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永遠に響く風の歌  作者: 長澤まき
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閑話. むかしばなし(7)


青ざめて謝罪を繰り返すマリーを宥め、しばらく誰にも会いたくないと伝えて部屋の隅に膝を抱えて座り込んだ。



正義だと言ってくれたら、もっと憎むことができた。

何も知らないくせに、と自分のことを棚に上げて罵ることができた。


けれど彼は大切なモノを、未来を守るためと言った。

綺麗事で誤魔化さなかった。

こんな正体も分からない小娘にも真摯に応えてくれた。


守りたかったモノも守れず、逃げ出すことばかり考えている私とは大違いだ。



コン、コン、コン。



心が沈み込む中、不意にノックが聞こえた。

マリーったら、一人にして欲しいって言ったのに。


そのまま黙っていると、再び控えめに扉をノックされる。


「マリー、しばらく一人にしてほしいの。」


声を掛けたけれど、いつもならすぐに返事をするマリーが何も言わない。


どうしたのかと訝しんでいたら、違う声が聞こえた。



「フィオ、俺だ。」



返事をしないままでいると、もう一度控えめな声が聞こえる。


「フィオ、話がしたい。」

「…………いや。」


初めてかもしれない。ウィルにいやだと言ったのは。

そのまま黙っていると、「そうか。」という悲しい響きが聞こえた。


どれくらいの時間が経っただろう。

いつの間にか拒絶したウィルのことで頭がいっぱいになっていた。


葛藤の末に、重い腰を上げて扉に向かう。

そっと扉を開けて顔を出すと、部屋の前に座り込むウィルがいた。


「……っ!」


驚いて体を揺らした私に、ウィルは立ち上がる。


「フィオ。」

「……。」

「フィオ、すまない。」

「……。」

「俺の立場について、きちんと話をしていなかった。」

「……。」

「本当なら最初に言わなければならなかった。」

「……。」

「すまない。」


ウィルが謝るごとにムカムカが増していく。

今日はその感情に素直になろうと、何も答えずウィルの横を素通りしてスタスタと歩き出す。


後をついてくる気配がするけれど、無視して屋敷の中を歩き続け庭へと出た。


いつの間にか日が落ち、月明かりに照らされて草木達がさざめいている。


いつもの光景に囲まれてホッとし、そのまま庭の端にある大木の根本に腰を下ろして膝に顔をうめた。




どのくらいそうしていただろう。


肌寒くなってきて腕を無意識にさすっていると、肩に何かが掛けられる。


渋々顔を上げれば、ウィルがいつも着ている上着が見えた。


「……風邪をひく。病み上がりなのだから。」


ずっと近くにいたのだろう。

気遣わしげなウィルの様子にムカムカが再び湧き上がり、上着を取って突き返した。


「フィオ?」

「いらない。」

「寒いだろ?」

「いらない。」

「フィオ。」


まるで聞き分けのない幼子のようだ。

いや、ウィルから見たら本当に子どもなのだろうけれど。


「……ウィルのばか。」

「すまない。」

「うそつき。」

「……。」

()()()()人間、ごくあくにん、たらし。」

「ちょっと待って。そんな言葉どこで?」

「アル兄様が言ってた。」

「……あいつ。覚えてろよ。」


ウィルの怒った顔にビクッとする。

するとウィルは慌てて一歩私に近づく。


「フィオに言った訳じゃない。」

「……。」

「フィオ?」

「……ウィルと話すとムカムカするから、話したくない。」

「ムカムカ?」

「そう。」

「……すまない。」

「あやまるのもいやだ。」

「……。」

「ウィルのばか。」

「……。」

「……いそがしいって会いに来なかったのに。家には来てた。」

「え?」

「うそつき!」


上着を投げつけてウィルに背を向ける。


「怒っているのは……そこなのか?」

「アル兄様もレオ兄様も会いに来てくれなかった。皆お家にいたのに。」

「フィオ。」

「もう、私のこといやになったの?勝手に具合悪くなって迷惑かけたから?」

「そんなことある訳がない。」

「じゃあ、どうして来なかったの?」

「それは……」


言い淀むウィルに今度は胸がズキズキし始め、視界が歪む。


「もうお話しできないの?お茶をしたり、一緒に遊んだり。私が……あの人はいいって言ったけど、本当は夜明けにいたらいけないのにまだいるから」


「フィオ!」


大きな声で遮られて、ウィルを見る。

とても怒った顔が目に入った瞬間、気持ちが溢れてしまった。


「ウィルも、いなくなっちゃうの?」


目から零れ落ちたモノに気付く前に、きつく抱き締められる。


「いなくならない。」

「でも会いに来てくれなかった。」

「これからは一緒にいる。」

「でも」

「俺はフィオの側にいる。ずっとだ。フィオが許してくれる限りずっと。」

「お兄様たちも?」

「……それは、」


「当たり前だろ?」

「もちろん!」


バリッと音がするほど急にウィルから引き離されると、アル兄様の顔が近くに見えた。


「これでもうフィオと会えない理由はありませんよね、叔父上?」

「俺も!」


どうやら近くにお兄様たちとランス叔父様もいたらしい。


「……アル。」

「なんだよ。俺たちだって心配して当然だろ?」

「そうだよ、ウィル兄!俺だってフィオと会うの我慢してたのにぃ。」


「がまん?」


「こいつらがいたら病み上がりでもアホみたいに遊ぶだろ。だからお前に会うのを禁止してたんだよ。」


叔父様の言葉にほっとする。

なんだ、そうか。

安心したら涙が止まらなくなってしまった。


「あぁ、ランス叔父さん!フィオ泣かさないでよ!父上に言いつけるよ!」

「俺が泣かせたんじゃねぇ!」

「アル、代わる。」

「いやいや、ウチの妹ですから。妹を慰めるのは兄の役目でしょう。」

「おれもおれも!」

「はぁ。後から来たのはお前らなのに。」


横で言い合う兄様たちをどうしようかと思っていると、屋敷の方から歩いてくるお母様が見えた。


「お母様!」


アル兄様の腕から抜け出て走り出す。


「やっぱり母上が一番か〜。」

「振られたなぁウィル。」

「お前もだろ、アル。」


そんなやり取りを背に、腕を広げて微笑むお母様の胸元に飛び込んだ。


「夜のお散歩はいいものになった?」

「……はい。」


どうやらお母様には全てお見通しだったらしい。

後ろから聞こえる賑やかな声を聞きながら、お母様にギュッと抱きつく。



ーーー私はこの人たちと共にいたい。



優しい夜風が吹き抜けていった。





今更ながら「むかしばなし」いったん終了です。

もはやこれだけ時間があいてしまったので…自己満足のために完結をのんびり目指す所存です…。

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