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永遠に響く風の歌  作者: 長澤まき
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閑話. むかしばなし(2)


どれくらいの時間、そうしていただろう。

突然、視界を遮られ慌てて振り向くと、マリーが帽子を被せてくれたところだった。


「探しましたよ、フィオナお嬢様。」


プーっと膨れながら言うマリーは、怒っていても可愛さが減らないから不思議だ。


「ごめんなさい。庭に出たくて。」


「言ってくだされば、いつでもお供します!それより今日は日差しが強いので、せめて帽子を被ってください。」


確かに、日に当たりすぎた気がする。

ズキっと頭に痛みが走った。


「ウィル様がお見えになっていますので、皆様がお茶にしましょうと。」


そういえば、お客様の訪問が減った代わりに、ウィルがたくさん来るようになった。


何か大事な用があるだろうに、お茶の時間なんて取っていいのかな……。


そんなことを思いながら、すぐに行くとマリーに伝え、歩き始める。


頭痛が段々とひどくなっていくけれど何でもないふりをし、屋内に入った。

帽子をお礼と共に渡せば、マリーはニコニコしながら受け取り、当然のように私の後を付いてくる。

そんなことにもすっかり慣れてしまった。


広間の入口に着くと、両手を熱くなった頬にこっそり当てる。


『弱みを見せるな』『本心を気取らせるな』


臣下に対峙する時の戒めが頭に響き、改めて顔を引き締めた。


ノックをして中に入ると、そこには欲望渦巻く醜い貴族たちーーーではなく、笑顔で迎え入れてくれる人たちがいた。


「……っ、遅くなりました。お招きいただきありがとうございます。」


一瞬たじろいでしまったが、何とか毎日練習している挨拶をすると、それだけで破顔する単純な人たち。


あの頃とあまりに違うこの光景に、慣れる日はやってくるのだろうか。


不安を抱きつつ、空いている席に向かう。

部屋の一番奥にお父様とお母様が座り、その隣にはニコニコ笑うウィルが座っていた。

その向かいにアル兄様、珍しくレオ兄様もいる。

今日は勢揃いだ。


「やぁ、フィオ。」

「こんにちは、ウィル。」

「フィオ、肌が赤くなっているわ。また長い時間お庭にいたの?」

「いいえ、お母様。そんなに長くはいませんでしたので大丈夫です。」

「今は何が咲いているんだ?」

「最近は暑い日が続いているからあまり」

「フィオこっちに座れよ、今日のマフィンも美味しいぞ!」


ウィルの質問に答えようとした時、レオ兄様がグイッと私の腕を引いて隣に座らせた。

急に動いた所為でズキリと頭が痛み、思わず顔を顰めてしまう。


「こらレオ。馬鹿力でフィオを引っ張るな。」


ウィルに窘められ「ごめんごめん!」と謝りつつニコニコしながら紅茶のマフィンを差し出すレオ兄様に、苦笑しながらお礼を言う。


すると、その様子を見ていたアル兄様が、片眉を上げてレオ兄様の頭をバシッと叩いた。


「体ばかり無駄に鍛えられて、頭はちっとも鍛えられないじゃないか。」

「なにすんだよぉ!アル兄よりずっとずっと武術の才能があるんだからいいだろ!」

「ついに意味不明なことまで言い出したか、アホが。」

「二人とも、喧嘩するならお外でね。」

「そういう問題じゃないだろう、エミリア。」

「あら元気でいいじゃない、ジル。」

「母上、いい加減この馬鹿に勉強もさせないと、ただの野生児になり果てます。」

「それは同感だ。」

「父上!」

「あらあら、困ったわねぇ。」


賑やかな会話。楽しそうな家族。

どんなに憧れても、手に入らなかったもの。


「どうした?食べないのか?」


私のお皿に苺のタルトを乗せながら、ウィルが話しかけてくる。


「好きだろう?苺。」

「あ、ありがとう。」

「あー!ウィル兄ずりぃ!俺もフィオのお菓子選びたぅぐッ!」

「煩いレオ。」


ウィルがレオ兄様の口にマフィンを突っ込む。


その様子を見ながら、苺が好きだと言われたことに驚いていた。

そんなに顔に出ていただろうか。

感情を読み取られるなんて、もっと気を引き締めなければ。


そんなことを考えながら、赤いタルトにフォークを入れる。

見慣れたはずの赤。


一口食べて、崩れた赤い表面を見る。

味がしない。苺、美味しいはずなのに。


赤い色が目の前を渦巻く。

太陽の色、血の色、ーーー炎の色。


「っ!」


ガシャンっとフォークをお皿に落とした。


「フィオ?どうしたの?」


耳鳴りがして、お母様の声が上手く拾えない。


炎が。あのヒトが。嫌だ。頭が割れそう。

気分が悪い。吐いてしまう。

扉を目指して駆け出そうとするけれど、足がうまく動かずその場に転んだ。


嫌だ、痛い、炎がーーー。


沢山の声に名前を呼ばれながら、意識は暗闇に沈んだ。


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