二十一話 夢幻世界④ 煙管
まだ朝は早いと言うのに街中は活気の溢れていた。
そんな中、人通りを抜けるように、ファンとセリは並んでギルドへと向かって歩いていた。
ギルドでは現実の時のように、既にルクスとアミラが待っていることだろう。それでも決して急ぐことなく、二人の時間を楽しむように仲良く悠然と歩むのであった。
隣に歩くセリの姿を見てギルドに登録しにいった時のことを思い出したファンは、少し以前との違和感を覚える。何か物足りない、そんな気がした。
「そうか、煙管か」
ファンはセリが煙管を咥えていないことを不自然だと感じたのだ。
急に足を止めたファンは辺りをキョロキョロと伺うと、何かを見つけてセリの腕を取り、走り出す。
「いらっしゃい」
「どれでも好きなの選んで」
ファンは中年の男性店員の声を無視してセリを煙管の並んだ棚の前へと連れていく。それほど煙管の種類は無いが、どれも豪華な装飾が施されていた。
「わっちは、ファンが選んでくれると嬉しいさね」
「そ、そう? それじゃあ……これとかは?」
それは、並んだ煙管の中でも一番地味なものであった。装飾は施されておらず、彫りにより赤い花が彩られている。ただ、ファンはその煙管のベースの色が気に入ったようであった。
「ほら、俺もセリも同じような髪色だろ? この煙管もそうだしさ」
確かにファンの澄んだ青空のような天色の髪とセリの空色の髪、煙管はそれと変わらぬ澄んだ青い色をしていた。
「そうだね。そう言われるとわっちも嬉しくなるよ。それでいい、ううん、それがいい」
「じゃあ、決まり!」
特に値段を見ることなく、ファンはいそいそと会計をしに行く。
「いやあ、坊っちゃん。いい買い物したね。これはかの名工──」
「いや、ウンチクは要らないから早く会計してくれ。それに俺は成人している」
少しムッとした男性店員は仏頂面に変わり「六十五銅貨ペリ(=六万五千円相当)」とだけ言って右手を差し出す。もしかしたら、店員は腹を立て吹っ掛けたつもりなのかもしれない。けれどもファンは特に気にする様子もなく、銀貨一枚を手渡した。
「早くお釣りと商品」
店員はアッサリと銀貨を出された為、宛が外れたのか呆然としていたがファンに急かされて慌ててお釣りを用意する。
「商品と……お釣りの七十銅貨ペリです」
「あれ? お釣り多くないか?」
「へっへっへ。旦那、割引させてもらいました。またご贔屓に」
手揉みをしながら、薄ら笑いを浮かべる店員。もしかしたら本来の値段は三十銅貨ペリなのかもしれないが、ファンは疑問を抱かくこともなく、早くセリの元へと急ぐのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
街の中で大きく白い煙を吐くセリ。少し甘ったるい匂いが漂う。背筋を伸ばして凛とした姿にファンは見とれていた。
ギルド前にはルクスとルクスの陰に隠れているアミラの姿があったが、ファンは到着してもセリの姿をずっと見ていた。
「おはよう、ファン、セリ……って、ファンはどうしたのだ?」
「ははは。気にする必要はないさね。さ、取り敢えず中に入って今後の事を決めようさね」
ギルドの扉を開いて中に入っていく二人のあとをアミラとファンが入っていく。デレッとしたファンの顔を見て苛立ったのか、アミラは脛を思いっきり蹴り上げた。
「痛ええっ!!」
我に返ったファンが脛を擦りながら、辺りをキョロキョロと見渡す。何故急に脛を痛めたのか、ファンは首を傾げながらアミラのあとにギルドへ入っていった。
「あれ? みんなは?」
ギルド内は、人で溢れており、人の隙間から一番奥のテーブルにいるセリが手招きしているのが見えた。テーブルにはファン達の担当であるリンネを中心に座っており、ファンはヒョコヒョコと足を引きずりながら向かった。
「どうしたのさ、その足?」
「うーん……よく分からん」
痛みの原因であるアミラはどこ吹く風と、顔を背けていた。
「揃いましたね。では、此方から提案させて頂きます。まずは、近くのダンステン洞窟の攻略から始めてはいかがでしょうか?」
もちろん、近場であればあるほど新人にとってはありがたい。新人に配られるリスタートのロールを狙う新人狩りにも遭いにくい。ファンも、それ自体に問題は無かった。
「ちょっと聞きたいのだけど」
「なんですか?」
「ほら、此方と逆にいる男三人組居るじゃないか? 彼らは?」
「えーと、ああ、バルスさん所のですね。彼らがどうかしましたか?」
「いやぁ、体つきも良さそうだし、ベテランそうだから、どういう人達かなぁって」
下手くそな言い訳をかまし、笑って誤魔化そうとするファン。そんな態度になれば皆は当然不思議がる。
「確かに、ベテランとも言えなくもないですが。見た目に反して悪い人ではありませんよ。それと、ここだけの話、わたしの見込みでは攻略はちょっと……」
囁くような声で話すリンネからバルスの情報を聞き出したファンは、首を少し傾げた。
現実ではダンステン洞窟を攻略した者、そして殺人などで手配され行方不明の者、それがバルスである。
しかし、ギルドで仲間と談笑するバルスは、ファンから見ても悪い奴では無さそうであった。
「どうなっているんだ……」
リンネの話しは続いていたが、ファンはバルスが気になり、話半分でしか聞いていない。
「それでは、リーダーはファン・セリュウス様で宜しいですね?」
「……は?」
突然のリーダー指名に痛めかねないほどの勢いで首を捻り、皆を見る。ルクスはニヤリと笑みを見せ、アミラは明後日の方向を向いている。セリだけは「しっかりやりなし」と肩を叩いて励ます。
「えー、俺がリーダーで大丈夫かよ」
「それ、自分で言うのだな」
今まで細々と一人で採集をしながら生活をしてきた自分にリーダーなど務まる自信などない。しかし、周りの空気が余儀なくさせていた。
「もう、わかったよ! 俺がやればいいんだろ!」
半ばなげやりな気持ちでファンはリーダーを引き受けた。
「大丈夫さね。わっちも、ルクスもアミラも居るのだから。ファンは、いざというときに頼むよ」
「それって、何かあったら、全部俺の責任ってことじゃないよね?」
質問に答えず、セリはゆっくりと視線を逸らすのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それでは、ダンステン洞窟に潜るということで。勝手に行って潜るのは禁止されていますから、面倒ですがギルドでその都度、こちらと同じ報告書を記入しにきてくたざいね。それでは、わたしはダンステン洞窟までの地図を用意してきます」
リンネが席を外すと、目の前に差し出された報告書をスッと隣のルクスの前へと移した。
「おい、リーダー?」
「悪い。文字も書けるし読めもするけど、小難しいことは学が無いからな。ルクスなら大丈夫だろ?」
「まぁ、構わないが。学校には行かなかったのか?」
「行ってねぇよ。こちとら登録料金稼ぐ為に働き詰めだったからな。そんな暇はないよ。裕福じゃないし、ウチ」
「そう……なのか? 済まない、我は誰しもが学校に行くものばかりだと……」
このゴルゴダの街の子供の中にも学校に通う者は確かにいる。けれども、それは裕福な家庭の更にその一部程度。傭兵というより騎士と呼ぶ方が近い姿のルクス、そして、どことなく気品溢れるアミラも、その一部の人達なのだろうとファンは見ていた。
「それで、再確認だけど、本当に攻略だけが目的なのか? それも何年もかかってでも」
「何年……て。まぁ、早いに越したことはないがな。この子の為にも……」
ルクスはそう言うとアミラの頭に手を乗せた。やはり、何か事情があるのではとファンだけでなく、セリも考えたが、それ以上は追及することはなかった。
「じゃあ、アミラは絶対守ってやらないとな」
「ああ。いい子なんだよ。ちょっと口は悪いがな」
「はは、確かにちょっと口は悪いな」
ファンもルクスに倣ってアミラの頭に手を乗せようとするが、あからさまに嫌な顔をしてアミラは、その手をはね除けた。
「気安く触らないでよ、バカファン!!」
間違いなく、アミラの口は悪かった。




