするけど」
どこから出てきたか不明の書類を手にして読み上げつつ、のほほんと感想を言った。
ヒカリスズプロダクション。通称ヒカスズプロと呼ばれる芸能事務所はオーディション審査がとても厳しい。けど入っている人(所属タレント)はみんな売れっ子で実力者ばかりのところだ。
所長はオカマだけど選定する目は一級品だと言われている。
空いてる手でくるくる円を描き俺の足元を人差し指で指すと丸いサイドテーブルが出てきて紅茶がカップに注がれる。その様子はさながら数年前に実写映画化された作品で出てくる真夜中の晩餐会のようだった。
そしてこの様子を見るに上の人たちは使えないとわかっていながら愛野をここに配置させたということにいやでも気がついてしまった。
だってそうでもしないと上から声が降ってこないし。どこかから見られているのだろう。
「綾瀬はどうして自分が死んだと思う?」
今までのヘラヘラした表情は霧散し影もないくらいに真面目な顔になって言った。
視線で人を刺せたのなら俺は刺されている。そう思ってしまうくらいには鋭く厳しいまなざしを愛野はしていた。
「さぁ。俺にはわからないよ。だって死んだのだから。患者が死んでいるのを確認してから医者はその時刻と死因を告げ看護師が紙に記入することをおぼろげに聞き取れたぐらいだ」
長いような短いような日付感覚がなくなる入院生活。身体の痛みだけがついてまわり張っていた身体の力が抜けたあのとき、自分の遺影を中心にして花が手向けられているのを見たとき。あぁ、俺はもうこの世界で死んだのだと実感した。
「そう。赤ちゃんはコウノトリが運んでくるのは知ってる? あれは比喩でもなんでもなくて実際にそうなんだよ。
綾瀬政春は母体に宿る前、コウノトリが着地を失敗したからその影響で脳に腫瘍が出来たの。腫瘍は小さくて綾瀬の身体が成長するとともに細胞たちがなくすのではないか、とも言われていたんだけどね。実際は身体が出来上がって病院に搬送されたあの日に発見されたみたいだけど。」
想像以上にびっくりな内容だった。
ファンタジーとリアルが入り混じっていてどこまでが本当なのかわからない。
子供は男女が性行為をして受精をしたら出来るものじゃなかったっけ。授業ではそう言っていた気がするけど……。
「当たり前じゃん、人間は科学が大好きだからねぇ。発展させ、名前つけるのも大好きだし。コウノトリが運んできた、なんて言われたら頭の弱い子って思われちゃう。そもそも人間界とここは世界が違うよ」
「心読めるんだ……」
「それなりにね! 神通力ってヤツぅ〜〜」
へらりと笑うと再び真面目な顔になった。
「だからね、綾瀬は周りより少しだけここに来るのが早かっただけなの。
ほかのコウノトリが不時着して身体に傷が出来ても今ピンピンしてる人もいるし、その傷が元で流産したこともあるの。むしろ今まで綾瀬が搬送されるまでピンピンしていたことの方がすごいことなんだ」
「そんなこと言われてもわからないよ!!! いきなり俺はあと五年しか生きられないって言われて一ヶ月後には手術して記憶はだんだんと消えていって覚えてないことを俺が覚えている前提で話して記憶が消えていってることを思い出してハッとなって一から教えてくれたりとか!!!!! 大切なことをどんどん忘れていって相手がそれにショックを受けて泣き崩れるのを何度も何度も見た!!! 日が経つにつれて身体の節々は痛くて薬の量は多くなって力が思うように入らないのに身体には力がなぜか入っていて張っているし歩けなくなって刻々と迫り来る死を実感して怖くて怖くてしょうがなかった!!!!」
「そうだね……。でもそれが死だから。どんなことが起こるかわからないから怖いって思うんだと思うよ。でね、今まであなたは人のために何かを成して生きてきたことが多いからそれを功績と讃え新米神様として転生してもらおうと思うの!」
HA?
いやいやいやちょっと待て、なんであんなに真面目に話してたのになんでいきなり話が変わる!?
しかも転生?! 新米神様ってなにッ!?
「新米神様っていうのは〜、そのままのことなんだけどぉ、なにせ日本は八百万の神々が居るから人手不足なんだよねぇ。
で、コウノトリの件と生きてるときに積んだ徳を合わせたら神様になれるんだよね!!
綾瀬ほど徳を積んでる人なかなかいなくてさぁ、困ってたんだよねぇ。神々の保護下において神になるために修行するだけだよ〜。功績と力が認められたら神社持てるし、人間界に降りて様子見ることも出来るし。言っちゃえばチートだよね」
ウンウンと腕を組んで頷く愛野。
「ちなみに拒否権は?」
「え、ないよ? 強いて言うなら地獄に落ちてこき使われるだけ」
しれっと言うことなのそれ!?
何言ってるの? ときょとん顔をするとみるみる明るい表情になった。
相変わらずコロコロ表情変わるなぁ。
「いろはちゃん!」
「恵遅い。まだ?」
何もないところからパカリと開きいろはちゃんと呼ばれる女が出て来た。
肩までつかないショートカットの黒づくめでスレンダーな体型。
「久しぶり。マサ。ようこそ。恵の説明が遅いからお師匠様怒ってたわよ。あとで饅頭持って行ってご機嫌とってらっしゃい」
声こそ親しみを感じるが表情は全く動かない鉄仮面の矢尾いろは。矢尾も高校の時同じクラスだった。
「うげっ。せんせぇ見逃してくれないかなぁ」
「見逃すわけないでしょ。さっさと行ってらっしゃい。ここからはあたしの仕事よ」
「うぅ……。あとは任せたよ、いろはちゃん!」
「もちろん」
少しだけ口角を上げて手を振る矢尾。実を言うとこの二人、高校の時は愛野が全く相手にされてなくてある種名物だったのにいつのまにこんなに仲良くなったんだか……。
「恵があんまりにもしつこいからね。でもなんだかんだ言って楽しいよ」
「それは良かった。ところで……、髪、切った?」
以前会ったときは腰までの長い艶やかな黒髪が今は跡形もなかった。
「えぇ、切った。マサが居なくなったからね。それよりも転生の話は聞いた?」
「新米神様になるってだけ」
意味深にそう言うといつもの真顔になった。
転生ってあれでしょ? 最近人気の設定だよね。死んだらスライムになってたり、駄女神とクエストクリアするやつ。俺もその中に入って危険な中なにかするの?
まさか転生するなんて思ってなかったよ~はははは。はぁ。どうなるんだこれから……。
「そ。意味はそのままの意味。神様は永きを得ることが出来るのは一部……というかほんの一握りなの。太陽神であらせられる天照大御神様や日本神話に出てくる名のある方ばかりよ。その神々様達も力をなくしてきているの。だから襲名制を採用して衰えが始まった神様を引退して襲名した新米神様が跡を継ぐ形で回してるの。understand?」
テンションダダ下がりな俺を意も解さないで話し出す矢尾。神様も人手不足なんだ……。世知辛い世の中だ。
「で、徳を一定値積んだマサは見事新米神様となることが出来るってわけ。ちなみに、徳を積んでない人間は極端な話をするならば地獄に落ちるか畜生道に堕ちるかのどちらかよ」
徳を積んでおいてよかったです、はい。
危ない危ない……。
「というわけで。行ってらっしゃーい」
矢尾が指を擦り合わせてぱちんと音を鳴らすと俺を中心に描かれていた魔法陣はキラキラと発光すると床が消えた。
「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「第二の人生、頑張ってね。マサ」
くすりと笑うと消えた床は元に戻っていろはも再びパカリと扉を開き消えた。