11. 繫ぎとめる歌
レオ兄様が神殿にいたのは、偶然だったらしい。
念のための見回り中にレイラと遭遇し、私が一人で動きまわっていると聞いて様子を見にきてくれたそうだ。
医務室に来たレイラからこの話を聞いたのは、『だから気をつけてって言ったじゃない』と散々叱られた後だった。
「それで、突然空気が変わって……。いつものイザベラ様ではありませんでした。」
「そうか。」
今はアル兄様、もといランドルフ宰相補佐から事情聴取を受けているところだ。
今回の騒ぎの他、妖精の影響を強く受けての問題が散見されているらしい。
「じゃあ、いつもこのような嫌がらせをされていた訳ではないのか?」
「えぇ。ここまでのレベルは初めてです。」
「ここまでのレベルは?」
はっ。まずい。多少のことは誰にも言わずにいたのに、思わず口走ってしまった。
「はぁー。」
「?」
「何で俺たちを頼らない?」
「いつも頼っています。」
「そうじゃない。なぜ助けを求めない?今回のことだって、レオが止めに入らなかったらどうしていた?」
「それは……」
「もっと周りの気持ちを考えろ。お前はランドルフの人間だ。自分を粗末にするな。」
静かに諭され、何も言えなくなる。
ランドルフという名前が、重い。
「アル、それくらいにしろ。少し休ませる。」
「あぁ、そうだな。」
『ゆっくり休め』と言い残し、アル兄様は退室して行った。
代わりに先生が近くに腰を下ろす。
「体の怪我は大したことない。明日は軽くなら動けるはずだ。」
「よかった……」
「だが、心はどうだ?」
「え?」
「何があった?」
嘘を許さないと言わんばかりの言葉に、思わず身を硬くする。
「別に」
「フィオナ」
何も言われていない。ただ。
「本当のことを言われただけです。」
「本当のこと?」
「はい。」
「どういうことだ?」
じっと目を見つめられて見つめ返す。
このまま黙れば、きっと先生は何も言わない。
私が踏み込まれることを嫌がるから、先生は昔から無理強いをしない。でも見捨てたりもしない。そういう所はお母様そっくりだ。
いつもなら話を切り上げるのに、やっぱり今日の私はおかしいらしい。
「これは、私の問題なんです。」
「フィオ?」
そう。イザベラは何も間違ったことを言っていない。
『お前のせいだ』
全部私のせいだ。
「私はここにいるべきじゃない。」
先生が顔を顰めても止まらない。
「お前」
「自信がないから言っているんじゃありません。事実として、私はランドルフの人間じゃない。」
「お前の周りはそう思っちゃいない。」
「そうですね。でもーーー」
「でも?」
「ランドルフの人間として扱われると、私は私じゃなくなっていく。」
そう。ランドルフの娘でいることは幸せだ。
意地を張って、抵抗して、それでも十年かけて素直にそう認められるようになった。
けれど、ランドルフの人間であればある程、本当の私は消えていく。
消えることなど許されないのに。
「どういう意味だ?」
「……」
「フィオ」
お母様と同じ瞳に促されて、思わず溢れてしまう。
「私は、本当なら国の夜明けにいていい存在じゃない。」
「……。」
「だから今の国は、ここは、本当の私の居場所じゃないんです。」
あのヒトがいない国なんて、私の居場所じゃない。
そう思っていなければ、揺らいでしまう。
「ランドルフの人間になればなるほど、本当の私はどこかへいってしまう。幸せだけれど、自分まで失くしたら全てを失ってしまう。それでも、国がよくなれば他はどうでもいいと思っていたのに。」
一度溢れた気持ちは堰を切ったように次々とこぼれ出てしまう。
「平和な国にするために革命を起こしたんでしょう?それならなぜ国は、人は、ヒトは、変わらないの?」
なぜ、傷ついて傷つけてなお、変われないのだろうか。
「これじゃあ夜明けなんて迎えてない。何のために犠牲になったの?私はどうして失わなければならなかったの?」
私はどういう答えがほしいのだろう。
先生に何と言ってほしいのだろう。
お母様に言ってしまったことを後悔しているのに。
もうわからない。
もう何も考えられない。
「ここから消えてしまいたい。」
失う未来が怖い。何も見たくない。
ーーー始まるのが怖い。
「……そうか。」
ポツリと落とされた声は、存外穏やかだった。
「姉上は、お前を繋ぎとめたかったんだろうな。」
いつのまに鎮静効果のある香が焚かれたのか、体の力が抜けていく。
「『世界から消え入りそうだった』。そうあの人は話していたよ。」
そう、あの時、私は消えたいと思っていた。
「だが、俺たちだって同じだ」
瞼が落ちる。
「お前を繋ぎとめたい。ここに。」
無性に、あのヒトに会いたいと思った。




