7. 盟主に捧げる歌
光闇の祭祀は、世界の五つの国全てで毎年三日間行われる。
一日目は精霊のための祭祀で、各国の精霊の名前を冠した日。日取りは精霊が決め、他国の王たちを招いて盛大に執り行う。
二日目は歌姫レジーナのための祭祀。
三日目は光と闇の神二柱のための祭祀。
それぞれレジーナが眠りについたとされる日と、神二柱がレジーナを生み出したとされる日にすべての国が同時に行う。
明日は祭祀の初日である「風の日」を迎えるため、ここ数日の中で一番の多忙を極める日だ。
他国からの来賓を迎える準備は多岐にわたり、神官だけでなく文官も武官も協力して準備をする。
年に一度の祭祀は巫子が主役。
精霊至上主義の神官長から怒られるかもしれないが、「国の夜明け」以来、私はそう思っている。
民たちの多くは精霊どころか妖精すら視えないのだから、代わって言葉を伝える巫子が祭祀の中心となるのは当然だ。
だから側仕え神官もやることは山のようにある。
今も私はアリアナ様の意向を伝えるべく、盟主の執務室を目指して慌ただしく歩いていた。
普段は静まり返った神殿も、この期間はにぎやかだ。
楽しいことが好きな妖精たちも沢山集まっているのだろう。
執務室まで来ると、扉の外に立つ護衛が一礼して入室許可を取ってくれた。
「おはようございます。巫子付き神官のフィオナ・ランドルフにございます。」
「あぁフィオか。ご苦労様。」
許可を得て入室すると、柔らかな笑みと共に声をかけてくれた人。
ウィリアム・ブレイディ。
今の風の国を統治する若き盟主だ。
漆黒の髪はサラサラと風になびき、同じく漆黒の瞳は理知的に光る。
精霊が手を加えたと言っても過言ではない美しい顔は、元来のやんちゃな性格をうまく隠していると、同い年で盟主のことをよく知り尽くしているアル兄様は言うけれど。
この国が革命後も国として機能できているのは、この盟主のお陰といっても過言ではない。
革命軍を率いて「国の夜明け」を導いた豪傑オースティン・ブレイディ。
辺境伯という立場を上手く利用し、前代の腐った貴族の中から密かに同志を探していた。
男爵という立場で虐げられながらも国を憂い、家族を守ろうと尽力していた才覚溢れる父様は、すぐに辺境伯の右腕となった。
父様は兵力の確保が必要と判断し、偉大なる武勲から当時の騎士団に影響力を持っていたオルディス伯爵の説得にかかった。
伯爵はその時、愚直にも国の中枢に進言したことで不敬罪となり、蟄居を命じられていた最中だったそうだ。
当時のことを「処刑されたなら、斬り落とされた首だけでも王のところへ行こうと思っておったわ」と笑った豪快な人だ。
しかしそんな伯爵を以ってしても、国への影響の大きさを考えてか、初めは革命に難色を示した。
それでも国を救うためになると、辺境伯や娘婿の熱い気持ちに説得された形となった。
そう、オルディス伯爵はお母様の父親。
顔や雰囲気はまったく似ていないが、豪胆な性格が本当にそっくりだ。
そして何年にも及ぶ綿密な計画のもと成し遂げられた革命の後。
一時的に盟主の座についた辺境伯は二年後に息子が成人するや否や、彼に国を任せて忽然と姿を消した。
その息子が現盟主のウィリアム様である。
十八歳にして一国の頂点に立ったとは思えない落ち着いた振る舞い。配下の者たちへの的確な指示。
時には冷酷なほどの判断を下すが、すべては国のためであり、それがブレることはない。
「王」と呼ばれるのを拒絶し、盟主として民と同じ場所から国を動かす心を持った偉大な人だ。
「お忙しいところ恐れ入ります。巫子より祭祀の流れをいま一度盟主にご確認いただきたいとの言伝でございます。」
「そうか。じゃあ午前のキリがいいところで呼びに行かせる。」
「かしこまりました。」
「フィオもおいで。昼食を取りながら話そう。明日の来賓に出す食事の味見も兼ねているから。」
「え?よろしいのですか?!」
「盟主。この子を甘やかすのは程々にしてください。」
来賓用の食事に期待を隠せない私に、冷静な声が響く。
宰相ジルフォード・ランドルフ。
父様だ。
年を取って渋さが増し、より一層冷え冷えとしたラピスラズリの瞳は文官たちを怖がらせているらしい。
今も近くにいる文官たちの顔は青白い。疲れ……だけではないだろう。
「いいじゃないか、ジル。女性陣の意見もあったほうがいいだろう。」
「では巫子の意見を。これは美味しいとしか言いませんので。」
……ひどい。確かにその通りだけど。
父様の横で必死に笑いを堪えているアル兄様には、後で重たい一発をお見舞いしてやる。
「それでは、巫子にお伝えいたします。」
「あぁ、よろしく。」
盟主になってからも、初めて会った時と変わらず接してくれる。
本当に、誰に対しても分け隔てなく優しい人だ。
アル兄様は「いや、あいつはそんなんじゃない。」と死んだような目で否定するけれど、人格者な盟主を羨んでいるに違いない。
兄様だって充分素晴らしい宰相補佐だ。黙っていれば。
盟主の優しさは、例えるならば国を包む大きな風のよう。
だから、その優しさが懐かしくて。
そして、とても憎い。
退出の礼をして執務室を出ると、大きな花を抱えたレイラと出くわした。
「フィオ! 忙しそうね。」
「レイラも。そのお花飾るの?」
「そう。妖精たちが喜ぶからできるだけ城中に飾るの。」
そう言って花に顔を近づけるレイラは、それこそ花の精のように美しい。
やっぱり妖精は面食いなのかなぁと見つめていると、怪訝な顔をしたレイラが。
「どうしたの?お腹空いたの?」
……ひどい。みんなして。
ようやく盟主を出せました。