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三年前と似て非なる世界 4

「いまのは悲鳴、だよね。もしかして、私達みたいなプレイヤーかな?」

「それは分からないけど、放ってはおけないな」

 プレイヤー=非常識な冒険者達と解釈した俺は、アリスに自分の考えを伝える。それに対して、アリスはこくりと頷いたのだが――


「そうね、それじゃまずは、体力を回復させてから向かいましょう」

 ユイがとんでもない提案をしてきた。

「おい、そんな悠長なコトしてたら間に合わないだろ?」

「……え?」

「いや、そんな、なに言ってるの? みたいな顔をされても……間に合わないだろ?」

「……あ、あぁ、そうよね。ごめんなさい。強襲イベントの前は体力を回復させる癖がついてたの。急いで助けに行きましょう」

 意味が分からない――けど、あれこれ言ってる暇はない。


「よし、それじゃ行くけど――今度は無謀に突っ込んだりするなよ?」

 二人に念を押し、悲鳴の聞こえた方に走り出す。

 そうして木々のあいだを駆け抜けること十数秒。小さな女の子が三体のブラウンガルムに追われて必死に逃げている姿を発見し――


「大変、助けなきゃっ!」

「あたしがブラウンガルムを抑えるから、アリスは女の子をお願い!」

「うん、任せてっ」

 一瞬の迷いもなく突撃を掛ける二人を前に、俺は思わず頭を抱えた。


「お前ら、無謀なマネは止めろっていっただろうがっ!」

 ユイの横を駆け抜けてブラウンガルムに躍りかかる。すれ違いざまに腰の剣を抜刀し、先頭の一体を斬り伏せた。

「くっ、このぉっ!」

 振り返ると、残りの二体がユイに飛び掛かるところだった。ユイの振るった細身の剣が一体のブラウンガルムを浅く切り裂く。

 だが、もう一体のブラウンガルムがユイを狙っている。


「ちぃっ!」

 ギュッと落ち葉を踏みしめ、ユイの前に飛び込もうとする。

 だが、やはり身体が重い。終末の災禍(ドラゴン)を倒したときと比べて、ずいぶんと身体能力が落ち込んでいる。届くはずの距離が届かない。

 ユイはブラウンガルムのキバをからくも剣で受け止めるが、そのまま地面に押し倒された。


「あぁもう、さっきも似たような光景を見たぞっ」

 俺は魔術で身体能力を引き上げて距離を詰め、ユイに覆い被さっているブラウンガルムを蹴り飛ばし、体勢を崩したブラウンガルムにとどめを刺す。


「残り一体っ!」

 叫ぶと同時、ブラウンガルムが背後から牙を剥いた。だが、俺は既に身体を捻っている。俺が寸前までいた虚空を切り裂く、ブラウンガルムの巨体をすれ違いざまに斬りつけた。


「他は……まだいるな」

 森の奥に、ブラウンガルムが残っている。

 俺は剣を鞘にしまい、森の奥に向けて手のひらを突き出した。

 体内に宿る魔力を引き出し、手のひらに集めていく。その魔力を使って、イメージした事象を現実に引き起こす。風の刃による攻撃魔術を――打ち出した。

 襲いかかる風の刃が、ブラウンガルムの隠れている樹木ごと切り飛ばす。


「……ふう。これでひとまずは安全だ」

 周囲の安全を確保した俺は、アリスと女の子の方へと視線を向ける。

 女の子は十歳くらいだろうか? 小さな身体を震わせ、アリスの背中に隠れている。すっかり怯えてるようなので、俺はアリスに目配せをする。


「えっと……もう大丈夫だよ、怪我はない?」

 アリスが女の子の前に膝をついて、その顔を覗き込んだ。

 こっちは任せておけば大丈夫だろう。そう思ってユイへと視線を向ける。ユイは落ち葉まみれになって、座り込んでいるところだった。


「まったく、無茶するなっていったばっかりだろうが」

 俺はため息をつきつつ、ユイに手を差し出す。

「し、仕方ないじゃない。女の子がピンチ、だったんだから」

「言いたいことは分かるけど、それで自分がピンチになってたら意味ないだろ」

 ユイの手を掴んで引き起こし、その背中の落ち葉を払ってやる。

「怪我は……ないな。お尻は自分で払えよ?」

「わ、分かってるわよ」

 ユイがちょっぴり頬を赤らめて、お尻をパタパタと払う。


「……ありがとう。また助けられたわね。それと、さっきはアリスのことでカッとなって、その……悪かったわね」

「いや、良いけどさ。二人って、妙に仲が良いよな」

「あぁ、うん。あたし達、姉妹だからね」

「……そっか」

 どう見ても純血のエルフと人間だから、なにやら込み入った事情があるんだろう。相手から話さない限り過去は追及しない。孤児院で学んだ暗黙のルールだ。


「それよりアル、さっきのって攻撃魔術?」

「ん? あぁ、そうだよ」

「あたしにも使えるかしら?」

「属性に適性があるから、同じ魔術を使えるかは分からないな」

「じゃあ、魔術自体は?」

「それは練習すれば、どれかは使えると思うけど?」

 俺がそう答えると、ユイは意外そうな顔をした。どうやら、魔術は才能のある一部の人間にしか使えない技術だと思っていたらしい。


「才能の有無や属性の適性はあるけど、練習してもまったく使えないって奴はいないぞ」

「へぇ……そうなんだ。じゃあ、魔法剣士とかも出来るのね。だったら、あたしはレイピアと攻撃魔法を中心に伸ばして……」

 ユイが自分の世界に入ってしまったので、俺はアリス達へと視線を向ける。女の子はようやく落ち着きを取り戻しつつあるようだ。


「えっと……もう話は出来そうか?」

「あ、はい。助けてくれて、ありがとうございます」

 女の子がぺこりと頭を下げる。まだ小さいのに、礼儀正しい女の子だな。


「助けたのはたまたまだから気にしなくて良いよ。それで、キミみたいな子供が、こんなところでなにをやってるんだ? ……危ないだろ?」

 その点についてはアリスやユイも人のことを言えないと思って言葉を濁した。


「えっと、お母さんが病気で、ポーションを作る薬草が欲しかったんです」

「……薬草? それにしたって危ないだろ? 薬草なら、冒険者ギルドで買うことだって出来る。キミになにかあったら、お母さんやお父さんが悲しむぞ?」

 俺は女の子の無謀な行動を咎めた。


「……お父さんはいません」

「いない?」

「はい。少し前に死んじゃいました。だから、その……」

 女の子は俯いて、薬草を買う代金もままならないような状況で、自力で取りに来る以外に手がなかったのだと答えた。

 アリスやユイは危機感がないだけだけど、この子は決死の覚悟で森に入ったようだ。俺は事情も知らずに、女の子に偉そうに説教をしたことを後悔した。


「あ、あの、身勝手なお願いだと思いますけど、薬草の採取を手伝ってくれませんか?」

「俺は構わないよ」

 孤児院育ちの俺としては、こういう子供は可能な限り助けたい。だけど、二人がどういうか分からない――と口にするより早く、二人はもちろん構わないと頷いた。

 無謀でよく分からない二人だけど、根は良い奴――


「クエスト発生ね。報酬はなにかしら」

 ――と思ったら、ユイは報酬が目当てだったらしい。


「あ、あのあのあの、私、薬草を買うお金もないから、報酬とかは……その」

 報酬を請求された女の子が泣きそうになる。


「……ユイ、いくらなんでも酷くないか?」

 もちろん、正式な依頼なら報酬をもらってしかるべきだ。

 だけど、この子が報酬を支払えないのは、話を聞いていれば分かったはずだ。それを前提でお願いしてきてるのに……と、思わずジト目で睨んでしまう。

「……え? あ、ご、誤解よ! あたしはただ、クエストを達成したらお金とか、便利なアイテムとかがもらえるのかなって思っただけで……ご、誤解よ!?」

「……いや、そんな搾り取る気満々の発言をしながら誤解っていわれても」

 いっそ清々しいレベルの鬼畜である。


「そ、そうじゃなくて、ほらっ、クエストって達成したら、報酬がもらえるでしょ?」

「そりゃ、普通の依頼ならな」

 でも、この子に報酬を期待するのは酷だぞと声には出さずに続ける。


「そ、そうじゃなくてね。クエストを達成したら、報酬が空から振ってきたり、目の前に出現したりするでしょ?」

「………………はあ?」

「し、しない?」

「するわけないだろ?」

「そ、そうよね」

 なにを言ってるのやらである。本当に。

 

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