3. 創世の歌
光闇の祭祀。
新しく生まれ変わったこの国だけれど、この祭祀だけは変わらず続いている。
それは国が国として存在するために必要なものだから。
この世界の子どもは、物心つく頃に母親から教わる歌がある。
昔々のその昔
光と闇の二柱 愛し給うた歌姫の
光の御歌は生とならん 闇の御歌は死とならん
風よ 世界に吹きわたれ
さすらば歌はまた響かん 世界を救う歌とならん
決して忘れることなかれ 光と闇のその愛を
光と闇の神は、その悠久の慰めに歌姫〈レジーナ〉をつくった。
レジーナは二柱のために歌った。
そこからこの世界は生まれた。
レジーナは世界のために歌った。
そこから火・木・土・水・風の五体の精霊が生まれた。
光の歌は朝となり<生>を生み出した。
闇の歌は夜をもたらし<死>を誘った。
それがいつしか世界の理となった。
けれど生きるものたちは<死>を悲しみ嘆いた。
光を愛し<生>を尊ぶその心で、闇を恐れ拒絶した。
レジーナは光と闇からつくられた。
どちらが欠けても己は消える。
しかし生きるものの悲しみの心はレジーナに強く届いた。
レジーナは歌うのをやめた。
レジーナの歌が響かない世界はあっという間に荒み、生きるものたちからは希望が消えていった。
壊れゆく世界を前に、レジーナは涙を流した。
その涙は雨となって世界へ降り注ぎ、川となり、海となった。
それでもまだ止まらず、ついには何もかもがレジーナの涙に沈もうとしていた。
あふれる涙によって力の暴走が始まった水の精霊は世界の終わりを感じ、自身の身許に生きるものを集め守った。
これが今の水の国の起源となった。
そして水の精霊は、他の精霊に生きるものを守るよう呼びかけた。
火の精霊はその力で水を乾かし、木の精霊はその根で水を吸い取り、土の精霊は自身が岩の堤防となった。
これが今の火の国、木の国、土の国の起源となった。
風の精霊もまた、渦巻く風をつくりだし多くの生きるものを守り、これが私たちの暮らす風の国となった。
どこにでも自由に駆け巡ることのできる風の精霊は、原始よりレジーナと世界をつなぐ存在だった。
風の精霊は、生きるものの気持ちもレジーナの悲しみも理解していた。だからこそ、どちらも守りたかった。
世界が元に戻りますように。
歌姫の涙が乾きますように。
歌姫の哀しみが癒えますように。
風の精霊は持てる力を振り絞り、暖かな風で世界とレジーナを覆い祈り続けた。
そしてその力がついぞ使い果たされようとした時、レジーナはようやく正気を取り戻した。
歌姫が真っ先に目にしたのは、力のほとんどを使い切り消えかけた風の精霊。
世界に目をやれば精一杯生きるものを守る精霊たち。
レジーナは己の愚かさに愕然とした。
震える腕で風の精霊をそっと抱き寄せ、光と闇の神に祈り歌った。
光と闇に敬いを
世界に祝福を
風の精霊に加護を
精霊たちに己の力を
レジーナの祈りを受け取った二柱の神は世界へと現れた。
光の神は風の精霊に加護を与え、闇の神は世界を覆うレジーナの涙を滅した。
そしてレジーナの歌の力を精霊たちに分け与えた。
力を失ったレジーナは精霊たちに世界を託し、光と闇のもと深い眠りについた。