21. 妖精と彼と私の歌
地上に降り立つと、盟主とアリアナ様が待っていた。
その後ろには父様やアル兄様、レオ兄様、騎士団長が控えている。
人払いをしたようで、近くに他の官吏の姿はない。
そのことに安堵し思わずホッと息をついた私の周りに、祭祀の余韻に浸る妖精たちがフワフワと集まってきた。
『おかえり』
『待ってたよ〜』
『一緒にあ〜そぼっ』
リューの力を纏う私を見つけて次々と寄ってくる。
あの頃と同じように。
「遊べないよ。」
『どうして?』
「これからやることがあるから。」
私が妖精と話していると気付いたのか、兄様たちが目を丸くしている。
『そうなんだぁ〜。』
『ねぇ、どうしていなくなっちゃったのぉ?』
「ずっとここにいたよ。」
『そうなの?気づかなかった〜!』
『どうしておしゃべりしてくれなかったのぉ?』
「普通の人は妖精と話したりしないでしょう?」
『そっか〜!』
『そうだねぇ〜』
ケタケタと笑う妖精たち。
『やることってなぁに〜?』
『人間たち消すの〜?』
『消しちゃえ消しちゃえ!』
妖精たちの言葉に、遠巻きにこちらを伺っていた神官たちが顔色を変えアリアナ様に近づこうとする。
けれどもアリアナ様はそれを静かに制した。
まったく。無邪気に残酷な妖精はたちが悪い。
「そんなこと言っていいの?消したら神官もいなくなっちゃうから、もう遊んでもらえないよ?」
『『『それはやだ!!!』』』
やだやだ〜と楽しそうに飛び回る。
妖精が見えないまでも、神官たちの様子や私と妖精の不穏な会話から、騎士団長や武官たちが警戒の色を見せ始めていることに気付く。
これ以上は場を荒らさない方が良いと、早々に会話を切り上げようと声をかける。
「ほらもうお終い。」
『やだやだ遊ぼうよ〜!』
『遊ぼうよ〜』
「人間を惑わす悪い妖精とは遊びません。」
『えぇ〜』
『だってぇ』
『精霊に頼まれたんだもん。』
「そのおかげで大変だったのよ?」
『でも大丈夫だったでしょ〜?』
『だってだってぇ』
『『『ルーは精霊の唯一だから!!!』』』
クスクスと笑いながら妖精たちはどこかへ飛んでいった。
本当に気まぐれなんだから。
さて、と。
「祭祀は無事に済みました。次の、歌姫レジーナの祭祀までに全ての穢れを払えと精霊からの言伝です。」
リューからの言葉にアリアナ様は目を見開く。
「ですが……祭祀は…」
「何の問題もありません。」
アリアナ様の戸惑いを打ち払うように話を続ける。
「アリアナ様の祭祀によって国は維持され、新しい精霊石がこの国を守護しています。元の精霊石は妖精たちに渡しましたので、長い時間をかけて浄化することになるとは思いますが、何の問題もありません。」
「けれど精霊は、私の祭祀など……」
「いいえ。アリアナ様の祭祀だから精霊は祝福を与えたのです。ほら、この晴れやかな空がその証拠です。」
そう微笑んで見せる。
けれどアリアナ様は一瞬泣きそうな顔をした後、ゆっくりとその場で跪いた。まるで祭祀の続きかのように。
「私は巫子の資格などあろうはずもありません。こんなにも側にいらしたのに。どうか、どうかお許しくださいーーー愛し子様。」
愛し子、とアリアナ様が口にしてもその場の誰も驚かなかった。
遠くで卒倒している神官長は見えたけれど。
これはちょっとまずい。
こうなった以上はもう逃げられないのはわかっている。
けれど、まだ全てを話す覚悟ができていない。
突き刺さるような視線を感じ、緊張と居心地の悪さに襲われた。
とにかくアリアナ様を立たせなければと一歩踏み出した瞬間、急に目の前が歪んだ。
「あ……」
まずいーーー
倒れる、と思った時には地面が目の前にあった。
けれどぶつかる痛みを感じる前に、誰かの力強い腕に抱き込まれた。
「フィオっ!」
アリアナ様の叫び声と、慌ただしい足音が聞こえて来る。
思った以上に世界に干渉していたようで、身体が重い。
思考すら鈍くなる中で、私をそっと抱き上げ歩き出した彼の温もりだけを感じる。
これは、駄目だ。
駄目になってしまう。
腕で彼の胸を押してもがくも、うまく力が入らない。
そんな私を叱るように身体を包む腕の力が少し強まった。
その包み込むような温もりは、出会った頃から少しも変わらない。
「フィオナ」
あの頃と同じように私を呼ぶ声。
もうすっかり呼ばれ慣れた、今の名。
消して欲しいと願っていたのに。
それなのに。
こんなにも手放したくないものが溢れるなんて、想像すらしていなかった。
「いや、だ……っ」
何に抗おうとしているのか、自分でももう分からない。
ただ、この温もりの中にはいたくないと訴えるために見上げた先にあったものはーーー哀しみの顔。
滅多に見ない彼の表情に、ただでさえ鈍かった思考が止まった。
「盟主。」
「どこか休めるところへ。」
「それでは神殿に!」
「私がこのまま連れて行く。ランスを呼べ。」
「はっ!」
ざわざわとした喧騒の中、段々と視界が暗くなっていくのを感じ、そのまま目を閉じた。
瞼の裏に残るのは、先程の顔。
幼い頃にも、あんな表情を見た気がするーーーそう思ったのを最後に、私は意識を手放した。
お読みいただきありがとうございます。
次回からちょっとだけ回想が入ります。




