6. 巫子に捧げる歌
「皆さん、おはようございます。」
朝礼の終わりと共に奥の「精霊の間」から姿を現したそのヒト。
亜麻色の柔らかな髪は妖精の動きと共にふわふわ動き、アメジストの瞳は全てを見透かすように煌めく。
彼女こそ、当代の巫子アリアナ様だ。
国を守護する精霊は、普通その姿を民の前に現すことはない。
だから妖精というかたちでその力の一部に触れるヒトはいるが、精霊の姿そのものを見ることは叶わない。
けれど、ごくまれに精霊の存在を感じ、その意志に触れることのできるヒトがいる。
そのヒトは「巫子」と呼ばれ、その大変希少な立場から本来は神殿に保護される。
けれどアリアナ様は違った。
彼女は神殿で軟禁されていた所を革命軍が助け出した、悲劇の巫子だ。
精霊や妖精は言うまでもなく何よりも尊ばれる存在。
そして、そんな存在を捉えることができるヒトは国の宝だ。
にも関わらず、あの頃は爵位ばかりが重視され、神官になるのに「視える」かどうかは一切関係なかった。
「視えるヒト」である民は、その存在を認められず。
前代の神官長に至っては『下賤の血には、尊き精霊のほんの一部でさえも捉える力はない』と愚かにも宣言さえした。
それは貴族が権力を独占するためでもあったのだろう。
だから民の中で妖精の加護持ちが出たら、虚言によって不敬をはたらいた罪人として無理やり神殿に監禁した。
さらに、より稀有な巫子の資質があったアリアナ様でさえも神殿に閉じ込め監視していたそうだ。
精霊や妖精を蔑ろにするかのような神殿の振る舞いは、自ずと他国にも知れ渡り、当然大きな非難の的となった。
それは革命に正当性を与え、民たちを正義へと向かわせる原動力にもなった。
その結果、「国の夜明け」と共に腐った神殿も名前だけの神官たちもすっかり消え去った。
ちなみに神官長は見苦しくも精霊に命乞いをした直後、崩壊してきた神殿の屋根に押しつぶされたそうだ。
そんな過去があるからこそ、この国は他のどの国よりも祭祀を万全に執り行わなければならない。
もう二度と精霊を軽んじたと言われないように。
そして、今この国の祭祀を唯一執り行える巫子を支えなければ、という「義務」と「責任」は、神官のみならず国の中枢にいるものならば誰しもが強く持っている。
そう。革命の負の遺産を巫子に背負わせてしまった人々は特に。
もちろん私も巫子を助けたいと思っている。
それは神官としての純粋な気持ちとは少し違うけれど、アリアナ様のことは好きだし、彼女を守り助けることは今の私が国のためにできる唯一のことだと思うから。
だから、得ることも失うことも怖がっている卑怯な私だけれど「ここ」にいることを選んだ。
それが罪滅ぼしになると信じて。
緊張感が漂う中でも、アリアナ様が姿を見せるとその場が和み明るくなる。
「明日はいよいよ風の日です。今日もがんばりましょうね。精霊のご加護がありますように。」
ふわりと笑ったアリアナ様の周りでは妖精たちが楽しそうに笑っている。
「「「はい!」」」
アリアナ様の一言でそれぞれの持ち場へと散って行った。