十五話 夢幻世界③ ルクスとアミラ
ファンとセリは、それぞれ装備一式を手に入れてギルド本館へと戻って来た。
「お疲れ様でした。概ね手続き等は終わりです。最後に一つお渡しするものが」
リンネは、そう言うとポケットから四つ折りにされた紙をファンの目の前のテーブルへと置いた。
「これは?」
「これは『ロール』です。お二人はご存知ですか?」
ファンとセリは首を横に振ると、リンネは大事なことだから良く覚えていてくれと前置きして説明を始めた。
「『ロール』を簡単に説明しますと誰でも扱える『魔術』です。紙を四つ折りに畳んでいるのは、開くと発動するため。そして、この『ロール』には『リスタート』の魔術が施されております。新人に必ずお渡しするもので、万一危険に陥った場合、ダンジョンの入り口まで戻してくれます。一枚で四人までですが」
魔術など使った事がないファンは、早く試してみたいとワクワクして胸を踊らせテンションが上がってくる。
「それと、ここからが重要なのですが、大変貴重なもので一人一枚しかお渡し出来ません。故に起こるのが新人の持つ『ロール』を狙った新人狩りです」
また浮かれそうになっていたファンを見抜きリンネは、ぐっと顔を近づけて注意を促す。
「新人狩りとは、随分と物騒だねぇ」
「もちろんギルドとしては容認出来ません。ですが、少なからずいるのです、そういう輩が。一度きりしかギルドとしてはお渡し出来ない為に起こることなのでどうにかしたいのですが」
ファンはギルド内をぐるりと見渡すと、中には屈強な体を持った者もいる。まだまだ体を作っていない成人したばかりの少年と色香振り撒く少女の自分達では襲われれば確実に奪われかねない。
「そう不安な顔をしないでいいですよ。新人狩りを行うのは、まず他の街から来た探索者です。理由は勿論他の人に見られれば、すぐに身バレして探索者として剥奪されるだけでなく、勿論強盗として扱われることになりますから」
新人がいきなり遠出するのは稀な話。つまり近くのダンジョンだと、このゴルゴダの街の探索者が多く居るため、顔見知りが居るかもしれないと抑止力となっている。
「『ロール』に関してはそんなところです。ああ、それと中には、途中力尽きた探索者を見つける事があるでしょう。その場合『リスタート』の『ロール』以外は、一度ギルドで確認したあと、ファン様達のものになります。それと最後にもう一つだけ、お聞きしたいのですが」
「いいよ、何でも聞いて」
「ファン様達の探索者としての目的は何でしょう?」
リンネの質問にファンは少し考えを巡らす。勿論、ダンジョンを攻略して莫大な財産と名誉を手に入れたいと思うし、それを夢見ない探索者は居ない。しかし、ファンにとってそれ以外な物も確かにあった。
「言葉にすると難しいけど、やり甲斐かなぁ。まだ見たことのない物を見れるというか……その結果、お金が入るのは吝かではないけど」
「なるほど。セリ様はどうでしょう?」
「わっちかい? わっちはお金にも興味ないねぇ。ただファンを助けたいだけさ」
ファンはセリのその献身的な言葉に感動し、思わず抱きつこうとするが、椅子をズラして簡単に躱されてしまった。
「はいはい。そういうのは、また夜にね」
窘めるように、ファンのおでこを指で突く。
「そう……ですか。少しお待ちください」
リンネは立ち上がるとファン達の元を離れていく。しばらく待っているとリンネは「お待たせしました」と二人の人間を引き連れて戻って来た。
「紹介します。こちらはファン様、セリ様。こちらの女性はルクス様、そしてこの少女はアミラ様です」
ルクスと呼ばれた女性は肩まで伸ばした赤髪で、肩から胸にかけて覆われた鎧に籠手、そしてすね当てをしており、腰には大層立派な剣をぶら下げている。騎士から探索者になった、そう思われた。
問題はもう一人の方。アミラと呼ばれた少女はあまりにも幼く、まだ少女と呼ぶにも抵抗がある。母子、もしくは年の離れた姉妹とも見えたが、こちらはルクスと違い、銀色の髪とこの世界でも珍しい髪色をしており、何よりその表情には子供特有の明るさが全く見受けられず、暗く無表情をしていた。
「この二人は?」
「はい、お二人共新人の探索者です。そこで提案なのですが二組でパーティーを組まれたら如何かと。それぞれ利もありますし」
「リンネ殿待ってください。見たところ、この二人素人。我々の利とはなんだ!?」
少し馬鹿にされたようでムッとするファン。リンネは間に割って入り、一旦、二組とも椅子に座るように促す。
「まずは、ルクス様達の利についてです。まずファン様は見ての通り少女に興味がありません。セリ様がいらっしゃいますしルクス様を襲う、などと言うことはないでしょう。これがまず一つ、ルクス様が提示した『自分達に興味のない男性』に当てはまります。そしてもう一つの提示、『探索者として将来的に才能ある者』。これは、このリンネが保証します」
「えっ! 俺って才能あるの!?」
嬉しそうなファンにリンネは乾いた笑顔を見せて、チラリとセリの方を見る。ルクスもすぐにそれを察したのか、ファンよりセリの方を凝視していた。
「そしてファン様達の利ですが、まずルクス様から剣などを学ぶことができます」
「まぁ、それくらいなら構わない」
ファンよりもルクスが先に答える。確かにその利はとても大きい、ファンにとっても願ってもない話。
「それとルクス様達の目的はダンジョン攻略です。その後のお金や名誉なども要らないそうなのです」
「あとから請求とか?」
「我々は、そんなに狭量ではない!!」
ルクスに怒鳴られて、思わずファンはその身を縮ませる。落ち着いてくださいとリンネが仲介に入るが、ルクスはフンッと鼻息荒く横を向いてしまった。
「まぁ、剣を教えて貰えるならありがたい話ではあるし……正直、最初から何も要らないと言われる方が疑うのも仕方ないだろ。だから、せめてダンジョン攻略したあと、剣を教えてもらった謝礼くらいは受け取ってくれ」
「む……確かに貴殿の言うように、言われてみればそれもそうだな。謝礼か……少額で構わないぞ」
「謝礼なのだから、金額決めるのはこっちさ」
ファンが何も考え無しで話をしているわけではなさそうだと、ルクスはファンに対して認識を少し改めたようであった。
「それでは私はここまでです。あとは四人で話し合ってみてください」
そう言うとリンネは、ギルドの奥へと引っ込む。残された四人は、テーブルを囲んで黙ったままである。気まずい中、口火を切ったのはセリであった。
「ちょいと聞きたいんだがね。その子はあんたの娘でも妹でもなさそうだが、まさか誘拐とかじゃないだろうね?」
「失礼な! 訳あって仕え──んんっ、その世話をしているのだ。その……なんというか、理由は聞かないで頂けたらありがたい」
誤魔化すように咳払いをするルクスをセリは疑惑の目で見ている。アミラとルクスを交互に見るも似ても似つかない。アミラは珍しい銀色の髪、ルクスは赤髪。血の繋がりはなさそうで、更にはアミラに元気がないことが気になっていた。
「えーっと……あんた、アミラだっけ?」
セリは視線をアミラに合わせるように腰を曲げ膝を折る。しかし、反応は薄く返事すらない。
「ふぅ……可愛くない子だよ、全く。もしかして話が出来ないのかい?」
「申し訳ない。アミラは最近ショックな事があって気落ちしているのだ。普段は明るい娘なのだが……」
「気落ちって……本当に誘拐したんじゃ──」
「……がう。違う!! ルクスは、ルクサーヌは私を助けてくれたんだ! 何も知らないのに……何も知らないのに勝手なこと言わないで!!」
アミラは急に堰を切ったように怒り始める。その剣幕や、セリが少し引いてしまうくらいだった。
「セリ。少なくとも誘拐ではなさそうだよ。ほら、彼女の胸にも新人のブローチが付いてある。つまり彼女も探索者。わざわざ五銀貨ペリを支払ってまで誘拐もくそもないだろ。それにこれだけハッキリと喋れるのだから、誘拐って線はないさ」
「言われてみれば、そうだねぇ」
ファンはセリと交代してアミラの前に座ると、頭を下げた。見た目まだ四、五歳ほどの女の子相手に。
「このお姉ちゃんがごめんね。アミラちゃんの事を心配してのことなんだ。それと、さっきルクスさんの事をルクサーヌって呼んだよね? それは──」
「済まない、ルクサーヌは本名でアミラはルクスと呼ぶから、その偽名として」
「いいよ、それ以上は。理由があるのだろ?」
アミラに代わって自分で白状するルクス。なるべく小声で周囲に聞こえにくくしており、それを察してファンは話を遮った。
「それじゃ、改めて。俺はファン・セリュウス。ファンでいいよ。ルクスさん、アミラちゃん」
「ルクスでいい。我もファンと呼ばせてもらうよ」
「ちゃん付けは止めて。アミラでいい」
「ま、ファンが決めたのなら、わっちは何も不満はないさね。わっちはセリだよ。よろしくね」
ファンとセリ、ルクスとアミラは交互に握手を交わす。ただ、アミラとセリの二人はどうも馬が合わないようで握手を交わすも、その表情はひきつっていた。




