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三年前と似て非なる世界 1

 俺は街のど真ん中で立ち尽くしていた。

 どうして……こんなところに? いや、それ以前に、俺は死んだんじゃなかったのか?

 慌てて自分の身体を確認するが、傷口はどこにも見当たらない。それどころか、戦いの日々でついた古傷の痕なんかも綺麗さっぱり消え去っている。


 そういえば、死の間際に女神様と邂逅したような気がする。あれが気のせいじゃなかったのだとすれば、治療してもらった上で、どこかの街へ転移させられた、のか?

 周囲に意識を向けた俺の目に飛び込んできたのは、活気に溢れた街の人々。それを見た瞬間、俺はありえないと思った。

 女神様のお告げがあってから三年。数え切れないほどの町や村が滅んだいま、こんなにも活気のある街が残っているはずがない。


 でも……あれ? 俺、この街を知ってるぞ。

 女神様のお告げがあった後、最初に滅んだ街。俺やフォルが暮らしていた故郷にしてローゼンベルク領にある二番目に大きな街、エレニアの街だ。


 そういえば、女神様が三年前の世界を平和で暮らしやすく再構築すると言っていたな。なら、ここは三年前のエレニアの街、フォルが生きているかもしれない世界!

 そう思った瞬間、俺は走り出していた。


 目指すのは街の外れにある孤児院。

 道行く人々のあいだを駆け抜け、路地を通って近道をして、まっしぐらに俺やフォルが育った孤児院を目指して走る。


 ……おかしい。

 身体が重くてたちまちに息が上がる。孤児院で暮らしていた頃ならともかく、冒険者として鍛えているいま、この程度で息が上がったりはしないはずだ。

 ……いや、いまは原因究明よりも孤児院に向かうのが先だ。俺は使い慣れた強化魔術を使って身体能力を上げ、全力で孤児院へと向かった。


「ここ、だよな?」

 俺の記憶にあるのは、街の片隅にある大きな敷地。そこにぽつんと建つ寂れた孤児院……だったんだけど、そこにあるのは憩いの広場。

 大きな円形の広場で、ところどころにある花壇には様々な花が植えられ、中心には女神像が奉られている。俺の記憶にある孤児院は跡形もない。


 どういう……ことだ?

 エレニアの街だと思ったのが、そもそもの勘違いなのか? ……いや、孤児院以外は、俺の記憶にある街並みそのものだった。ここは間違いなくエレニアの街だ。

 だとしたら、三年前というのが勘違いで、実は復興したあと……とか?

 いや、それだってありえない。

 エレニアの街はスタンピードで見るも無惨に滅び去った。何十年と経って街が復興する可能性はあっても、街並みがもとに戻ることはありえない。


 だとしたら、ここはやはり三年前のエレニアの街――だけど、孤児院だけが存在しない?

 どういうことだ?

 俺にやり直しの機会を与えるのなら、どうしてフォルがいない。すべてを失う前、三年前に戻しておきながら、フォルだけがいない。そんなの……あんまりだっ!

 俺は俯き、ぎゅっと拳を握り締めた。


 ……いや、まだフォルがいないと決まったわけじゃない。

 孤児院がなくても、俺はここにいる。だとしたら、フォルだってどこかにいるかもしれない。いや、きっといるはずだ。


 問題は、どこにいるのかと言うこと。

 孤児院に来る前のフォルがどこの子だったのかは聞いたことがない。孤児院に引き取られた子供達のあいだで、その手の質問はタブーだったからだ。

 だけど、フォルの行動なら予測が出来る。

 もしも、フォルが俺と同じようにこの世界にいるのなら、必ずこの場所に来る。そしてここに孤児院がないと分かれば、冒険者ギルドへ行くはずだ。


「うわぁぁぁあっ、見て見てっ! この世界、すっごくリアルだよ!」

「見てるわよ。さすが最新のダイブ型VRね、本当に綺麗だわ」

「だよね、だよねっ! ――って、あれ? ユイのしゃべり方がいつもと違うね……って、その姿、どうしちゃったの?」

「あぁ、これは……」

 なにやら、女の子達のはしゃいだ声が聞こえてくる。

 見れば、桜の色味を帯びた金髪をなびかせるエルフの少女と、白銀の髪をなびかせる妖艶な女性が並び立っていた。


 エルフの少女は魔術を使う杖をその手に持ち、妖艶な女性は剣を腰に携えている――が、その装いは明らかに駈けだし冒険者だ。

 しかし、エルフといえば森の奥で暮らしていて、人里に現れるのはわりと珍しい。

 普通の駆け出し冒険者のようでいて、どことなく普通とは違う。不思議な二人だなと思ってみていると、エルフの少女と目が合った。


「こんにちは~」

 整った顔に柔らかな笑顔を浮かべ、エルフの少女が小走りに駆け寄ってくる。

 気位が高くて付き合いにくい印象を持つ。そんなエルフの人なつっこい行動に、俺は思わず周囲を見回した。誰か他の奴に話しかけていると思ったからだ。

 だが、エルフの少女が俺の目の前に立った。

 どうやら、気のせいでもなんでもなく、俺に話しかけているらしい。


「こんにちは。えっと……俺になにかようか?」

「よう……って訳じゃないんだけどね。この感動を誰かと分かち合いたくて。あなたが近くにいたから思わず声を掛けちゃった、えへへ。――すごいよね、この世界!」

 両手を広げてクルリと回る。桜の色味を帯びた金髪がふわりと広がる。整った顔立ちの種族であるエルフの中でも、相当な美少女に思える。

 その姿はすごく可愛いけど……テンション高いな。


「こーら、咲夜(さくや)。じゃなくて……えっと、アリステーゼ?」

「アリスで良いよ、ユイ」

「じゃあ、アリス。彼が困ってるでしょ」

 もう一人の女性がエルフの少女をたしなめる。


「ごめんなさい。……って、ユイはそういうキャラで行くの?」

「あら、あたしはもとから、こういうキャラよ。産まれたときから、ね?」

 ユイと呼ばれた女性が、ふわりと髪を掻き上げる。プラチナブロンドの美しい髪が舞い、日の光を浴びてキラキラと反射する。

 顔立ちが整った種族であるエルフの少女と並んでも、まったく見劣りしていない。

 種族こそ違うが、並んで立っているのを見ると仲の良い姉妹のようにも思える。仲良しの二人みたいだけど……まったくもって話が飲み込めない。

 俺は頬を掻きながら、「結局、なんのようだ?」と繰り返した。


「あ、ごめんね。私達はたったいまWorldOverOnlineにログインしたばっかりなの。だから、物凄くリアルで綺麗な光景にはしゃいじゃった。……驚かせてごめんね」

 ちろっと舌を出すエルフの少女がなにを言っているのか、俺にはさっぱり分からなかった。

 

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