閑話. 「知らない」罪と「普通」の花
庭先から聴こえて来る歌。
「お母様」が歌う歌。
それを聴く子どもたち。
この世界の子どもは、母親から教わる大事な歌がある。
そう聞いたのはランドルフの家に来て一週間くらい経った頃、この家の主に命じられて始まった家庭教師の授業でだった。
「知らない?まさか、そんなことも知らないだなんて。」
驚きと侮蔑の混ざった顔が、歪んでみえた。
「こんな子どもを引き取るなんて、天下のランドルフらしくもない。」
知らないことは罪。大きな罪。
ーーー大事なものを失う罪。
気づけば部屋のベッドで寝ていた。
白い服を着た男の人が、「お母様」と難しい顔をしながら話している。
「この子のトラウマに触れたんだろ。だから外界と自分の心を咄嗟に切り離した。」
「そう。」
いつもの笑顔を曇らせ、悲しい顔をして私の頭を撫でる。
「で?そいつはどうしたんだ?」
「マリーが叩き出したそうよ。」
「ぷっ。さすがだな、あの嬢ちゃんは。」
「そうね。今頃ジルとアルが彼から話を聞いているでしょ。」
「あーあ。人生終わったな。」
「大丈夫よ。ほどほどにって言ってあるから。」
部屋の隅で、マリーという少女が目にいっぱいの涙を溜めてこちらを見ている。
その時、バンっという音と共に誰かが入ってきた。
「こら、静かにしろレオ。」
「ランス叔父さん!これ!妖精が住んでる花だって!摘んできたんだ!」
「なんだそりゃ。」
「妖精ならフィオを元気にしてあげられるでしょ?」
「レオったら泥だらけじゃない。どこに咲いていたの?」
「裏山の崖のとこ!今日だけだから怒らないで母上!」
レオと呼ばれた少年が握りしめていたのは、ただの花だった。
茎がよろよろで花びらもよれているけれど。
普通のなんの変哲もないけれど。
とても美しい花だった。
思わず手を差し伸べると、全員が驚きの眼差しを向ける。
いけなかったかと咄嗟に引きかけた手を、「お母様」はそっと握った。
「レオ、渡してあげて?」
「うん!はい!お花!妖精が元気をくれるよ!元気になったら遊ぼうぜ!」
渡された花はやっぱりただの普通の花だった。
だけど、あったかくて、優しい。
『恐れるな。信じろ。』
あのヒトの声が聞こえた気がした。
子どものレオしか出てきませんが、そのうち大きくなって登場します。