三年前と似て非なる世界 2
「ログインしたばかり? リアルで綺麗な光景? さっきからなにを言ってるんだ?」
エルフの独特な言い回しだとしても、話がまったく理解できない。
「えぇ、共感してくれないの? こんなにリアルな光景なんだよ? ほら、見てみて? まるで、自分がぴょんぴょん跳びはねてるみたいでしょ?」
「みたいもなにも、自分で飛び跳ねてるじゃないか……」
ちなみに、サラサラのロングヘヤーが跳びはねるたびに揺れている。残念ながら、エルフらしく控えめな胸は揺れていないようだが……間違いなく跳びはねている。
「アリス、少し落ち着きなさい。この人、たぶんNPCよ」
「え、NPC!? 嘘だよ、こんなにリアルな反応するNPCなんているはずないよぉ」
アリスと呼ばれたエルフの少女が驚いているが、プラチナブロンドの少女は俺を指差して「ほら、ターゲットしてみなさい。フレンド登録がないでしょ?」とか言っている。
見た目は可愛いけど、変な女の子達に捕まっちゃったなぁ。
「ねぇ、あなた。本当にNPCなの? 違うよね? プレイヤーだよね?」
「いや、その質問の意味がまったく分からない」
「えぇ? じゃあ……本当に、この街にずっと住んでるの?」
「それが、俺自身よく分かってなくてさ」
三年前の世界に戻ったみたいだけど、暮らしていた孤児院はなくなっている。そんな状況をどうやって説明すれば良いのか。
「なるほど、分かったわ」
「えっ、いまので分かったのか!?」
理解されるなんて思ってなくて、俺は思わず驚いてしまった。
「ええ、要するにあなたは、訳ありの過去を持つ、チュートリアルの案内人なんでしょ?」
「は? なに? チュートリアル?」
混乱する俺に対して、アリスが「なるほどぉ~」と納得している。
「私はアリスで、こっちはユイ。それで、あなたの名前はなんて言うの?」
「俺はアルベルトだけど……」
アリスに尋ねられ、反射的に答えてしまう。そんな軽はずみな自分を責めるより早く「じゃあ、アルくんだね」とアリスが微笑んだ。
「ア、アルくん?」
「うんうん。アルベルトだからアル。アルだからアルくん。……ダメ、かな?」
「いや、呼び方くらい、好きにしてくれても良いけど……」
その呼び方はフォルを思い出す。もっとも、フォルだけじゃなくて孤児院の子供達はみんな、俺をそう呼んでたけどな。
「ねぇアルくん。もし良かったら、私達に戦い方、教えてくれないかなぁ?」
「装備が初心者っぽいからまさかと思ったけど、これからデビュー……なのか?」
「うん、そうだよ。さっきログインしたばっかりだから、戦闘はこれからなんだ。ユイは他のゲームで慣れてるみたいだけどね」
「ふぅん?」
ゲームっていうと、子供同士のチャンバラとかだろうか?
「取り敢えず、そんな華奢な身体で冒険者になるのはやめた方が良いぞ?」
「ふふっ、このゲームでもテンプレはあるのね」
「……テンプレ?」
どういうことだと、クスクスと笑っているユイに視線を向ける。
「お前達は戦いに向いてないと煽っておいて、実際に戦わせてから、才能が在るかもしれないな――と手のひらを返して、プレイヤーをその気にさせるのよね?」
「いや、本気で危ないって言ってるんだけど……」
「大丈夫よ、そんな風に煽らなくても、あたし達はもう、このゲームを続ける気満々だもの」
なにを言ってるのやらである。
「……よく分からないけど、冒険者になりたいなら、冒険者ギルドに行った方が良いぞ。あそこなら、初心者に最低限の講習はしてくれるからな」
「あら、あなたは教えてくれないの?」
ユイの問い掛けに、俺は苦笑いを浮かべて肩をすくめる。
フォルが俺と同じようにこの世界にいるのなら、この街にやってくる可能性が高い。だから俺がするべきなのは、この街で冒険者かなにかをしながら待ちつつ、情報を集めること。
時間的な余裕はあるんだけど……関わったらややこしいことになりそう。という訳で、俺は話を切り上げて、この場を立ち去ろうと思った。
だけど――
「うぅん、仕方ないわね。アリス、二人で狩りに行ってみましょ?」
ユイがアリスに向かってありえない提案をした。
「え、アルくんは、冒険者ギルドに行くべきだって言ってるよ?」
「そうだけど、これだけ自由度の高いゲームだし、チュートリアルは後でも良いじゃない」
「それは……たしかにそうだね」
「いや、そうだね――じゃねぇよ!」
盗み聞きしてた俺は思わずツッコミを入れてしまった。お節介だと思うけど、いたいけな女の子二人が無残に魔物に殺されるを見過ごすことは出来ない。
「戦い方も知らない女の子が二人で、いきなり狩りに行くのは無謀だ。せめて人数を集めるとか、訓練をするとか、準備をするべきだ」
「大丈夫よ、ちょっと魔物と戦ってみるだけだから」
「大丈夫じゃねぇよ。それで死んだらどうするんだ!」
「まぁ、そのときはそのときよ」
「おいおいおいおい……」
びっくりするくらい無防備だ。自殺願望があるわけじゃないだろうし、なんとかなると思ってるんだろうけど、いくらなんでも楽観的すぎる。
「えっと……アリスだっけ? ユイを止めた方が良いぞ」
「え? うぅん……私はこういうゲーム不慣れだから、ユイに任せようかなって」
「……いや、だから……死んだらどうするんだよ?」
「どうって……最初だし、デスペナはたいしたことないんじゃないのかな?」
意味が分からないが、こっちも似たり寄ったりらしい。
完全に現実が見えてない。
ダメだ、このまま行かせたら、間違いなくあの世まで行っちゃう。
「あぁもう、分かったよ。俺が一緒について行ってやる」
「え、ホントに? アルくん、ついてきてくれるの?」
アリスが目を輝かせる。俺がこくりと頷くと「わぁい、アルくん。ありがとうね」と俺の手を握ってきた。
なんか、スキンシップが激しい女の子だな……と思っていると、ジトッとした視線を感じる。ユイがジト目で俺を睨んでいた。
「……なんだよ?」
「言っておくけど、アリスには想い人がいるからね? 勘違いしちゃダメよ」
「いや、別に勘違いはしてないけど」
「アリスも、ロールプレイのつもりかもだけど、誤解されないように気を付けなきゃダメよ」
「ふえ? 私、別にロールプレイなんてしてないよ? むしろ、それはユイの方――」
「はいはい、そういうことにしておけば良いのね。とにかく、気を付けなさい」
ぴしゃりと言い放ち、ユイが俺へと向き直る。
「それで、あなたはホントについてきてくれるの?」
「さすがに、お前らが死にに行くのは見過ごせないからな」
「そっか……ありがとう。なら、お言葉に甘えるわ。ありがとうね、アル」
意外にも素直な感謝の言葉が飛んでくる。その微笑みは見た目よりも幼く感じる。だが、そんな彼女の紫の瞳が、俺の身体を上から下まで見て怪訝になった。
「……よく見ると、アルもあたし達と同じような初期装備ね?」
「え? あぁ……ホントだな」
竜殺しの魔剣どころか、俺の装備が一式なくなっている。けど、この周辺の敵なら、素手だって問題なく対応できる。問題はないだろう。
「もしかしてこれ、面倒を見てやるっていう偉そうなNPCの方が、実はプレイヤーより全然弱くて……ってテンプレかしら?」
「ちょっと、ユイ。そんな失礼なこと言ったらダメだよ!?」
なんだか好き勝手に言われてるけど、やっぱりよく分からない。なんだか妙なことに巻き込まれたなぁと思いながら、俺は二人を連れて森へ向かった。