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七話 夢幻世界② セリ

 ファンは酷い頭痛により目を覚ます。後頭部の辺りを鈍器で殴られたような痛み。昨夜は少し飲みすぎたかと心の中で反省していた。


 体を起こして眠い目を擦りながら、タンスの上にある鏡に自分の姿を写すと、ファンは一瞬固まる。


「ん? ……ええええッ!? ま、また若返っている!?」


 鏡に写るのは少年時代の自分。昨夜の記憶を思い返すも、酔っていたせいか所々記憶があやふやで、唯一自宅に戻っていたことは思い出せた。


「あのまま、寝ちまったのか……じゃあ、やっぱり、原因はあの枕……」

「ファン!! どうしたの!?」


 ドタドタドタと、階段を勢いよく駆け上がってきた足音がすると、扉が壊れそうなほど激しく開かれ、フライパン片手に持った母親が姿を現した。


「な、な、何でもないよ、母さん」

「あら? そうなの? 昨日、気持ち悪い笑みを浮かべて部屋に上がったまま降りて来ないから心配したのよ。それより、仕事は見つかったの? あと五十銅貨ペリ、足りないのでしょう?」


 母親の話から、もしかして昨日の続きなのではないかと推測したファンは、改めて何でもないと伝え母親を追い出すと部屋の隅の床板を剥がし始める。

部屋の床下には、一つの壺があり中を確認すると、袋に入った大量の銀貨が。


「……五十八、五十九。一枚少ない……そうか、昨日酒場で使った分が減っているのか」


 何度数えても銀貨は五十九枚しかなく、ファンは、このお金はこっちと向こうで共通なのだと考えた。


「もし、そうなのだとしたら、こっちで使っても減ってしまうってことか」


 酔って記憶が無いとはいえ、酔う前の記憶はある。昨日の失恋も思い返すと心が握り潰されそうになる。昨日、呼び込みのあのネズミ顔の男は言っていた事を思い返すと、いても立ってもいられずファンは銀貨を片手で適当に掴み、再び壺を仕舞い着の身着のままで部屋を出た。


「おう、おはよう、ファン。お前、昨日──」

「ごめん、父さん! 俺、急ぐから!!」


 一階まで落ちるように階段を降りていくとファンは、そのまま父親に一瞥(いちべつ)だけくべて、家を飛び出た。


 背後から母親が何か叫んでいたが、ファンは気にすることなく前を向いて走る。


「や、やっぱり、ここは足を踏み入れるの恥ずかしいな」


 ファンがやって来たのは、色街の入口。店舗は数ヶ所変わっているものの、その雰囲気は相変わらずで、甘い香りが漂い、艶かしさを醸し出す。もちろん、ここへ来た理由は、あのセリという女性。


 ネズミ顔の男はセリが店に来たのは奇しくも十二年前と言っていた。入店直後なら、もしくは店に売られる前になら有り金で彼女を救い出せるかも知れないと考えていた。


「あった、ここだ。間違いない。店の造りも変わっていない」


 格子状の壁の向こう側には、女性が近寄ってきて甘い誘い文句でファンを誘惑する。しかし、ファンはそんな言葉に耳を貸すことなく、女性の間を縫ってセリを探す。


「居ない……まだ、ここに来てないのか?」

「兄ちゃん、兄ちゃん。ここは子供が来るところじゃないよ」


 店の中から出てきたのは、いつものネズミ顔をした呼び込みの男。十二年前でも、その姿は変わらない。


「俺は十六だ! それより、ここにセリという子は居ないのか?」

「そりゃ失礼しました。しかし、はて? セリ……?」


 ネズミ顔の男はファンが十六だと分かると態度を一変する。しかし、セリは居ないのか首を捻る。そこに格子の中から一人の女性がネズミ顔の男に声をかけた。


「旦那、旦那。ほら昨日来た、あの子じゃないか?」

「おお! お兄さんはお耳が早い。確かに昨日入った子がセリという名前だ。ありゃあ技術はあるが、愛想がどうもねぇ。一応、一晩一銀貨ペリだが、今後も客が付くかどうか……。それより、他にもいい子は居るよ」

「是非、セリで!!」


 ファンは、そう叫んでからハッとする。ここは娼館。つまりは、そういうことをする場所である。勢い任せで指名してしまい、急激に顔が赤く変わっていく。


「じゃあ、準備させますんで、お代の方を」


 ファンは震える手で銀貨一枚を渡すと、店の中へと案内される。しばらく待っていろと言われて椅子に座らされるも、その独特な雰囲気と女性の黄色い声で包まれる店内は、ファンにとって初めての経験で緊張して地面に足が着いていない気分。


 緊張しているファンを見て、ネズミ顔の男は隣に座るとセリの身の上話を始める。


「安心してくだせぇ。セリは昨日からここに来た子ですが、以前は奴隷として飼われておりました。ああ、勿論()()()()()()でですがね。幼い頃から仕込まれてますから、セリに身を任せればいいですよ。愛想さえ良くなりゃ、いずれは人気も出ると思うんで、青田買いというやつですな。わはははは」


 冗談混じりで話す内容ではなく、ファンはセリの身の上に同情にも似た何かを覚える。そしてネズミ顔の男の言うようにセリは、いずれファンの手には届かない高みにまで行ってしまう。ファンは一つの決意をしていた。


「お、来たようだ。じゃあ、お兄さん楽しんでいってくだせぇ。娼館ネズミの館へ~」

「「「いらっしゃ~い」」」


 ネズミ顔の男の一声で、格子の中で待機中の女性が一斉に声を上げる。しかし、ファンの耳には届いておらず、ファンはずっと一点だけを見つめていた。


 ファンの前に立つ女性。


 ファンの髪色に似た空色の髪は、後頭部で組み髪にしており(かんざし)のような装飾で留めている。


 透き通るような白い肌の両肩を出した着こなしは鎖骨と谷間を露にしており、ついつい視線がそこに惹かれてしまう。宝石のことを(ぎょく)と言うが、まさに玉貌(ぎょくぼう)と言ってよい顔立ちには、うっすらと化粧が施されており、目尻に引かれた青いアイシャドウが長い睫毛も相まって儚げなくも美しさを演出していた。


 セリはファンを値踏みするかのように下から上へと視線を移すと、緊張しているファンの表情に小さく微笑みを見せ、ファンに向かって手を差しのべる。


 すっかり魅入られてしまったファンは、その手に誘われるように自分の手を伸ばし繋ぐのであった。

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