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十三話 夢幻世界③ 探索者

 探索者とは、実にハイリスク・ハイリターンを伴う職業である。世界各地にあるダンジョンに潜り先人の残したお宝や魔物を狩り生計を立てているのだが、命を落とす危険は高く、お宝を持ち帰ったとしても所詮はダンジョンに潜るための道具に過ぎず二束三文で買い叩かれるのがオチという。


 それでも探索者を希望する者の人数が後を絶たないのは、ダンジョンを攻略すれば莫大な栄誉と名声、大金が手に入るため。各国はこぞってダンジョンの秘密を解き明かそうと躍起になっていた。


 ダンジョンを攻略した先に何があるのか、それは攻略した探索者くらいしか分からず、噂にも出て来ない事が、更に夢があると扇ぎ立てる理由となっていた。


 ファンもそんな探索者に憧れを抱く一人であった。


 攻略した先に何があるのか。噂すら立たないのは、誰もが口をつぐんでいる(・・・・・・・・)等と考えもせずに……。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 目を覚ましたファンは、すぐにここが夢の中だと気づいた。それは、隣で寝ていたセリの容姿が若かったため。体を起こして大きく伸びを一つすると、掛け布団が捲り上がる。


 隣で眠るセリの姿に驚いたファンは、慌てて布団をかけ直した。セリは一糸纏わぬ姿で寝ていたのだ。


 かけ直したのは良いものの、ファンは少し惜しい気がして生唾を飲み込む。少しだけ、少しだけならと自ら言い聞かせてセリの布団を捲ろうとすると、運悪く起きたセリと目が合う。


「んー、ファンも起きていたのか。どうしたんだい? そんな残念そうな顔をして」

「な、何でもない!」


 慌てふためくファンを余所にセリは体を起こして大きく伸びをする。当然布団は捲れ、二つの山が揺れる。セリがベッドから起き上がり、服を羽織るまで、ファンの視線はずっと釘付けになっていた。


「何をジロジロと見てんだい。昨夜、散々見ただろ」


 気恥ずかしさからファンは視線をすぐに逸らすも、その内心は悔しさで一杯であった。


 昨夜のことなど、全く覚えていないことに。


「全く……やらしいね、男ってのは。昨夜は激しかったからね。今晩までお預けだよ」


 悔しさが倍増したファンの気持ちを弄ぶかのように、下着も着けず上着を羽織っただけのセリがファンの鼻先に指を当て(たしな)めた。


 セリは母親の手伝いをしに行くとファンは一人残される。ファンは昨日父親が言っていた事を思い出していた。現実でセリが自分の妻としているのは、立派になったというより二十歳になったからだろうと。それならば一刻も早く立派にならねばと、ファンは改めて探索者になる決意を固めた。


 ファンは朝食時に探索ギルドに登録しに行くと話す。両親はファンの夢を知っているからか、反対することなかったが、セリは猛烈に反対してきた。


「探索者は危険だよ。慎ましくでいいじゃないか。そうだ、この街には採集ギルドもあるんだろ? それでいいじゃないか。採集ギルドで力を付けてからでも遅くはないよ」


 今のファンなら遠出の資金も昇格のための資金もある。とはいえ、底が知れている。それに採集ギルドに登録するわけにはいかなかった。


「セリ。残念だけど、一度ギルドに登録すると別のギルドには登録出来ないんだ」


 これが大金を手に入れても現実世界で探索ギルドに登録しなかった理由であった。


「ふむ、だったらセリさん。君もファンについて行けばどうかな? ファン、二人分、登録料金足りるだろ」

「父さん!! そんな簡単に言わないでよ!! セリに万一のことがあったらどうするんだよ!?」

「その時は、ファン。お前が守りなさい。そうだな……セリさんには、道中のファンの食事を作るってのはどうだ?」

「どうだ? って、父さん……」

「ファン! わっちはついていくよ。だって、ダンジョンに潜ると暫く帰って来ないのだろ? わっちを一人にしておくのかい?」


 セリならば、直ぐにご近所で評判になるだろう。一人にしておくと周りに悪い虫が集るかもしれない。セリに、その気がなくとも、危険な事も考えに浮かぶ。それならば一層、自分が側にいた方がいいのかもと思い始めていた。


「わかったよ、セリ。俺の負けだ。一緒に登録しに行こう」


 話が纏まると、自然と朝食を食べるペースが早まる。ファンにとっては念願の探索者。逸る気持ちが抑えられないのは致し方なかった。


「そうだわ。ファン、今日は登録だけでしょ? それなら帰って来たらセリちゃんと服を買いに行ってもいいかしら」


 母親の提案にファンも賛成であった。何せ、服らしい服をセリは持っていない。今着ているのは、娼館で着ていた物だ。外に出るにしても肩を露にして胸元から色香を振り撒くような服装で、ファンにとっても刺激が強い。


「わかったよ、なるべく早く帰ってくる」

「それでね、服を買うのに母さん、ちょーっとお金欲しいなぁなんて」

「おいおい、母さん。どさくさ紛れに自分の服も買う気か?」

「ちょっとくらいいいじゃない。わたしのやる気も上がるってもんだし」


 ファンは元々そのつもりでいたのだが、隠そうとしない母親に思わず苦笑いを浮かべる。父親は先日、ファンから渡された銀貨を突き返したのに格好がつかないと頬を膨らませていた。


 セリの分追加で合計十銀貨ペリを用意して、ファンとセリは探索ギルドに向かった。通りの真ん中を歩いて通る二人。セリは懐から出した煙管に火を着けて煙を燻らせる。


「そういえば、俺の両親の前では吸わないね、それ」

「中身は煙草ではなく香草だけど、嫌いな人がいるからね。もしかしてファンも嫌かい?」

「いや。俺は煙管を吸うセリの姿が美しいと思うし、様になっているから。両親も多分気にしないと思うよ。それに、癖なんだろ?」

「そうかねぇ。一度お義母様に聞いてみようか……って、あれ? わっち、癖だということ話したかね?」

「そ、それよりさ。癖ってのはどういうことなんだ?」


 慌てたファンはお茶を濁して誤魔化す。癖だと聞いたのは現実の方のセリの方。迂闊な事は話せないと、心に戒める。


「ファンにとって、あんまり気分の良い話じゃないかもよ?」

「それでも俺はセリの事をもっと知りたいんだ」


 フーッと煙を吐き出すと、話すためにセリは歩みを緩める。


「元々は匂い消しさね。口臭が気になる相手をすることもあるからね。わっちの前の主人がそうだったのさ。皮肉にもこの煙管はその主人に貰ったものなんだがね。な、気分のいい話じゃないだろ?」

「そうかぁ。その煙管は前の……。うん、今度新しい煙管を買いに行こう」

「そっちを気にするとは、ファンらしいよ」


 クスッと微笑んだセリは、煙管の中身を捨て煙管を懐へと戻す。


「それじゃあ、わっちは我慢するかね。ファンが新しく買ってくれるまで」


 セリは先ほどまで煙管を持っていた腕をファンの腕に絡ませて、体を密着させるのであった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「いらっしゃいませ。探索ギルドへようこそ。新規ですか? 依頼ですか?」


 赤レンガ造りの二階建ての建物。茶けた扉を開くとすぐに女性が寄って来た。腰まで伸びた赤毛の直毛の女性。白を基調にしたこの世界では珍しくレディースのスーツ姿。頭にちょこんと乗った帽子の真ん中には、探索ギルドのシンボルであるツルハシをモチーフにした飾りが付いている。


「新規で」

「新規ですか。畏まりました。わたくし、担当のリンネと申します。登録すれば貴方の担当はわたくしになるので以後お見知りおきを」


 丁寧に頭を下げたリンネは早速と各コーナーに分けられた一角へと二人を案内する。


「それでは、こちらにお名前と年齢を。それと登録料金、お二人で十銀貨ペリかかります」


 銀貨で十枚支払うと登録用紙と書かれた紙を渡され、ファンは自分の分をさっさと書き終えセリに回す。ところがセリは困った表情でファンを見ていた。


 すぐにその意図を理解したファンは、セリの代わりに名前と年齢を記入する。そう、セリは長年奴隷として扱われ文字の読み書きが殆んど出来なかったのだ。


「ファン様とセリ様ですね。それでは少し失礼します」


 建物の奥へと消えて行ったリンネ。残された二人は、建物内を見渡していた。


 探索者とおぼしき人達は、まさに老若男女。屈強な男から大丈夫か不安になる杖をついたお爺さん、鎧に身を包んだ若い女性に、その隣にはまだ少女とも呼べそうにないくらいに若い女の子と、様々であった。


「お待たせしました。登録は完了となります。お二人には此方をお渡ししますね」


 リンネから渡されたのは二つのブローチ。探索ギルドのモチーフであるツルハシに数字の十が描かれている。


「これは?」

「此方はお二人の探索者としての身分を証明するものです。そして、ランク(テンス)を表しています。ランクは一から十まであり、上がる条件などはお教え出来ません」


 二人は早速、ブローチを胸に付ける。それは、ファンの夢が一歩近づいた証明でもあった。

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