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八話 夢幻世界② 初体験

 腰をくねらせ歩く後ろ姿は艶態(えんたい)で、緊張して下向き加減のファンの視線は動く腰の辺りに誘われてしまう。


「随分、若そうだけど幾つなんだい?」


 初めて聞くセリの声にファンの胸の鼓動が高鳴る。しかし、緊張してか「十六」と小声になってしまった。


「十六ねぇ。その若さで女買うとはマセているのか、それとも……。まぁ、わっちも人の事言えんね。わっちも十七だからさ」


 大人びているなと思っていたファンであったが、僅か一つ年上。しかし、既にその嬌容(きょうよう)は十二年後と遜色ない。またセリの声は周囲の同年代の女の子達のように決して高くはないものの、鈴の()のように心安らいだ。


 セリに導かれ幾つも並んだ部屋の扉の一つに入っていくと、お香の甘い匂いがプンッと鼻孔をくすぐった。


 部屋が通りとは反対側に設置されてのは理由を想像するのに難くなく、部屋の窓は硬く閉じられており日の光が射し込まないようにされている。ランプのガラスは赤色に染められ、薄暗い部屋は怪しく赤く染まっていた。


「何してんだい? お座りよ」


 緊張してカチカチに固まった体をぎこちなく動かして、ファンは促された場所に正座する。


 相対してファンの前に座ったセリは、空いた胸元から煙管を取り出すと火を付けて紫煙を(くゆ)らし始める。煙管の中身は煙草のような物ではない。所謂ハーブの様なもので、単に口臭対策のようなもの。好き嫌いは別れるが娼婦の間では比較的多い。とはいえ、セリの口臭がどうのこうのではなく、セリにはセリの理由があった。


「そんなに緊張されると此方も困るよ。と言っても無理はないか……」

「あの……!!」


 正座して姿勢を正したままのファンは、思いきってセリと目を合わせる。そのファンの真剣な目付きに、セリも少したじろぐ。


「あの、セリさんを、セリさんを身請けさせてもらえませんか!?」

「…………は?」


 たれ目がちな目を丸くするセリ。しかし、その目は次第に冷たいものに変わっていく。


「ふざけちゃいけないよ。わっちの身請け料、幾らか知っているのかい? 十銀貨ペリだよ。だいたい、あんたとは初対面のはずさ。違うかい?」


 十二年後に一方的に知るのだが、そんなことを言える筈もなく、冷たい視線を送られ黙ったままのファンは、コクリと頷く。


「だろ? からかっちゃいけないよ。わっちの身の上すら知らないだろ?」

「あ……それは、呼び込みの人からちょっとだけ……」

「ちっ、あんのネズミ男が……。なら、わかっているんだろ。わっちは元奴隷さね。勿論主に夜の相手さ。幼い頃からね。けれど、主が幼児嗜好主義でね、十七になった途端、此処に売られちまったのさ。いわば手つきの女だ、あんたはまだ若い。わっちなんかよりも──」

「それでも──それでも、俺は君がいい!!」


 身の上を話すセリの瞳が暗く沈んだ瞬間をファンは見逃さなかった。中には居るだろうが、それでも好き好んでこんな世界に居たいと思う女性は稀有。ファンにはセリが捕まったクモの巣から(もが)くのを諦めた蝶のように見えた。


「大丈夫。十銀貨ペリなら用意出来る」


 セリはファンの身なりから、それほど裕福とは思えず、けれども真剣な表情で此方を見てくるファンを、どう扱うべきか悩んでいた。とてもこの世界に詳しいとは思えないのも、困惑の原因であった。身請けにもリスクは伴うことを。


「はぁぁぁ……取り敢えず、一杯どうだい? 酒は飲めるんだろ?」

「あ、はい。頂きます」


 セリはファンの体に触れるほど寄せて隣に座ると、お酌をする。渡された小振りのコップには無色透明な液体が並々と注がれた。


「これは?」

「知らないのかい? ポン(さけ)って言うのさ。マイマイという作物から出来た酒って話だよ」


 溢れないようにコップに口を付けてぐいっと飲み干す。


「これは、エールとは違ってサッパリな飲み口だ。苦味もない」

「酒好きみたいな事を言うねぇ。まだ十六だろ?」


 袖口で口元を隠して笑うセリ。ファンが手渡されたコップの側にもう一つコップがあることに気づいたファンは、返杯してやることに。


「せ、セリもどう?」

「あら、ありがとう。そいじゃ一杯頂くとするかね」


 セリにもコップに並々とお酌をしてやるが、セリは全部一気に飲もうとしない。そのポン(さけ)を飲む仕草や口元に見とれていたファンが口を半開きにして惚けていると、突然その口がセリの唇で塞がれた。


 驚き戸惑うファンだったが、セリの口内から少し温くなったポン酒が移されると、されるがままに身を任せ自分の口内に侵入してきたポン酒をゴクリと飲んだ。


 酒の酔いが一気に回ってきたのか、興奮しているのか、ファンは、頭がクラクラと眩暈にも似た症状に陥る。最早自分が酔っているのすら分からなくなったファンは、セリをお姫様抱っこの形で持ち上げた。


「意外と力あるんだねぇ」

「土木作業で鍛えていたから、これくらいは!」


 そのまま、ファンは隣の部屋に設置されている、かなり低めのベッドの上にセリを運んでいく。しかし、勢い任せはそこまでで、ファンはセリの上に覆い被さる所で手が止まった。


「落ち着いて。まずは服を脱がしてくれるかい?」


 セリに促されるも、焦れば焦るほどもたつくがセリはそれを咎めることなく優しく手解きをする。


 隣の部屋に比べて一段とベッドのある部屋は薄暗く、それでも露になったセリの白い肌は艶やかに輝いて見える。ファンは生唾を一つ飲み込むと、セリが首に腕を絡ませてきて引き寄せられた。


 互いに目が合い、静かに唇を重ねること数回、ファンが服を脱ぎ始めるとセリも自分の(かんざし)のような装飾を外して、長い髪が解かれた。


 再び見つめ合うと、次第に距離が近づき重なりあうのであった。

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