十九話 現実世界④ 剣術修行
ルクスに連行されたファンは「構えろ」と言われて、ショートソードの柄を両手で持ち両足を肩まで開き地面を踏みしめる。
「ゆくぞ!」
ルクスは重量がかなりありそうな剣を軽々腰から抜くなりファンへと襲いかかっていく。ガキンと重低音がダンジョン内で響き、辛うじてショートソードで受け止めるも、ジリジリと押し込まれつつあった。
「ぐぐ……っ、な、なんて力だ」
「どうした? 次ゆくぞ!」
ルクスに押される形でファンは後方へ下がるが、ショートソードを持っていた両手の内の左手が離れてしまい、大きくバランスを崩す。
「これで、終わりか!?」
再び剣を振り降ろしてくるルクス。受け止めようにもショートソードを持った右手は、自らの頭上にあり間に合わない。
「く、くそっ!」
偶然の反応であった。ファンは目をつぶり左腕で顔を隠す仕草を見せる。単に人間が持つ咄嗟の防衛反応に過ぎなかったが、これで助かる。
ルクスの一撃は、再びガキンと音がダンジョンに響き防がれた。
ファンの左腕にはバックラーが装着されており、ファン自身、その事を失念していたのだ。
「こ、これは」
探索ギルドで受付のリンネから教わった事を思い出す。地面を踏みしめファンが押し返そうと意思を見せるとバックラーの内側のオーブが赤く光る。
「はあああっ!!」
押し込むつもりだったファンに押さ返されてルクスは、岩場という足場の悪さもあり足がもつれて体が泳いでしまった。
チャンスと見たファンは、踏ん張った足で地面を蹴り、一気に詰め寄せ頭上にあったショートソードをそのまま片手で振るう。
「甘い!」
負けじとルクスは自らの剣の柄の先端とファンのショートソードの柄の先端を当てたことによって攻撃を防ぐとともに、ファンの右手からはショートソードがすっぽ抜けるという芸当を見せる。
「ま、参った……」
そのままルクスは剣の刃をファンの首筋ギリギリに迫ると、ニヤリと笑みを浮かべた。
「どうした、ファン!? 昔に戻ったみたいだぞ。握りが甘い、踏み込みも弱い、バックラーで防げたが、あれは偶然だろう?」
「面目ない……」
そう言われても仕方のないこと。
ファンにとって修行とはいえ、初の実戦。鍛えてあるのは、採集ギルドやギルドに入る前の土木で培った多少の腕力と足腰くらい。剣の練度など皆無であった。
「全く……。いいか、基本からやり直すぞ。ファンの持つショートソードは軽く扱い易いが、その分一撃も軽い。だから基本は両手持ちになる。片手で扱うのは剣自身での捌きが上手くなればの話だ。ほら……剣を拾って構えて」
ファンがショートソードを拾い言われた通りに両手で持つと、ルクスは背後に回り込み、背中越しにファンの腕を掴んで手取り足取り正しい構えにさせる。
「そう……バックラーは常に前に。視界の邪魔にならないようにな。腰は必要以上に落とす必要はない。一対一ならともかく、ダンジョンでは複数を相手にすることもある。常に自分のいる場所で円を描くように動くのだ」
時折、ルクスの髪からはいい匂いがしてファンは鼻をヒクヒクと動かす。十二年経ち若き女騎士から熟練の女剣士となったものの、体を密着させられると、やっぱり女性なのだと意識してしまう。
「どうかしたのか?」
「な、何でもない!」
露出の多いルクスの衣装の胸元に、思わず視線を逸らさずにはいられないファンであった。
修行は熱を帯びてくる。最初は正面からのルクスの攻撃をバックラーで一つ一つ受け止める練習。それが済むとルクスはファンを中心に円を描きながら動き回り、攻撃する。ファンはそれをその場で体を回転させながらバックラーで防ぐ。
兎にも角にも、ファンの場合はバックラーで相手の攻撃を止めてからが勝負になる。どんな状況でもバックラーで受け止めれなけれるのが理想であった。
「これで、最後だ!!」
ファンの背後に回ったルクスの一撃を体を捻り、頭上でバックラーにより受け止める。しかし、ファンの左腕に手応えが殆んどないほど軽く一瞬気が緩む。そこに、左側から何かぶつかった衝撃で体は吹き飛ばされた。
地面を転がったファンが上半身を起こして見たのは、ニヤリと笑うルクスのみ。
「一体何を?」
「うん? いや、ファンが余りにも余裕があるように見えたのでな。剣でバックラーを受け流してファンの左側に移動して体当たりしただけだ」
「ええーっ!? ズルいぞ、ルクス。剣の修行だろ?」
したり顔のルクスに、ファンはぶーぶーと口を尖らせ不満を露にする。ルクスは、剣を鞘に納めて地面に座っているファンに艶かしく腰を振りながら、近づくと「これも剣だ」とファンの額を指で軽く押すのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
修行を終えて戻ってきたファンを調理をしながら見たセリは、首を傾げる。
「ファン、どうしてそんなに顔が真っ赤なんだい?」
「え!? そ、そうかな。何でもないよ、何でもない」
ファンは慌てて額を自らの手で隠す。先ほどルクスに指で押された辺りを。不覚にもドキリとして顔が熱くなったとは言えなかった。
「まぁ、いいさね。ほら、ご飯食べな」
セリは食器に汁物を移すとファンへ差し出す。雨で冷えた体には暖かいスープはありがたかった。
野菜と干し肉の入ったスープを食べ終えたファンはシートの上にごろんと横になる。片付けを手伝うと申し出たのだが、セリとアミラから断られたからだった。
ダンジョンの地図の紙の束を寝転びながら見始める。ファンの体が光っているので、暗いダンジョンでも明るく、手元もよく見えた。
どうやらダンステン洞窟は、五枚の地図から五階層に別れているようであった。
現在地から地図を頼りに最短距離を目で追っていくと、意外にファンはすぐに道筋を覚える。これもファン自身気づいていない採集ギルドで培った経験による能力であった。
空間把握。
基本単独で行動する採集は、何処に何があるのか頭の中に入ってある。そうでなければ、いちいち探さなくてはならないし、森の奥へ入っていくと迷子になりかねない。経験上、自分が今どの位置にいるのかを把握しなければならなかった。
ファンは地図を見ながら、何処をどっちに進むのか頭の中で自分を想定して最短距離を進み覚えていったのだった。
「なぁ、このバツ印が、いわゆる終着点なんだろ? ここに何があって、どうやったら攻略ってなるんだ?」
隣で剣の手入れを行っていたルクスに目を向けるが、ルクスは首を横に振るだけ。
「ダンジョンの主を倒せばいいとか、お宝を手に入れれば攻略だとかの話は聞くが詳しくは知らないな。ちょっと聞いてくるか」
ルクスは他に休んでいる探索者に聞くために暗闇の中へと消えていく。ルクス自身にかかった魔法のお陰で、姿は見えなくとも明かりで何処に居るのかは分かり、万一に備えてファンは目で。その明かりを追って行く。
しばらくすると何事もなかったようだが、何度となく首を捻りながら戻ってきた。
「何かわかった?」
「あー、それがなぁ……」
随分とルクスの歯切れが悪い。寝転んでいたファンは上半身を起こすと、じっくり話を聞く為に、体勢を整えた。
「どうも、ハッキリしないのだ。人によってはやはり主がいるとか、宝を手に入れればとか、主を倒せば宝が手に入るだとか……。どれもこれも、噂の域を出ない。しかも、ダンステン洞窟の攻略した者も今となっては聞きようがないしな」
「えっ、死んだの? ここを攻略した奴」
「いや。そう言えば今日、出発する前、ファンはギルド内の手配書を見ていたよな?」
受付をルクスに任せた時の話だ。確かにファンは見覚えのある男の手配書を念入りに見ていた。
「そこに、鼻から頬にかけて傷痕のある男を覚えていないか?」
「ええっ!? 覚えている。確か名前は……バルス!」
「そうだ。約十年ほど前に攻略したのが、バルスという男なのだが。現在は行方不明なんだ」
意外な所で出てきた男の名前。死刑間違いなしの罪を犯して逃亡したのだろうが、確かにこれでは話を聞くどころではない。
「自分で行くしかないか……」
「うん、なんのことだ? ファン」
「いやいや、何でもない。こっちの話だ」
地図は覚えた。あとは夢の中で自ら確かめるしかないとファンは思ったのだが、思わず口に出してしまっていた。
「すぐには無理か。枕も無いし……」
「ファン!! ちょっと!!」
片付けを終えて荷物の整理をしていたセリに呼ばれ、もう少し考え事のしたいファンは渋々立ち上がりセリの元へ向かう。
「ファン、何で枕なんて持ってきているのさ? 荷物になるだろう?」
「へっ?」
セリはファンのリュックの奥から取り出した枕をファンに見せつける。入れた覚えはない。しかし、自分のリュックにあるということは、入れたのは自分ということになる。
頭の中に幾つものクエスチョンを浮かべたファンは枕をセリから受け取ると、一つ大きな欠伸をする。突然、何も考えられなくなるほど睡魔が襲う。
「えっ? えっ? ちょっと、ファン!! きゃああああ!!」
同じように荷物を整理していたアミラは、突然自分の方に倒れてくるファンに驚き、咄嗟に避ける。
ファンが倒れ、アミラの荷物がリュックから放り出されてしまうが、そのままファンは起きることなく眠りについていた。




