25. 懺悔の歌
「ずっと疑問に思っていた。」
盟主がそっと呟いた。
「精霊の力は、愛し子への加護は強大だ。そしてそれを護る王にも、我々人間では到底太刀打ちできないほどの力が備わっているはず。だから父は、辺境伯は玉砕覚悟だったと言っていた。少しでも反抗の意志が、民の訴えが王や愛し子に伝われば良いと。だが……蓋を開けてみると呆気なく城は陥落し、王も愛し子も幻のように消えてしまった。まるで戦う意志がないように。」
そう、私たちは、戦う意志なんてこれっぽっちもなかった。
「そして国の夜明け以降も、精霊の加護は続いた。愛し子と王に対して反旗を翻した我々に対しても。正しい行いをしたからだと主張する人間もいたが、果たしてそうだろうかと、ずっと考えていた。だから父は王や愛し子を探す旅に出た。精霊の加護が続くならば必ずどこかで生きているはずだ、自らの責任を果たすと言って。」
「だから辺境伯は突然いなくなったのですね。」
深い決意をたたえた瞳をふと思い出した。
「クレイは、もはや自分の力では何もできないと悟っていたようでした。そんな時、諫言に登城した辺境伯やオルディス伯爵をこの塔から見て、思うところがあったようです。」
あの日のクレイはいつもと少し違った。
「愛し子になりたいか、初めてそう聞かれました。愛し子として周りが扱い、力を要求し、自分たちの思う通りに私が出来ないと知ると『使えない』と罵るなかで、クレイだけは私を愛し子として扱っていなかった。でも初めて聞かれたんです。」
静かな瞳で、たった一言、愛し子になりたいかと聞いたあの時、クレイはどういう気持ちだったのか。
「私は……私は、嫌だと言いました。こんな国のために、クレイを苦しめる国のために、力なんて使いたくない。世界を変えるほどの力なんていらない。そんな大きな役目なんて出来ない、と。そうしたら、クレイは『わかった』と。」
あの時、愛し子になると伝えていたら、愛し子になる覚悟を決めていたら、クレイは今も生きていたのか。
そもそも私が彼を慕う気持ちを見せなければ、私の『王』になることを強制されていなければ、彼は志を持つ王族として革命軍の側に立つことができたのでは。
何度も何度も考えた。
クレイが解放される道はなかったのか。
一緒に国の夜明けを迎える術はなかったのか。
「あの日―――。革命が起こったあの日。クレイは私に何もするな、と。ひどく安堵したことを覚えています。この広間から精霊の力で外の様子を見て、やっと終わりにできる、やっと私たちは解放される、そう思えたからです。でも、私だけ助かってしまった。いつのまにか炎に包まれる城と塔、神殿を外から見上げていました。」
最期に何かを呟いたように見えた。あの時、クレイは何と言ったのだろう―――。
「クレイは革命前から精霊に願っていたそうです。革命がもうすぐ起きる。その時には民と戦うことなく愛し子だけを助けてほしい、そして十年待ってほしい、と。」
「十年?」
「革命を成し遂げた者たちがきっと良い国をつくる。だから愛し子がもし祈らなくても十年は国を護ってほしい、と。」
「そうか。ここまでの安寧は王がもたらしたものだったのか。」
盟主の言葉が胸に響いた。
そう、この平和は、クレイがくれたもの。
だから今度は私の番。
「盟主にお願いがあります。」
「……っ!ああ、もちろん聞こう。」
「私を消してくれませんか?」
全てを終わりにするために。
✳︎
「消す……?」
「愛し子は加護が強すぎてよほどのことがない限り人々に害されることはありません。でも私は違いますから。国による罪人の処刑ということであれば精霊も認めざるを得ないはずです。」
「罪人?処刑?……っ、あり得ない!」
「私が存在する限り、新しい愛し子は現れません。当代に愛し子は一人しかいないのです。」
「新しい愛し子など必要ない。」
「……では言葉を変えましょう。『正統な』愛し子がこの国には必要なのです。」
そう。私では許されない。
世界に混沌をもたらす原因にもなり得た、そんな人間の血を受け継ぐ愛し子など誰が認めるだろう。
「私が愛し子として不適格なのは、風の精霊も承知しているはずです。もし精霊の怒りが心配なようでしたら」
「もうやめてくれ、フィオ!」
「……違います。私はルーチェ・エル・リュミエール。リュミエールの、風の名を汚した王族の、恥ずべき生き残りです。愛し子ではない私がいなくなっても、精霊はまた新しい愛し子を選ぶだけです。数年はかかるかもしれませんが、必ず次の愛し子が現れます。」
「そんな……」
盟主の初めて聞くような取り乱した声に、巫子の泣きそうな声に、やっぱり優しい人たちだなぁとしみじみ思った。
だからこそ、これ以上優しい彼らの傍にはいられない。
「私では駄目なんです。だってそうでしょう?前代の穢れた血を継いだ、国が滅びるきっかけになった愛し子もどきなんて、本当は夜明けを迎えてはいけなかった。」
これ以上この国で諍いが起これば、それはやがて世界へと波及していく。他国の精霊や愛し子に万が一にも影響を与えることなど許されない。
「国のため、世界のため、必要なことなのです。」
「……それでも何か方法はあるはずだ。こんなこと……到底承服できない。」
「そうです!」
力強く言われ、身の置き所がなくなってしまう。
でもこうなることは想定できた。
このヒトたちが私の犠牲を良しとしないことくらい、初めからわかっていた。
「……わかりました。ひとまず落ち着くまでは愛し子に求められることはします。でも私は愛し子にはなりません。……私の“王”はもういませんから。」
ポツリと落とした言葉が風に乗って消えた。
広間に冷たい沈黙が落ちた。




