14
5月4日。彼女の旦那が退院する日だ。今後はそう簡単に彼女には会えないかも知れない。そう思うと、胸が締め付けられるような感覚に襲われる。
『いつもの店に居る』
約束をしたわけではない。そこに居れば彼女がひょっこり現れそうで僕は毎日店に通った。彼女は来ないしメールへの返信もない。ご主人が退院したばかりで何かと大変なのだろう。そう自分に言い聞かせた。
連休が明けて数日たった時、妻から予期せぬ報告を受けた。
「美幸、憶えてる?」
その名前が妻の口から出たことで僕は肝を冷やした。
「美幸さん?」
「大会の時、一緒に車に乗せた子よ」
「ああ…。なんとなくは…」
「彼女の旦那が亡くなったらしいのよ。連休中に入院していた病院で悪性の腫瘍が見つかったんですって。今夜お通夜だから、ちょっと出掛けて来るね。あなたも行く?」
「あ、いや、俺はそんなに面識もないし…」
「そうよね」
驚いた。彼女からの連絡がなかったのはそういうことだったからなのか。そう理解した。そして、急に彼女に会いたくなった。
その日の深夜。彼女からメールが届いた。
『来て』
葬儀はこの地域の斎場で執り行われているのだそうだ。彼女は今、通夜が終わって、一人で斎場のそばのホテルに泊まっているのだと言う。そこに来て欲しいと彼女からメールが届いた。妻は既に眠っている。僕はそっとベッドを抜け出した。
「こんな時にこういうことをするなんて常識のない女だよね」
ベッドの中で彼女がそう言った。僕には返す言葉が見つからなかった。
「本当の独身になっちゃった」
そう言ってタバコに火をつける彼女の目からは涙が滲んでいた。
「あの人と一緒になったのは生活のため。愛していたわけではないのよ。でも、なんでかしら…。なんかとても悲しくなってきちゃって…」
そして、震える彼女から嗚咽が漏れてきた。生活と恋愛は別だと言っていたクールな彼女が体を震わせながら泣いている。そんな彼女が僕は愛おしくてたまらなくなった。
「今日はごめんなさい。そろそろ行って。裕子が心配するわ」
ホテルを出ると空はうっすらと青みを帯びていた。




