四話 夢幻世界① 全てのはじまり
十六歳を迎えるこの日が、ファンにとって分岐点であった。
彼は探索者になるべく、この日までにお金を貯めることで懸命だった。
その額、実に二百五十銅貨ペリ。
残念ながら目的の金額である五百銅貨ペリまでは届かなかったが、それでも成人前の少年にしては稼いだ方であった。
五百銅貨ペリ。奇しくも枕を購入したのと同額。探索者になる為には探索ギルドに登録しなければならないのだが、その登録料金として前払いの五百銅貨ペリが必要なのである。
探索ギルドの仕事、それは数多のダンジョンには珍しい鉱物や植物があり、魔物も普段出くわさないようなものも居る危険な場所を探ること。然るべき者が探索する為に許可を出すためのギルドである。
登録料金の五百銅貨ペリは、新人の力量を見極める最初の試練なのだ。
もちろん例外的に金持ちのボンボンなど親に用意してもらう者も居るのだが、この法外な登録料金を取るのには、ギルド側にも新人にもメリットはあった。
まず、探索ギルドの経営には欠かせない。
ギルドは依頼者から依頼を聞いて、受ける者が相応しいか見定めるのが主な仕事。もし、知り合いに優秀な探索者が居れば直接頼むだろう。それ故、ギルドは依頼を聞くだけで、依頼料金はタダなのだ。
そもそも基本的に探索者が見つけてきた物は、探索者の物。ギルドが奪う訳にはいかない。他に収入源といえば、前にダンジョンに潜り死ぬか逃げるかして落としていった武器や防具の鑑定料金、採集ギルドで扱わない魔物の貴重な部位の買い取り販売、武器防具の打ち直ししかない。
それ故登録料金は、欠かせない収入源であった。
新人にとってのメリットは、探索ギルドから優秀な武器や防具の貸し出しである。新人なのだから、武器の目利きなど出来ないし、貸し出された武器や防具の打ち直しはタダでしてくれる。新人でも五百銅貨ペリなど一年もあれば取り返せるのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「父さん、お待たせ」
二階から降りてきたファンはリビングにある椅子に座る。懐かしい場所。目の前にあるテーブルも今座っている椅子ももう残っていない。
「お前も、もう十六か。今日から大人の仲間入りなのだから、あまり母さんを怒らせるなよ」
「あらぁ、大丈夫よ。大人になっても私に怒られる人が此処にいるんですから」
母親は皮肉混じりに、そう言うと父親の方をチラリと見る。父親はコホンと小さく咳払いをした。
「あー、そう言えばファン。登録料金は、どれくらい貯まったのだ?」
「まだ半分だよ。けど、大丈夫。俺、頑張るから」
ファンの頑張るには二つの意味が含まれていた。もちろん、一つは探索ギルドに入る為に、そして入ったあとも。もう一つは、当然過去へのやり直しという復讐である。
「そうか、立派になったな……それに自分のことも“ボク”から“俺”に変更したんだな。うん、いいぞ、男らしい! よし、母さん。早速あれを用意してくれ」
「もう、お父さんたら! 朝ごはんの後でもいいのに。せっかちね」
母親が言われた物を用意する為に、一旦二階へと姿を消す。ファンには、この日の出来事は、よく覚えているため、何が用意されるかも勿論知っていた。
「ファン、受け取りなさい」
母親が手に布袋を持ち戻ってくると、その布袋を一旦父親に渡す。そして、父親は、ファンにその布袋を右から左へと手渡した。
中身は見なくてもわかっているが、一度布袋を開いてみると、中には大量の銅貨が。成人祝いとして決して裕福ではない両親が用意してくれた二百銅貨ペリ。
「そこには二百銅貨ペリ入っている。あと五十銅貨ペリ足りないが我慢してくれ」
「ありがと……う、父さん、母さ……ん。大事に大事にするよ」
ファンは思わずポロポロと涙を溢す。
折角、無理して用意してくれた、この銅貨を自分は一度失った事を思い出していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
昔、この日、ファンは合計四百五十銅貨ペリを持ち、早く残り五十銅貨ペリを稼がなければと焦っていた。
そして、とある友人と出会う。偶然出会ったと、その時のファンは思っていたが、それは違っていた。
その友人に残り五十銅貨ペリを稼ぐ仕事は無いかと尋ねたのが、キッカケであった。
友人と道すがら歩いていると、男が突然声をかけてくる。
“白黒”着けないか、と。
白黒とは、賭け事の名称である。白が三面、黒が三面の立方体を振り出た目に賭けていれば勝ちと単純明快なもの。国公認の賭け事で賭場も開かれている。
乗り気ではなかったファンであったが、友人が自分も付き合うし、勝とうが負けようが折半しようと提案してきたのだ。
二人なら二分の一の賭け事。必ずどちらかが勝てる。ファンも、その甘言に乗せられてしまった。
そして、全てを失う。国公認、そして友人と偶然出会ったと信じていたために。
賭け事は賭け事。当然、全うな奴が全うに賭場を開く訳はない。イカサマ、そして友人と賭場がグルだと知ったのは、全てを失ってからだった。
結局、彼はお金を貯められず、両親にも黙ったまま採集ギルドに登録することとなる。そんなこと言える訳がないと後悔するも、更に両親を失うこととなり、後悔は激しさを増した。
「じゃあ、父さん、母さん。行ってきます」
ファンは意気揚々と家を出る。そして昔と同じように探索ギルドに向かって歩いていると、正面から百九十はあろうか背が高くヒョロっとした細身の男が彼の近くへと寄って来た。
ファンを見下ろす細身の男こそ、ファンを騙した友人、その人であった。
ファンが、この男を出し抜いて仕返しをしようと企んでいることなどとは、この男には知る由もなかった。