二十二話 夢幻世界④ ダンステン洞窟(未攻略)
リンネからダンステン洞窟への道筋の描いた地図を受け取ると、ファン達は出発するかと入り口の扉に手をかけた。
「あ、先にどうぞ」
偶然、バルスとかち合う。先を譲ってやるとバルスは、その強面らしからぬ白い歯を見せながら「ありがとう」と礼を言って、仲間と先にギルドを出ていった。
「悪い奴ではなさそうだな」
ルクスは、粗暴な見た目に反して礼儀正しかったのが好印象だったらしく感心していた。
「そうかい? わっちは、裏の顔があると踏んだがね」
「今のでどうしてわかる? 我はずっと男社会の中にいたからわかるのだが、普段、粗野な態度であっても時と場合によってはだな、ああやって礼儀正しい者も──」
「いっちゃ悪いがね。わっちも男はそれなりに見てきたさね。言葉や態度で礼儀正しくとも、いざというときは裏の顔を覗かせるもんさ。あの手の雰囲気は平気で嘘が吐ける種類さね」
「雰囲気? 雰囲気とはまた、随分と曖昧だな。どうやら君は男を見てきたというが、男の巡り合わせが悪かったようだね」
「おいおい! 二人ともいい加減にしろよ」
ムッとしたルクスとカチンと頭にきてセリは、今にも取っ組み合いでもしそうな勢いで、慌ててファンが止めに入った。
「後ろ見ろよ。みんな困っている」
ギルドの出入口で言い争っていた為に、ファン達の後ろには出たくても出れない人達で列を作っていた。
「あ、いや、済まない」
「おや、悪かったね。これは」
二人は背後に並んだ人達に謝り、ようやくギルドを出るのであった。
「全く……二人とも仲良くしてくれよ」
ファンはリンネから貰ったダンステン洞窟への地図を開く。一度、現実の方で行っていはいるので、場所はわかるが、知らないフリをしながら地図で場所を確認する。
「方角は、ゴルゴダの街の西か。距離はそこそこあるけど歩いて行けない距離じゃないな」
「ちょっと待て。歩く? ひ……じゃなかったアミラを歩かせる気か? 定期馬車は出ていないのか」
定期馬車とは、所謂相乗り馬車で一定の時間に往来するバスのようなものである。
「ルクスの言うこともわかるけど、多分出てないぞ? 街と街を繋ぐのなら兎も角、ダンステン洞窟には行かないと思う」
「それでは、途中で降りるというのはどうだ!? その……アミラの足では日が暮れてしまうし……」
「ルクス、あたしなら大丈夫よ」
そう言うとアミラはファンのズボンを掴む。
「おい」
クライマーの如く、アミラはファンの服を破るのかと思うくらいに力を込めてファンの体をよじ登っていく。
「おおい!」
アミラの体重で腰を曲げた態勢のファンの肩に足を乗せ始めた。
「出発!」
「出発じゃねえよ! このまま肩車で運ばせる気か!?」
確かにアミラの体重は思っていた以上に軽く、バイトや採集ギルドで働いていたこともありファンも肩に担ぐことには慣れている。それでも、ほぼ半日近くは、相当な負担である。
「アミラ、降りなんし」
「いや!」
「いててててて……こら、髪の毛引っ張るな!」
降ろそうとするセリがアミラの体を掴むが、アミラはアミラで引き離されまいとファンの髪を掴む。ファンの毛根がお亡くなりそうな勢いなのを見て、セリは慌てて手を離した。
危うく現実に戻ると禿げまでお持ち帰りになるのは洒落にならないと、ファンは安堵する。
「ったく……少しの間だけだぞ。自分の足でもちゃんと歩けよ。これから何度も行くことになるのだから」
「あ……そうね。そうかぁ……うん、自分で歩くわ」
アミラはそう言うとファンから跳ぶように降りて、先頭を歩き出す。
「すまないな、ファン。本来我が説得するべきなのだろうが」
「構わないよ。あの年頃にしては、アミラは随分と賢いから話せば分かってくれるから」
「ファンは甘いねぇ。あれは賢いっていうより聡いのさ。ま、それだけ過酷な経験でも味わって来たのだろうよ」
隣に並び歩くセリは買って貰った煙管を取り出し火種を付けると、ふーっと、ファン達に煙がかからないように吹き出し、アミラは「早く」と言って、ルクスの手を取り引っ張ていく。ファンはそんな皆を見て思わず目を細めるのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
やはり四、五歳の子供に長い道中は大変だったようで、ルクスとファンが交代でアミラを背負ったり肩車をしたりと支える。
「どうして、セリには乗ろうとしないんだ?」
肩車をしながらアミラに尋ねると、アミラはファンの頭に肘をつきながら少し考えると「んー、女の勘?」とだけ。
ファンは思わず苦笑いを浮かべる。以前、セリにアミラをどう思うか聞いた時と全く同じ答えであったことに。
「本当は気が合うのだと思うのだけど」
小声で呟くファンが隣のセリを見ると、此方に気付きニッコリと微笑む。さらにセリはアミラと目が合ったようで、すぐにプイッと顔を背けてしまった。
ダンステン洞窟へと辿り着いた一行。すっかり遅くなり、日は完全に落ちていた。入り口には、あの地図を配っていた男は居らず、ここがまだ未攻略のダンジョンであることを示していた。
「さて、どうするのさファン。外で休憩するか、それとも中に入るか決めておくれ」
ファンは知っている。中に入っていけば休憩出来そうな広い場所があることを。しかし、それを言う訳にはいかない。
ファンは夜目を利かしながら、辺りを見渡すが何処も見晴らしが良すぎて、人目につきやすく野営には向きそうにない。
「中に入ろう。外だと盗賊とかも出る可能性があるし、魔物も。中なら、魔物は居るだろうけど、他にもゴルゴダの街からの探索者も大勢来ているだろうしな」
「中に入るなら、あたしに任せて“でぃらいと”」
ファン達の体が光を帯びる。
アミラは昔からこの魔法を使えたのだと、ひそかにファンは感心していた。
「魔法か!? 凄いなアミラは!」
「良く魔法だって分かったな、ファン。とは言ってもアミラの使える神光魔法は、これ一つだ。探索者になるなら、きっと必要になるだろうと……」
「神光魔法?」
「なんだ、知っている訳ではないのだな。神光魔法は、主に補助や回復といったものだ。魔法自体誰でも使える訳ではないが、キミもギルドで貰っただろう? “ロール”。あれの中身の大半は神光魔法だ。攻撃系の魔法は別名“人成らざる魔法”と呼ばれていて、人は使えないからな。“ロール”やアミュレットの中にはあるみたいだが、かなり貴重だ」
ルクスに教えて貰ったファンは、忘れないようにメモを取る。自らが光るので暗い夜でも手元は明るい。そして、書いたメモをバックラーへ挟むと、ファン達は、ダンステン洞窟へと入っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
流石に入り口辺りに魔物の気配はない。幾度となく探索者が出入りしているのだから、当然と言えば当然か。
ファン達は、隊列を組んで進む。
先頭はファン。バックラーという強力なカウンターの防具があるので自ら先頭を買って出た。
二番手はアミラ。隊列自体アミラを守ることを中心に考えており、ファンが相手を押さえている間に後ろの二人のどちらかがアミラを保護するということで、二番手となった。
三番手はセリ。ボーガンを構えて進むセリ。先頭が二人居ることで前は特に明るく、一番早くに魔物等を見つけやすい。ボーガンなら先手も取れるし、そのあとアミラを連れて下がることも出来る。
殿はルクス。メンバーの中で一番腕の立ちそうなルクスを最後尾につけたのは、背後からの奇襲と全体が良く見えることが役目であった。
もうすぐ、あの広い場所に出れることが出来ると知っているファンは、気を緩みかけた。
目の前に現れた二頭の狼の風体の魔物が現れるまでは。




