閑話. むかしばなし(6)
廊下に出ると、玄関で辺境伯とウィルが話をしているのが見えた。
ウィル?どうしてここにいるの?忙しいのではなかったの……?
「お前は、またここにいたのか。」
「父上こそ、なぜここへ。」
「そのように警戒するな。すぐ帰るさ。」
……父上?辺境伯が……ウィルの?
「お嬢様!」
マリーの声に、玄関にいた二人がこちらを振り返る。
『抗うものは制圧せよ!』
あの時リューの力で微かに見た光景。
そうか、だからウィルはいつもここにーーー。
少し考えれば、簡単にわかることだった。
しばらく見つめた後、一歩一歩彼らに近づいていく。
何事かと応接間から出てきたお父様とアル兄様がギョッとした様子で私を見る。
そんな初めて見るような二人も、困惑するウィルも無視して、辺境伯の前に立つ。
「貴方が、辺境伯?」
「あぁ、そうだ。」
ひたりと見据えられ、身体が震える。
静かに瞳を閉じそっと息を吐き出すと、あの頃の顔を作って記憶の片隅にある挨拶をする。
「精霊の御名の下に、尊い御加護を。」
一部の王侯貴族にだけ許された挨拶。
私という存在を目の前の人に知らしめる為、殊更ゆっくりと手を胸の前で組み、膝を折って所作をする。
案の定、辺境伯に何かしらかの衝撃を与えることができたようだ。
しん、と静まり返るホール。
辺境伯はしばらくの沈黙の後、しゃがんで私と目線を合わせた。
「嬢ちゃん、名は?」
「……今は、フィオナと呼ばれています。」
「そうだな。」
「……?」
「お前さんはランドルフの娘だ。」
そう言って意味ありげに笑った辺境伯。
さすがに一筋縄ではいかない。
私のような小娘にはそうそう動揺を見せてはくれないようだ。
「私がだれなのか、聞かないのですね。」
「言っただろう?今の嬢ちゃんはランドルフの人間だ。それにーーー聞いたら答えるか?」
「……」
「ほらな?無駄なことはせん。」
「むだ、でしょうか。」
「無駄だな。」
「拷問でも何でも、答えさせる方法はあると思いますが。」
拷問、と口にした瞬間、初めて辺境伯が真顔になった。
「随分と物騒なことを知っている嬢ちゃんだな。」
「拷問、暗殺、処刑。この国では当たり前のようにされていたではありませんか。」
何を当然のことを、と投げかけると辺境伯は目を細める。
「どうやら、想像以上にとてもお育ちがいいらしい。」
「そうですね。革命で全てを燃やされるほどには。」
重い沈黙がその場を包む。
逃げ出したくなるような痛みをこらえ、精一杯の矜持を見せようと笑みを浮かべて話す。
あのヒトが、私の"王"が、臣下の前でそうしていたように。
「貴方は私のすべてを消した。家も、人も、何もかも。」
「そうだろうな。」
「だから私も消すべきなのでは?」
「なるほど。一理ある。」
「父上!」
ウィルが大きな声を出すが、そのまま無視して続ける。
「ずっと貴方に会いたかった。」
ウィルとよく似た顔立ちと雰囲気。
"王"を思い出させる圧倒的なオーラ。
だから、だろうか。
彼に聞いてみたいと思った瞬間、言葉が溢れでた。
「どうして、革命を起こしたのですか?」
この人は何と答えるのだろう。
くだらないことを聞くなと嘲笑されるのか。
それとも過去の悪政に憤り、民たちの志を語るのか。
辺境伯は少し眉を寄せゆっくりと立ち上がった。
その表情もまた、国を憂うウィルによく似ていた。
「私の大事な者たちの未来を守りたかった。」
「……未来?」
予想もしていなかった言葉に困惑する。
「国を守るとか民を守るとか、そんな大層なものではない。私は守りたい者を守っただけだ。偶々それが革命に繋がったまでのこと。」
「たまたま……。」
「そう。偶々だ。」
「辺境伯、もう少し言葉を選んでくれ。」
お父様が思わずといった様子で口を出す。
呆気にとられている私を他所に、辺境伯は話を続ける。
「本当のことだろう、ジル。だが、革命の首謀者が私であることに変わりはない。」
全てを負う者の瞳。いまはもういない私の"王"と同じ。
「私を恨め。生きて長じて、いつの日か復讐をしに来ればいい。」
「……。」
「大切なモノを奪われた憎しみはよくわかる。だから私は挙兵した。悪を殲滅させたが、声高に正義を叫ぶような行いをしたつもりもない。」
「……。」
「だが忘れるな。今の嬢ちゃんは"フィオナ・ランドルフ"だ。私の盟友の娘だ。夜が明けてなおこの地にいるのならば、この国の民に違いない。」
だから聞いたのか。私の名を。今の、私の名を。
「それとも、お前はこの国の悪となり得るか?」
突然、射抜くように見つめられる。
ここで肯定すれば、全てを終わらせられる。
迷ったのは刹那ーーー。
「あなた、きらい。」
素直な、今の自分の言葉。
あの頃に強制された振る舞いをやめた。
「ははっ、それはそうだろうな。」
すっかり空気を変えニヤリと笑う辺境伯は、とても憎らしい。
「私を嫌うのは願ったり叶ったりだが、間違ってもウィルやジル達には言うなよ?八つ当たりで国が滅びかねん。」
「父上。」
「辺境伯、余計なことを。」
「本当のことだろう?大体、私を屋敷に招かないのだって、この嬢ちゃんのためだろう?私ばかり除け者にして。溺愛するにもほどがある。」
やれやれ、と戯けたふりをする辺境伯の瞳には見覚えのある陰りがあった。
こんな所まで同じだなんて。この人もきっとーーー。
『あれが辺境伯か……悪くない。それに、隣に立つあの男。そうか。ここが潮時、か。』
そう言った"王"は初めて見る安堵の顔をしていたな、と不意に思い出す。
「でも、革命は憎くない。」
辺境伯は目を見開き、今日一番の驚きを見せた。
揺るがない彼をようやく少しだけ崩すことができ、溜飲が下がる。
「あなたはたまたまだと言うけれど、この国をよくするためだったのでしょう?だから風の国がよくなってくれたら、それで、いい。」
それは"王"だって、望んでいたこと。
だからウィルに言ったことと同じことを告げる。
「そうか。」
そう呟いた辺境伯の顔もまた、ウィルと同じだった。
これ以上ここにいたら余計なことまで話しそうで、話は終わったとばかりに彼らに背を向け、自分の部屋へ戻った。




