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六話 現実世界② 初めてのお持ち帰り

「やったぞーーっ!!」


 叫び声と共に空へと突き上げたはずの両手。しかし、ファンの視界には、澄わたるような青空ではなく、見覚えのある木目柄の天井が。しばらく惚けていたファンも徐々にその天井が自分の部屋だと気付き始める。


「あ、あれ?」


 ペタペタと自分の顔を触れると、あの若かりし頃の潤いのある肌ではなく、うっすらと髭が生えチクチクとした肌触り。窓の外へ視線を移すと、薄く朝靄がかかっていた。


「自分のベッド? ゆ、夢……だったのか?」


 自分の両の手のひらをじっと見ると、採集ギルドで培ってきたゴツゴツとした両手が現実味を帯びてくる。


 一度は大きく落ち込むものの、ファンの天色(あまいろ)の瞳は、今までにないくらいに澄んでおり、表情も憑き物が落ちたように晴れやかであった。。


 いい夢であったと。


 懐かしく徐々に記憶から薄らぐ両親の顔を思い出し、復讐も果たして気分爽快と。


 ファンは、天井へ突き上げていた両手をベッドへ降ろし大の字になった。


 すると手に何かが当たり、ベッドから落ちたその何かがジャラジャラと音を立てる。何だ、と体を起こして床を見るとファンの目は寝起きとは思えぬほど大きく見開き丸くなる。


「ぎ、銀貨!?」


 慌ててベッドから起き上がったファンは、床に転がった銀貨を拾い集める。


「くそっ、ベッドの下にまで。手が……届かん! でええいっ!」


 火事場のくそ力とでも言えばよいのか、ファンは重いベッドを、下の隙間に体を捻り込むようにして浮かす。


「と、取れた。これで……五十八、五十九、やっぱり六十枚ある」


 夢で手に入れたはずと全く同じ枚数の銀貨を袋に入れ直して抱えたまま、鏡のある元両親の寝室へ向かう。

そして、鏡の前に立ち自分の顔を確認する。


「やっぱり、今の俺か」


 ついでに若返っていれば……などと思ったのか、ファンは少し残念そうに肩を落とす。再び自分の部屋に戻ると袋を部屋の中心の床に置き、自分も床へ座ると腕を組む。


「さて、どうしたものか……やっぱり神様による哀れみの施しなのだろうか、それとも……」


 チラリとベッドへ視線をやる。ベッドの上には一人暮らしには不似合いの二つの枕が。


「いや、まさかな……いやいや、ないない」


 何度も枕を見ては、ファンは首を横に振り自分が今考えていたことを否定する。


「も、もう一度眠ってみるか」


 ファンは銀貨の入った袋を大事そうに抱えたままベッドへ横になり目を瞑ってみる。しばらくそのままであったが、ファンは目を開けた。


「駄目だ、ぜんっぜん、眠くない。信じられないほどスッキリとしている」


 目は爛々と冴えて、疲れも全くない。長年の闇を振り払えて気分爽快、元気に溢れている。今なら三日三晩徹夜も余裕で出来るかもしれない。


「しかし、この金があの時手に入れたものだとすると……あっ!」


 ファンは何かに思い至り、ベッドから起き上がると部屋の隅の床板をいきなり剥がし始める。頑丈に作られた筈の床板が一枚簡単に外れるところから、何度も外しているのだろう。ファンは床下から壺を取り出すと、その中に銀貨を袋ごと仕舞う。そして再び床下に壺を戻して床板を嵌め込んだ。


 ファンは昨日の着の身着のまま外へと飛び出して、まだ人の少ない早朝のゴルゴダの街を走り抜ける。そして、目的地と思われる場所で足を止めた。


「やっぱり……無い!」


 昨日まであったはずの、例の賭場が姿形もなく別の店へと変わっていた。そこにちょうど、隣の店の人が出てきてファンは、その人にここにあった賭場は何処に行ったのか聞いてみることに。


「賭場? ……ああ、あったわねぇ昔。何でも大損出したあと、イカサマの手口がバレて、さらに大損して国から取り締まれたわよ。もう十年以上前かしら」


 ファンは教えてくれた礼を言うと、あの銀貨が本物であることを確信したかのように家路へ向かう足が速くなっていく。


「どうする、あんな大金。質素に暮らせば一人だし一生……」


 ファンはピタリと足を止めると家路とは違う方角へ足を向けた。


「一生一人!? 冗談じゃない!!」


 ファンが向かったのは、朝昼晩と一生明かりが灯る色街。早朝とはいえ、人は決して少なくないが、流石に呼び込み等は寒そうに店の中と外を行ったり来たりしている。


 ファンは、他の店に目を向けることなく、一直線に目的の店の前へ。そして格子状の壁から中を覗いて見るが、ファンが恋して一瞬で失恋したあの娘は居なかった。


「ん? 兄ちゃん、誰か探してんのかい?」


 この店の呼子でもあるネズミ顔の男が、糸目をますます細くして話しかけてきた。


「い、いや、その……この間、向こうの奥で煙管を吹かしていた女性なんだが」

「ああ、セリかい? 残念だったね、今は接客中だよ」


 接客中と聞いてファンの胸はギュッと締め付けられる。今、彼女は他の男に抱かれている。そう考えるだけで、ファンの呼吸は絶え絶えになっていた。


「兄ちゃん、予約してくかい? 一晩五十銀貨ペリだが、それでも後を絶たないくらいだ。十年……いや十二年か、セリが来て。あっという間に人気になってしまったからな。初めの頃は一晩一銀貨でも高過ぎたかなぁと思っていたんだが……って、兄ちゃん何処行くんだい、予約しないのか?」


 トボトボと肩を落として店を立ち去るファン。わかっていたはずなのに、接客中と聞かされてショックが大きいようだ。ファンは家に着くまで「セリ……セリ……」と彼女の名前を刻み込むように繰り返したのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 今日は何もする気が起きなかった。ファンは帰宅してから、ずっとベッドに腰を降ろして頭を垂れ下げる。それでも、流石に夕方近くになると空腹に堪えきれなくなる。


 自炊する気にもなれず、失恋のショックから飲み明かしたいと、彼は家を出て向かうは、採集ギルドの隣接している酒場。ファンの手には一枚の銀貨がしっかりと握り締められていた。


「おお、ファンじゃないか、珍しいな! 聞いたぞ、ハジョウ草を見つけて儲けたんだってな、おれにも奢ってくれよ!」


 酒場にはファンも見知った者達もチラホラといる。既に酔っ払い、ファンに絡んできている男も、その一人。


「そう慌てるなって。まずは自分の分くらい注文させてくれ」


 ファンは、早速干し肉を山盛りに頼み、バイバイという作物から作られるエールと呼ばれる酒を注文した。


 すぐに出てきたエールを一気に飲み干すと、ファンは再びエールを注文したあと、銀貨一枚を主人に渡す。


「今日は俺が奢る! 銀貨一枚分、好きなだけ飲んでくれ!!」

「ウオオオオオオオオオ~~~~~~~~~ッ!!」


 知り合いに問わずの振る舞いに酒場は、一気に盛り上がる。先ほど絡んで来ていた男もファンから離れて、早速酒を注文していた。


 気前の良いファンの振る舞いに、いかつい体の男達は何度もファンに乾杯を求めてくる。気を良くしたファンも酒が随分と進んだ。


 酔いが回り腹も膨れたファンは一足先にと、酒場を出る。千鳥足で家路に向かうファンの目に色街の明かりが飛び込んでくる。しかし、ファンは足を向けることなく、寂しそうな目をしたまま帰宅していった。

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