15. 水の歌
笑みを浮かべながら飄々と現れたその方こそ、水の国〈シアーズ〉の王だった。
型にはまらない気さくな方で、始めこそ王という立場から新しい風の国との交流に難色を示したが、今では同世代ということもあり盟主と親しい関係性を築いている。
「遅くなってすまなかった。」
涼やかな目を細めて水の王が差し出した片手を、盟主はしっかりと握り返した。
「よく来てくれた。感謝する。」
「何だよ〜改まって。照れるって。」
「いや、難しい立場にさせて申し訳ないと思っている。」
盟主の言葉と共に、巫子を始めその場の者たちが一斉に頭を下げる。
水の王はとても友好的に接してくれている。
しかし、その愛し子は革命以降、風の国との関わりを拒絶しているのだ。
現に十年前から風の祭祀に参列していない。
そして水の祭祀に風の王や巫子が来ることも拒否しており、毎年水の王が取りなそうとするものの頑なだそうだ。
だから水の王もその民たちも、そんな愛し子の気持ちを憚り、革命直後は風の国との国交を絶った。
しかし土の王の仲立ちがあったこと、そして水の愛し子自身、国同士の関係には関知しないとある日突然王に進言したことで、交流は再開された。
昔から領地が隣り合って交流の深い水の国は、複雑そうにしながらも風の国の復興を支援してくれた。
水の精霊は神紀にもあるように情が深く、民たちにもその気質が受け継がれているのだろう。
「おいおい大袈裟なことはやめてくれよ。そういうのは苦手だって知ってるだろ?風の盟主。」
「そうだったな。さあ、中へ入ろう。」
「もしかしなくても他は揃っているのか?」
「あぁ。」
「じゃあまた火の王に絡まれただろ?モテる男はつらいねぇ。」
ニヤッと悪戯な顔で笑われ、盟主も思わず苦笑した。
「水の王、あなたの方が火の扱いには慣れているだろ?」
「いやいや、とんでもない。水と火なんて相性最悪だよ。それに手強いのはウチの姫君だけで充分!」
水の王の戯けたウィンクで、その場の空気がようやく和んだのも束の間。
「それは誰のことかしら?」
突然その場に姿を現したのは、来るはずのない水の巫子だった。
*
「ソフィー!」
水の王の驚きっぷりから、何も聞かされていなかったことがわかる。
「どうしたんだ?何かあったのか?」
慌てて愛し子に駆け寄る水の王と、右往左往する風の神官たち。
その場はちょっとした混乱に陥った。
「何もありません。水の精霊より祭祀に出るよう言われただけです。」
「水の精霊が?どうして……」
「理由など必要ないでしょう?全ては精霊の御心のままに。」
凛とした表情からは何も読み取ることが出来なかった。
けれど、ホリゾンブルーの髪から覗く瞳からは強い感情が溢れ出ていた。
水の王とその愛し子のやり取りを見つめていた盟主とアリアナ様は、やがてそっと近づきこうべを垂れた。
「水の愛し子様におかれましては、この度は」
「挨拶など結構です。あなた方に迎え入れられることなど望んではおりません。」
「ソフィー!」
「当然でしょうギルバード。この国を壊したこの者たちを私は許せない。精霊から愛し子を奪ったこの者たちを。」
水の王へそう言って顔を歪めた水の愛し子に、誰も何も言えなかった。
ギュッと唇を噛み締める水の愛し子。
両手を握りしめる風の巫子。
その巫子の前に立ち、独りで全ての非難を受け入れる盟主。
これ以上見ていられなくて「恐れながら!」と一歩前へ出た。
「まもなく祭祀のお時間にございます。どうぞ祭祀の間へ。ご案内申し上げます。」
弾かれたように顔を上げた水の愛し子と視線が交じる。
強い気持ちに負けぬよう、しっかりと見つめ返した。
大丈夫だよ、ありがとう。そういう気持ちを込めて。
「……行きましょうギル。祭祀を邪魔しに来た訳ではないから。」
そう言い、緊張しきった神官の案内で水の愛し子は王と共に歩いて行った。
危なかったーーー。溜息を零した私の肩を盟主が叩く。
「助かったよフィオ。」
「出過ぎたことをいたしました。」
「そんなことはない。感謝する。」
「フィオありがとう。」
「そんな」
盟主やアリアナ様に感謝されるのは心苦しかった。
あのままだと彼女が何を口走るか分からなかったからーーー。
「ふん、自分の為にしたことでしょ。」
「一介の神官が出しゃばりおって。」
私の気持ちを代弁したかのような声が聞こえた。




