第8話 心弱き王子様
「もう、死のう」
とある青年がお城の尖塔の屋根に立っていた。城は崖の上にたっており、その遥か下には、白波がはじける荒々しい海がどこまでも広がっている。
「あなた、死んでしまうの?」
私は、その青年を見下ろしながら呟く。
「わっ、わっ、わっ、き、君、どうやって、ここにのぼって来たんだい? 入り口は一つしかないのに。先ほどまで、僕の上には誰もいなかったはず」
私は、尖塔の先端にお尻をのせて、座っていた。
ちょっとだけ、先が食い込んだけれど気にしなかった。
「え? どうやってって、空間転移魔法よ。ほら、空間をぴょんと飛び越えるあれのことよ。ちょうど、あなたが、飛び降り自殺なんかしようとしているから、あの雲の遥か向こうから見物するよりも、近くで観察したいと思って」
「そ、そうなんだ」
青年は金髪碧眼をしていた。顔の色は白く、端正でかつ凛々しい。
生まれの良さが滲み出ている。
赤と金の刺繍がほどこされた豪奢な服を着ており、マントが風になびいていた。
「あら、あなた、もしかして、貴族なの?」
「僕のことかい? えっと、貴族というか、王子だよ。運が良くてね」
彼の名前は、ピエール。
北の大国アルアルの王子だという。
なら、今、私にくいこんでいる大きなお城も、海を背後に抱くとてつもなく広い王国も、彼のお父様が統治しているものなのね、と私は思った。
「運が良かったというのはどういうこと? 聞かせて?」
彼は、もともと貧民層の生まれだったらしい。
それがひょんなことで、その美貌を見染められ貴族――――子爵だとか、男爵だとか、公爵だとかの養子となり、最近、実は王子だったのだと判明したらしい。
「どうやって、あなたが王子だとわかったの?」
「それは、お父様が、魔女に占ってもらったのさ。そしたら、子供がいるとわかったらしいんだ」
「捨てられたの?」
「いや、お父様が陰でちょめちょめしていた女の人の中に僕の母親がいたらしいんだ」
「まあ!!」
「お父様は種なしだったらしく、数いる妻の間にも子供がおらず、奇跡的に、その、言いにくいんだけど、できちゃっていたのが、僕だったというわけさ」
「へえ、そんなこともあるのね」
「うん、運が良かったんだ」
「で、あなたのお母様は?」
「性病で死んだよ」
「あら、それは残念」
王子は、私と向かい合って話をしていた。
王子は、屋根の側溝に足をかけ立っており、私はその屋根の頂上に座っていたので、王子からは、風に吹かれめくれている私のパンツが見えていただろう。
でも、さすがは王子。教育されているのか、私のカボチャパンツを見ても、顔色一つ変えなかった。
「で、なんで、死のうとしていたの?」
「婚約破棄されたんだ」
「まあ、それは懐かしい言葉ね」
私も過去に婚約破棄した事があった。
『婚約破棄よ!!』と気持ちよく、もう一度叫びたい。
「婚約破棄よ!!」
「えっ、えっ、えっ? なんで、急に、そんなふうに叫ぶんだい? ぼ、僕を傷つけたいのかい?」
「この程度で、傷つくなら、さっさと死ねばいいのよ。さあ、頭から海にドボンとしなさい」
「・・・・・・」
王子は、遥か下方の海を目に入れ、ゴクンと唾をのみこんだ。
「死ぬ勇気もないくせに、『もう、死のう』なんて、自分に酔いながら呟いて、ああダサイ。死にたければ、さっさと死ねばいいのよ。でも、残念だけど、あなたはここから飛び降りても死ねないわ」
「んえ? ど、どうしてそう思うんだい?」
「あなたの、パラメーターをチラ見すると、ここから飛び降りるくらいでは死ねないとわかるからよ。だって、下は海でしょ。柔らかすぎるわよ。ただ冷たい海水にもまれ、死ぬことなく、苦しむだけよ」
「そんな・・・・・・」
王子は悲しんでいるようにも見えたが、どこかほっとしているようにも見えた。
「ねえ、そんな、死ぬなんてつまらないことを考えるよりも、私の仲間にならない? 私、あと一人仲間が必要なの。そう宣言してしまったのよね。仲間を三人作るって。どうせ、殺す予定の命でしょ? それなら、私に預けてみない?」
「駄目だよ。だって、君、幼女だし」
「あら、幼女だけれど、私、これでも26よ」
「う、嘘だよね」
「いえ、本当よ」
王子は、私の年齢を聞いてびっくりしているようだった。
26歳でも、こんなかわいらしい子がいるんだという表情をしていた。
「私に仕えれば、あなたが死にたいとき、いつでも殺してあげる。これでも、私、ずいぶん殺すのうまいのよ。プスッと、あなたを安楽死させることもできる。それでも嫌?」
「・・・もう、なんか、死にたくなくなってきたんだ」
「あら、婚約破棄の痛みはなくなったの?」
「いや、メメコに婚約破棄と宣言されたのはすごく痛かったよ。胸が痛くて張り裂けそうになった。ベッドで、おもらしをしてしまったかと思えるくらいに涙を流した」
「で、絶望して、死のうと思ったのね。なんて、馬鹿な男なのかしら」
「僕が馬鹿?」
「ええ、馬鹿よ。女なんていくらでもいるのよ。その悪役令嬢っぽいメメコだけがすべてではないのよ。私だって女なのよ、王子様」
「君も・・・女・・・」
「ええ、私も、女」
私と王子は見つめ合った。
夕暮れ時の、水平線にかかろうとしている太陽の光が私たちを照らしていた。
つり橋効果というのがある。
ドキドキした場所で起こった何気ない出来事が、恋を誘発するらしい。
王子が、私の何を気にいったのかはわからない。
でも、王子の目は、先ほどまで、何も感じていなかった私のカボチャパンツに釘付けになっていた。
そして、私には、わかっていた。
王子が、この私に恋をしたのだと。
だって、王子は私の手ではなく、私の足を手に取り、口づけをしたのだから。




