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一話 現実世界① ファン・セリュウスという男

 あの時こうしていれば、きっと素晴らしい人生を歩めたはずなのに……一度は、そんなことを考えたことはないだろうか。


 もし、夢の中で過去をやり直すことが出来たなら──、そしてそれが夢の中だけの話で終わらなかったら──。


 これは、ツイていなくても前を向き歩む男が夢の中で人生をやり直す物語──。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ポカポカ陽気な青空と比べて、正反対にどんよりとした曇天の雰囲気を身に纏った男が、街の通りの中心を喧騒の中、肩を落としながら歩いていた。


 男とすれ違う度に街の人達は振り返っては、憐れみとも取れる呆れた視線を送ってきていたが、その視線は、すぐに男が持つあるものに移ってしまう。



 何故か、その男は街中にも関わらず『枕』を持って歩いていたのだ。



 男とすれ違う度に振り返っては「どこで寝るつもりだ」「また、アイツやられたな」と、口々に囁く。


「はぁ……ツイていないなぁ」


 もはやそれは、男にとって口癖となっていた。


 街の人達は幾度もこんな光景を見ていたため、今さら声をかけることはないほど、有名な男であった。


 カモネギ、ファン──有り難くも何ともない呼び名が付いていた。


 街の人達は、決して冷たい訳ではない。この男が一晩寝れば、普段の明るい性格へと戻ることを、ほぼ十年以上見せられて来たから慣れっこなのである。


 そして、遂に『枕』を常時持ち歩くようになったのかと呆れていたのであった。




 男の名前は、ファン・セリュウス。


 当年二十八。十六で成人と見なされるこの世界においては、十分にオッサン扱いされてもおかしくない年齢である。


 背丈は、平均より小さい百六十八。両親もおらず天涯孤独な上、男やもめ。

そのせいもあるのか、晴天の澄んだ青空のような天色(あまいろ)の髪は、手櫛で無造作に掻き上げる程度の身嗜みが、モテず独身である要因の一つであった。


 兎に角、このファンという男は、ツイておらず、よく騙される事で街では有名な存在であった。


 事の始まりは、成人してすぐであった。成人するまでに貯めた金を全て賭博でスッたことから始まる。


 賭博なんて自業自得であるが、目的の金額まであと少し足りなかったことと、友人に誘われたことで、何も考えずにノコノコついていったのだが、これが友人の企みであったとは露にも思っていなかった。


 そこからは、ケチが付いたように、ひたすらツイていない。月一のペースで兎に角、人に騙される。雀の泪ほどの生活費すらも失ったり騙されたり、ファンの後ろを歩けば、小銭が稼げるとまで言われていた。


 それでも幸いと言うべきだろうか、悪党への道に進むことなく、借金もせずには済んでいたのは、古くからの街の住人にそれほど悪人が居なかったからであろう。ファンを騙す人間は、殆んど街の外から来た者達であった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 彼の仕事は、この街にある所属している採集ギルドからの依頼。所属してから十二年。本来ならベテランと呼ばれてもおかしくない。同時期に入った奴らの中には、採集ギルド内でも一、二を争う奴もいるくらいだった。


 ギルドにはランク制が用いられている。理由は、薬草や食べれる野草、一般的な鉱物と生活に欠かせないものを一定水準仕入れなければならないため実力に見合わない依頼は出さないようにしている為だ。ランク制は、それを可視化するためである。


 では、ファンのランクは何か。彼のランクは新人より一つ上の青。


 白、青、黄、緑、赤、紫、黒、銀、金という九ランクの下から二番目。


 ベテラン年数の彼が何故これ程低いかと言うと、答えは簡単。お金がないの一言。昇格するにも遠出するにもお金がかかるのだ。


 青のランクだと、遠出も許されず街近辺の採集のみ。殆んどその日暮らしの生活費のみだが、彼はそれすら失ってしまう。上がれる機会など一度足りとて無かった。


 そんな彼であったが、今日はツイていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 時間は数時間前に遡る。


 今日も彼には、ろくな依頼しか回って来なかったが、それほど落ち込んでいる様子はない。むしろ、起きてすぐにギルドへ来た為にご機嫌であった。


 彼に持ち込まれた依頼は傷薬の材料となるドミグラ草という薬草の採集。値段も一番安い。本来なら新人に回されるような依頼。それでも彼は引き受けた。


「はい、受付ました。ノルマはこの籠一杯です」


 切れ長の目をした綺麗な受付の女性は、淡々とマニュアル通りの言葉をファンに伝えると、足元に置いていた細かい目の背負籠(しょいかご)を受付の台へドンと乗せた。その間、女性は只の一度とさえファンを見ようとはしなかった。


 そんな扱いでも、ノルマをこなしさえすれば、贅沢は出来ないが、三日は暮らせるお金が手に入る。僅か五銅貨ペリ(=五千円相当)。


「今日は彼処にするかー」


 慣れた手つきで籠を背負うと、ファンはウキウキとギルドを出る。彼は満足こそしていないが、この仕事が好きであった。


 しかし、ファンが出て行ったあと、ギルドの中からはクスクスと彼を嘲笑う声がするのであった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 この街ゴルゴダの周辺は、非常に緑豊かな土地柄で近くには鉱山まであり、採集ギルドとしては最高のシチュエーションである。ドミグラ草は東西南北と何処にでも生えている。今日、ファンは南にある森に行くことに決めたのだった。


 ゴルゴダの街を日が頂点に来る前に出立したファンは、南下していく。彼がこの場所を選んだのには、あまり人が寄り付かないという理由からであった。


 寄り付かない理由は、此処に生息する蜘蛛にある。匂い蜘蛛と呼ばれる蜘蛛が張る巣。これが強烈な男性の汗に似た臭いを放つ上、非常に見えずらい。体にくっ付いてしまうものなら、三日三晩は臭いが落ちない。


「くんくん……近くにあるな」


 ファンは背負籠(しょいかご)の他に、近隣に向かうにしては多めの水を用意している。長年の知識で、匂い蜘蛛の巣の対策は完璧であった。


 彼は水筒から手に水を溜めると辺りへ振り撒く。すると見えずらいはずの蜘蛛の巣がキラキラと輝く。落ちていた枝で巣を排除した彼は普段通りに、ドミグラ草を摘みながら進んでいった。


「えっ? ……うわああああっ!」


 順調だったファンは、茂みに隠れて見えずにいた斜面に足を滑らせ落ちて行く。落ちたことにも驚くが、それ以上に背負籠(しょいかご)の中のドミグラ草をばら蒔いてしまったことを、ツイていないと嘆息する。


 落ちたドミグラ草をガックリとした表情で拾い始めたファンであったが、急にその手が止まった。


「こ、これっ……は」


 散らばるドミグラ草に紛れて生える波状の草。摘んでみて匂いを嗅ぐとちょっと甘い匂いがした。予想外の物を見つけたファンは、落ちたドミグラ草より波状の草を中心に拾い集め出す。


 本来の依頼はドミグラ草。別の物を持って返っても(かえ)って怒られる。ところがファンが見つけた物ならは、話は全く別。


「まさか、この街の近辺でハジョウ草が見つかるとは!」


 ハジョウ草は食べられる野草。それもかなりレアであり、特に近辺で採れない事からゴルゴダの街では高い値段で取引される。さすがにハジョウ草だけで背負籠(しょいかご)一杯とはならなかったが、ついでにドミグラ草も拾い、ファンの背負う籠は満杯になった。


 斜面を登り、今日はツイていると来た道を、心踊ってゴルゴダの街へと戻ってきた。


 日が高い時間にギルドに姿を現したファンを見て、怪訝な表情をする受付の女性。とうとう、こんな簡単な依頼もこなせなくなったかと半ば呆れ気味に籠の中身を確認すると、切れ長の目を丸くする。


「ハジョウ草! それも、こんなに!」


 ギルドに併設されている酒場で昼日中から飲んでいる連中が、ザワッと騒ぎ出す。ハジョウ草そのものよりも、あのファンが……との声で。


「お待たせしました。今回の報酬は、五百銅貨ペリになります」


 袋一杯に入った銅貨が受付の台へズシリと重そうに音を立て置かれる。


「ようし、これでみんなに奢っちゃうぞお!!」

「「よっしゃーーっ!!」」


 沸き上がる酒場。そこに出発前にファンを馬鹿にした声は、無かった。


「ちょ……ちょっと待ってください!! ファンさん、それはダメですよ! せめて一杯ずつにしましょう、ね」


 慌てて止めに入ったのは受付の女性であった。流石にファンの行動を見過ごせなかったのだ。


 それもそうかと、ぶー、ぶーと文句を垂れる酒場の人数を確認したファンは、五銅貨ペリを袋から取り出して受付の女性へ渡すと、酒場からファンに礼を言う声が上がる。


 一見、調子良い連中にも感じるだろうが、ファンの事を馬鹿にはしつつも、本当に困窮している時には奢ってやるくらいのことはする。だからこそ、彼も細やかながらお返しとしての行動であった。


 五百銅貨ペリもあれば、当分は暮らしていけると大事そうに胸に抱えて持ち帰るファン。いつものように落とすことのないよう、人に取られないように、目付きをギラつかせ周囲を威嚇する。


 しかし、現在、ファンの抱えていた銅貨の入った袋は、何故か枕に変わっていた。

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