五話 夢幻世界① 賭場
「よう、ファンじゃないか。どうしたんだ、こんなところで」
「ザップ。久しぶりだなぁ、会いたかったよ」
ファンとザップという男は、力強く握手を交わす。ギルドの登録料金を稼ぐ為の仕事先で知り合い、二つ年上であったが馬が合ったのか、それからは度々話すようになっていった。
ザップという男は、このゴルゴダの街の出身ではない。この街出身のファンとしては、一人知らない街で不安だろうと気遣ってというのもあり仲良くしていたのだが、まさか、この後裏切られるとは当時は夢にも思いもしなかった。
「いや、ほら前にも話をしたろ、探索ギルドの登録料金。あと五十銅貨ペリ足りなくて。ザップ何かいい仕事ないか?」
「仕事なあ……オレも探しているんだよ。なぁ、見つかったら一緒に仕事しようぜ」
ファンとザップが歩きながら話をしていると、肩で風を切りながら歩く、柄の悪そうな男が近づいてくる。
「よう、お二人さん。どうだい、ちょっと“白黒”着けねぇか?」
如何にも客引きを装ってはいるが、この男も恐らくザップとグルだろうと睨んでいたファンは、男の方よりコッソリとザップを注視していた。
こんな柄の悪そうな男に出会うと普通、怪訝な表情を浮かべるはず。しかし、ザップは男と視線が合うと、不自然に話に乗っかってきた。
「ちょうどいいじゃないか、ファン! ここで、一発当てていこうぜ! なーに、“白黒”なら二分の一。オレとファンで別々に賭ければ負けることはないさ。な、ファン!」
「兄ちゃん、良いこと言った、今。“白黒”は国公認の賭け事だ。長く、ず~っと楽しめる娯楽みたいなものさ。どうだい、そっちの兄ちゃんも」
騙されない為には、ここで断ればいい話。しかし、それではファンの溜飲が下がることはない。騙されてからは、毎夜枕を涙で濡らした悔しさがある。手口はわかっているし、長年掛けて手口を逆手に取る方法を考えてきた。
「よーし、やるか!」
「そうこなくっちゃ。さあ、ファン行こうぜ」
逃がしはしないとザップはファンの肩を組むと、そのまま男の後を歩き賭場へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
国公認ということもあり薄暗いイメージのある賭場は明るく盛況で、あちらこちらで、主に男達が一喜一憂している。中には若い女性も居るには居るが、男性よりかは盛り上がりに欠けるのは賭場の華としてのサクラか。
ファンとザップは、賭場の一角へと案内される。そこには前歯の一本抜けた男が床に座っていた。
もちろんファンにとっては、この男に見覚えがあり、忘れたくても忘れられない顔。なるべく怪しまれないようにファンは目の前にある白と黒の立方体をじっと見ていた。
“白黒”は、この男と客との対戦となる。
まず、この男が白面と黒面の立方体をコップのような物に入れひっくり返す。ここで、まずは客が白か黒かに賭ける。コップが開かれるまでの時間は二分あり、鐘が鳴らされるまで客は考慮する。
唯一、その間に最初に賭けた金額と同額以上を更に増すと一度だけ移動させることが出来る。その際、当たると賭けた金額の三倍になるのだ。
そしてゲームが開始される。ファンは四百五十銅貨ペリ、ザップは二百銅貨ペリからスタートする。
最初は少額を賭けていく、ファン。ザップも同額をファンとは反対側に賭けていく。もちろん、そうなるとどっちが勝っても二人の総額は変わりはしない。
「なぁ、ファン。これじゃあ、全然増えねぇや。どうだい一丁、同じ所に賭けてみないか? 賭ける場所はファンに任せるよ」
ここでザップが、まずは動く。これもファンにとっては想定内の出来事。当然、ファンは頷いた。
様子見で最初は少額から。しかし、ここからファンは怒涛の連勝をしてみせる。昔は、これで調子に乗ってしまった。
二人の総額が四千銅貨ペリに達した頃、胴元らしき男がファンの賭場の側へとやって来る。ガタイが良く、殺気すら感じる鋭い目付き、とても一般人とは思えない風貌。その男が勝ち逃げは許さないと目を光らせる。
「すげぇ、すげぇよ、ファン! よ、よし、ここで勝負に出ようぜ。ファンの分の全額二千銅貨ペリ駆けよう! なに、勝ち分は折半だ。万一負けたとしても、俺の分の半額千銅貨ペリ残る。でも、勝てば……ひゃっほー!! 興奮してきたら便所行きたくなってきた。んじゃ、頼むぜ!」
ザップは甘言でファンを唆すと、そそくさとお手洗いへと駆け込み離席する。この後、ファンは全額失う。しかし、ザップが戻ってくることはなく、ファンは一文無しへと真っ逆さまに落ちていく。
「ほら、兄ちゃん始めるぞ」
前歯の抜けた男は、手のひらをヒラヒラと見せイカサマの無い事を確認させると、二本の指で白黒の立方体を掴む。ザップが戻ってくるまで待てないと言わんばかりに焦らせる。
「白に千銅貨ペリ!!」
ファンは躊躇うことなく白の場所へ千銅貨ペリを乗せる。焦ったのは、胴元達一同。
「兄ちゃん、友達が言っていたように全額賭けないのかい?」
歯抜けの男は然り気無くファンに促すも、ファンは不敵な笑みを浮かべてみせる。
「焦らなくても、まだ時間はあるだろ?」
態度が一変して強気になったファンに、歯抜けの男も胴元も顔色が変わる。ファンは鐘の鳴るタイミングを見逃さないように、二人よりも鐘を注視していた。
スーッと大きく息を吸い込むファン。それはイカサマを破る準備だとは誰も気づいていない。
鐘を鳴らす為のロープを掴んだのを確認して、ファンは叫ぶ。
「追加で三千銅貨ペリ! 黒へ!!」
なんとファンは自分の分だけではなくザップの置いていった分まで、勝手に賭け始めた。
ますます焦る胴元と歯抜けの男。誰かが口を開く前にファンは叫び続ける。
「黒来いっ! 黒、黒っ! くろおおぉぉぉ、来いいぃぃぃっ!! おい、鐘は鳴ったぞ!! 早く開けよっ! ほらっ、早くしろおおおっ!! 黒だろ、きっと黒が来るはずだああっ!!」
息を大きく吸い込んだのは、堰を切ったように叫ぶため。その大声に誰もが振り返るほど。
「早くしろおおおっ!!」
周囲も注目している以上、時間が経過するとイカサマを疑われ賭場としての信頼を失う。歯抜けの男は、恐る恐るコップを開く。立方体の表の色を見た途端、ガタガタと震えだした。
立方体の表の色は、なんと“白”。
ファンは思わずニヤリとほくそ笑み、どちらが悪者かわからない顔に変わる。
「や、やられた……」
そう言って大きく落ち込む胴元の男。次の瞬間、その鋭い眼光は歯抜けの男へと向けられた。
「よっしゃーーっ!! 一万二千銅貨ペリーーっ!!」
賭け金の三倍、一万二千もの銅貨がファンの元へとやって来る。周囲も思わず拍手でファンを称える。
黒に賭けたはずのファンが勝った理由──それは単純で、黒と叫びながらも賭け金を白へと置いたままだったから。
実はイカサマは床下にいる仲間が釘のようなもので自在に変更するという古典的なもの。声による指示で変更するのだが、ファンは大声で自分が何処に賭けたかを教えたのだ。それが、嘘だとは思いもよらなかっただろう
その後、ファンはザップの取り分である六千銅貨ペリ(=六千万円相当)を置き、自分は帰宅しようとする。周囲には他の客の視線もあり、胴元も彼を引き留める事が出来ずに、苦虫を噛み潰したように唇を強く噛み締めた。
ザップが、この六千銅貨ペリを手に入れることは無いだろう。それどころか、この街から無事に出られるかどうかも怪しい。
一方、ファンは流石に六千枚もの銅貨を持ち帰る訳にもいかず、全てを銀貨へと両替する。賭場を出たあと、帰宅の道すがら袋に入った六十枚もの銀貨を見てファンは笑いが込み上げてきた。
「やったーーっ!! やり遂げたぞーーっ!!」
大金を掴んだことよりも何よりも、その復讐を達成したことに喜び、自分の髪色のように澄み渡った天色の空に向かって、両手を突き上げた。