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二十話 夢幻世界④ 記憶の欠如

 目を覚ましたファンは、見覚えのある天井の木目が目に入り、ここは自室なのだと気づく。


 現実(向こう)での記憶を思いだそうとするが、頭のなかに一部(もや)みたいなものがかかりハッキリとしない部分があり、ファンは最初から思い返していく。


「あれ? 俺はダンステン洞窟に入って……それから、剣の修行をして、地図を覚えて……どうして夢の中に入ったんだ? あの枕なんて持って行ってはないのに……」


 枕が自分のリュックに勝手に入っていた、その部分の記憶の一部がファンの中から失われていた。どれだけ思い返しても地図を覚え終えた辺りから先が思い出せないと、急に不安に襲われる。


「ん……ファン? なんだい、起きてたのかい?」


 隣で目を覚ましたセリは体を起こし、不安気なファンの顔を見ると、何も言わずに首に腕を回して自分に向けさせる。そして、ゆっくりと顔を近づけ唇を重ねた。


 少しだけ開いたファンの唇が無理矢理こじ開けられる。


 静かな部屋には、互いを求め合うかのように唾液をねぶる音だけが聴こえていた。


「はぁ……、どうだい? 少しは元気になったかい?」


 互いの唇は離れるも、細く銀色の糸の架け橋が出来ていた。不安な顔をしていたからか、セリは慰めてくれていたようであった。


「セリ!!」


 そんな心中も知らず、我慢しきれなくなったファンはセリを押し倒すと、胸に手を這わせ顔を近づけていく。しかし、互いの唇の間には、人差し指が挟み込まれて、届かなかった。


「ダーメ。ルクスとアミラが待っているさね。それに……わっちも止まらなくなっちまう……」


 頬を赤らめ(うぶ)な乙女のように恥じらうセリの姿に、ファンが一瞬見惚れる。その隙に、セリは、するりと覆い被さる体から上手いこと抜け出てしまった。


 ガックリとベッドの上で項垂れるファンを放って、セリは着替えを始めた。


 雪のようにすべすべした白い肌をした背中、下着を履き、太ももに革製のベルトを装着する際に屈むので、此方にお尻を突き出す形になる。着替えの一挙手一投足を見逃すまいと、ファンは落ち込みながらも横目でしっかりと見ていた。


「何してるのさ、ファンも着替え──ふぅ……仕方ないね」


 下着に革製のベルトのみという格好のままセリはファンをベッドへと座らせて、自らはファンの前に膝立ちで床に座る。


「ダンジョンに潜ると暫くはお預けになるからね。ルクスやアミラのいる前で襲われたくはないし……ちょっとだけさね」


 セリはファンの足の間に体を入れ、ファンの手を取り自らの胸に触らせると、ファンの下腹部に生暖かい息が触れた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「これで、満足したかい?」


 ゴクリとわざとらしく喉を鳴らして飲み込む。ベッドの上で大の字になり力を失ったファンは返事するのも気だるくも、何かから解放された気分に浸っていた。


「それじゃ、わっちはお義母様を手伝いに行くからね。ファンも着替えて降りてきな」


 想像以上だったと天井を呆けて見ていたが、流石にこれ以上遅れる訳にはいかないと着替えを始める。


 ショートソードを腰に携え、胸当てをを着け、最後にバックラーを手に取り、内側に付いてあるオーブを思うところがあり眺めていた。


「このバックラーに付いたアナザーオーブの“シールドバッシュ”。これが俺にとって今は探索者としての生命線だな」


 ファンはルクスとの剣の修行を思い返すように、部屋で繰り返し教えてもらった構えを取る。


「バックラーを相手に常に向け、ショートソードは両手で持つ……か。忘れないようにしないとな」


 今朝起きた時、一部の記憶が思い出せないことをファンは気にしていた。


「……待てよ」


 何かを思いついたのか部屋の中を漁り始める。タンスの引き出しの中から取り出した紙とペンをテーブルに置くと、ファンは何かを書き始めた。


「銀貨は、こっちで使った分も向こうで使った分も減っていた。それならば、現実(未来)の俺と手紙でやり取り出来るのではないだろうか? 『剣の修行を初めて行った日、地図を覚えた直後が思い出せない』と」


 出来れば人目に付かず、かつ、自分だけ気づく方がいい。なるべく普段から身に着けているものがいいのではと部屋を見渡す。


「あ、ここなら」


 装備している限り、自分の目に飛び込んで来る。ファンはバックラーの腕輪と盾との境目の隙間にメモ紙を隠した。


「それじゃ、荷物を確認して降りるかな」


 ベッドの脇に置かれたリュックを手に取り、忘れ物はないかと確認し始めた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 荷物の入ったリュックを背負ったまま、ファンは部屋を出たあと扉の前でボーッと立っていた。


「ファン、何を突っ立っているさね。朝ごはん出来たよ」

「あ、ああ……」


 ファンを呼びにきたセリは、部屋の扉の前で立っていた彼に声をかけるものの、気のない返事だけが返ってくるのみ。


「しっかりしなんし! 荷物確認したなら降りて来な、お義父様達が待ってるよ」

「荷物?」


 ようやく意識がハッキリしたのか、ファンは自分がいつの間にかリュックを背負っているのに気づく。


「あれ? いつの間に……。まぁ、いいか」


 ファンは首を傾げながら階段をセリに続いて降りていく。武器を携え、荷物を背負う探索者ファッションに、父親も母親も感嘆する。


「ほぉ……」

「まぁ……」


 息子の凛々しい姿に感動したようで、母親なんかはうっすらと涙を浮かべていた。


「母さん、泣くなよ。これからなんだから」

「だって……うぅ……」


 母親がハンカチを出して涙を拭く。セリは、そんな母親の肩を抱いて椅子へ座らせてやった。


「ほら、母さん。息子の晴れの日なんだから泣くのはよしなさい」


 注意する父親であったが、その目尻には微かに涙が見えた。


 ファンも席に着くと朝食が始まる。両親は度々ファンには忘れ物はないかとか、セリに迷惑かけるなとか注意ばかりだが、セリには、ファンの面倒を頼むとか、尻を叩いてやってくれだとか、既に二人の関係を見抜いたかのような言葉ばかりかけていた。


 朝食を終え、片付けようとするセリを母親は止め出発を促す。


「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうさね」


 一緒に買い物してからすっかり敬語が取れたセリは、ファンの荷物に比べて重そうなリュックを背負おうとする。


「随分重そうだな、何が入っているんだ?」

「色々さ。食器類が一番かさ張るからね」

「それなら、俺の方に入れればいいよ。まだ、余裕あるから」


 ファンはリュックを床に置き口を開く。


「ん? なんだこれ?」


 食器類を詰めようとリュックの中のスペースを開けていたファンは、奥から白く一番大きな荷物を取り出した。


「なんで、枕なんか入れてるのさ!」

「い、いや……あれぇ~?」


 枕を入れた身に覚えはなく、ファンも戸惑う。しかし、代わりにこれで大きくスペースが空くと何気なしに枕をリビングの椅子の上へと置いた。そして、空いたスペースには食器類だけでなく、セリの分の毛布までも詰め込んだ。


「それじゃ、父さん、母さん。いってきます」


 準備を終えて両親に見送られながらセリと並んでファンは家を出てると、ルクス達の待つギルドへと向かった。


 家のリビングのファンの椅子の上、そこに枕の姿は無かった──。

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