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永遠に響く風の歌  作者: 長澤まき
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閑話. むかしばなし(3)

熱い。身体が熱い。

はあはあと熱い息を吐く。

私の身体は燃えているのだろうか。


「日射病だ。」

「ひどいの?」

「むしろどうしたらここまでひどくなる!あり得ん。死ぬぞ。」


頭が一瞬冷たくなっても、すぐまた熱さが戻ってくる。


「フィオナ、大丈夫よ。」


お母様に返事したいのに、口から荒い息しか出ない。


「とにかく冷やす。氷をかき集めろジル。」

「言われずとも、あいつらがやっている。」


目の前が真っ赤に燃えている。


「……だ」

「フィオナ?」

「ぃゃ……だ……燃えちゃ……」

「魘されているぞ、早く手当てしろランス。」

「ちっ。高熱で意識が混濁してるんだよ。手当てもクソもあるかっ!」

「ジル、ランスに無茶言わないで。ランスどうしたらいいの?」

「水分取らせながら冷やすしかない。袖をまくれ、点滴をする。」」


「ど……して………いっちゃ…嫌だ………消えな…で……助けて……」


とにかく身体が熱くて、自分が何を口走っているのか分からない。


ただ、私の右手を優しく握る手と、ぎこちなく額に触れる大きな手だけは、何となく覚えていた。


ーーーーー

ーーー


次に目を覚ました時、ベッドの横に山のように積み上げられている氷嚢が目に入った。


ゆっくり起き上がると、額から濡れタオルが落ちた。

私どうしたんだろう。

苺タルト……食べようと思ったら気分が……。

頭が重い。何だか嫌な夢を見た気がする。


ボンヤリしていると、突然扉が開き白衣の人が入ってきた。


「目が覚めたか。」


お母様の弟という人……ランス、叔父様?

前にみっともなく倒れてしまった時にも診察をしてくれた人だ。


「まったく、確かに氷を用意しろとは言ったが限度があんだろ。」


氷嚢の山を睨みつけたと思ったら突然、私の額に手を当てる。

ビクッとなるけれど、動かず我慢した。


「まだちょっと熱いが、許容範囲だな。」


そう言って手を下ろすと、叔父様はスーッと息を吸い「何考えてんだ!!」と私を怒鳴りつけた。


突然の大声で目を白黒させていると、怒涛のように言葉が吐き出される。


「まる1日意識がなかったんだぞ!!日射病なめてんのか?!死にてぇのか?!」


……そんなに寝ていたの?それに……ニッシャ、ビョー?


「もっと早くから具合が悪いって分かってただろっ!お前は喋れねぇのか?!あぁ?!その口は飾り物か?!」


グイッと頰を両手で引っ張られ、ものすごく怒らせていることが分かる。


「ほ、ほふぇんなしゃい」とモゴモゴしながら謝罪すると、急に叔父様は無言になり、「はぁ」と大きなため息をついて頬が解放された。


「何の謝罪だ。」

「迷惑を……かけたので」

「あ゛ぁ?」


途中で地獄の底から聞こえるような声に遮られ、慌てて頬を両手で隠す。……闇の使者なのかな、この人。


「そうだな。具合が悪いのを黙って過ごす奴は迷惑極まりない。」

「は、はい。」

「分かってんのか?お前の問題は"具合が悪い"と言わなかったことだ。」

「……?」

「もっと周りの人間に助けを求めろ。ガキの癖に遠慮してんじゃねぇよ。」

「ガキ……」

「ガキだろうが。ったく。」


そう言って、指でおでこを弾かれる。


そのまま固まっていると、叔父様はベッド横の椅子に座って怠そうに髪を掻き上げた。


「お前、日射病は初めてか?」

「……はい。多分。」

「何だ、多分って。」

「……その名前を、初めて聞いたので……。」

「はあ?普通外に出る時に気を付けろって言われんだろうが。ここ数年、夏はクソみてぇに暑いしよぉ。」

「……ごめんなさい。」

「何でもかんでも謝ってんじゃねえ。」

「……」


またごめんなさいと言いかけたけれど、ギロッと睨まれて慌てて口を噤む。


「外で強い太陽光を浴び続けるとそうなる。そんなんで今までよく無事だったな。」

「……外に、出たことがなかったので。」

「は?何だそりゃあ。一度もか?」

「はい。」

「生まれてから一度もか?信じられん。」


だって、外に出れば知られてしまう。

知られればきっとーーーだから。


「外に出るなと、言われていたので。」

「……そうか。」


急に顔を顰めて、叔父様は黙ってしまった。

また知らないうちに言ってはいけないことを言ってしまっただろうか。

不安になっていると、ノックがして扉が開いた。


✳︎


扉が開くと、お母様が部屋に入ってきた。


「起きたのねフィオナ。ランス、ありがとう。」


叔父様にニコッと笑いかけた後、私の額に手を当てる。


「まだ熱いわね。」

「あぁ。」

「もう大丈夫なの?」

「しばらくは水分を多めに取らせた方がいいが、重篤な状態は脱した。」

「そう。よかった。」


私の目を見つめてお母様はそっと呟く。


「本当によかった。」


そっと抱き締められる。

トクントクンと心音が聴こえる距離まで誰かと近づくようになったのは、この家に来てからだ。


「俺は一度戻る。」


大きな鞄を持ってその人は言った。


「無理させたわね。」

「ふん。そこまで柔じゃねぇよ。おい、フィオ。」

「は、はい!」

「……余計なことを聞いた。悪かったな。」


じゃあと言って背を向けた姿に何を言えばいいか迷っているうちに、叔父様はスタスタと行ってしまった。


悪いのは私なのに、どうして謝られたのだろう。

その理由に気を取られていると、いつの間にかお母様がベッドの上に腰掛けジッと私を見ていた。


ハッとして思わず下を向く。

きっとがっかりさせた、失望させてしまった。


俯いたままでいると、頭を撫でられる。

その優しい手に促されゆっくり顔を上げると、お母様は深く傷ついた顔をしていた。


「フィオ?」

「……はい。」


叱られる。そう思ったのに、そっと両手を握られた。


「具合が悪いのに気付いてあげられなくて、ごめんなさい。」

「……え?」

「つらい思いをさせてしまったわね。」


謝られてしまった。お母様に。

しばらくの沈黙の後、クスクスとお母様が笑う。


「そんなに困った顔をされると、私も困っちゃうわ。」


右手でそっと私の髪を撫で、また手を握る。


「ねぇフィオ?私ね、初めて貴女を見つけた時。この幼い子を連れて帰らなきゃ、大切にしてあげなきゃって、そう思ったの。ーーーでも、それは間違いだった。」


ドクンっと胸が大きな音を立てた。

お母様の手に包まれた手をギュッと握りしめ、次に言われることに身構える。



『使えないならもういらない』

また、そう通告されると思ったのにーーー。



「だって、大切にするだけでは駄目だったのだから。もっと貴女が『貴女』を大切にするように教えてあげなきゃいけなかったの。」


「……え?」


「貴女がこの家に来てから、私たちは沢山の幸せを貰ったわ。」


幸せ?私が彼らに?


「ふふ、まさかって顔ね。貴女が私たちを信じられないのは当然よ。だって私たちは……貴女から大切なモノを奪ったのだから。」


あの雨の日のウィルと同じ顔をするお母様。

ジッと見つめると、苦笑して私の頬を包む。


「でもね?貴女がこの家にいてくれるだけで、元気に生きてくれているだけで、私たちは救われる。勝手だけれど、救われるの。」

「よく……わかりません。」

「そうね。わからなくていいの、今は。だけどこれだけは覚えていて?貴女は貴女自身を信じてあげて。貴女が葛藤している何かを、私たちはきっと取り除いてはあげられない。けれど貴女なら大丈夫。大丈夫だってそう思ったの。」


澄んだエメラルドの瞳は、私をどこまでも見通しているかのようだ。


「貴女が思うこと、考えることを素直に言葉にして。そうすれば貴女は『貴女』を大切にできる。"フィオナ・ランドルフ"は、貴女が失ったモノの分まで大切にされなきゃいけない。幸せにならなくちゃいけない。」

「幸せ……?」

「そうよ。知らないことがあるのなら、一緒に知っていけばいい。大切なのは全てを知ることじゃない。知ろうとする勇気と……あとは、そうね。一緒に"知らないこと"を知ってくれる人と出逢うことだと、私は思うわ。」


お母様の言葉に、心が震えるのを感じた。


「ねぇ、フィオの知りたいことはなあに?」


知りたいこと。


「貴女の願いは?」


言って、いいのだろうか。


「……世界の始まりの歌、教えてもらえて嬉しかったです。」

「そんなこと。いつでも歌うわ。」

「この国のこと、沢山知ることができました。」

「そうね。でも独り立ちするにはまだまだ早いから、前みたいに一人で街に行ってはダメよ?」

「暑くてもお花が枯れない方法を知りたいです。」

「早速、庭師と相談しましょう。」


「私、もっと、このお家で色んなことを知りたい、です。」

「フィオ。」



きつく抱き締められた拍子に、溶け出したものが次々と目から零れ落ちる。


「私たちも一緒でいいかしら。」

「……っ。」

「貴女が望む限り、ずっと一緒にいるわ。」


知らない歌を教えてくれた。

生き方を教えてくれた。

今まで知らなかった気持ちを一緒に見つけてくれた。


いいの、かな。

ここが居場所になっても。


ーーーフィオナ・ランドルフになっても。


「……っく、本当?ずっと、一緒?」

「ええ。本当よ。」

「いなく、ならない?」

「ええ。」

「……一緒に、いて、くれる?」

「貴女がいらないって思うまで、ずっと一緒よ。」

「ふぇ、っく、ずっと、ずっと一緒……い、一緒に、いたい。いたい、よぉ。」



この初めての感情に気付かせてくれた優しい人は、ただずっと頷きながら抱き締めてくれていた。


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