第6話 残酷な恋物語
私の職業である消毒師は、かなりレアな職業だ。
賢者の上位互換の職業であり、おそらく、この職業であるのは世界で、私しかいない。
それもそのはずで、この職業になるには、それこそ超がつくほど、深いダンジョンの最下層まで潜らなくてはならない。
なみいるモンスターを倒し、多くの時間を費やし、やっとのことで、目的の階層にたどりついても、さらに、消毒師の像に認められなければならない。
消毒師像があるダンジョンの場所は教えられない。ただ、やばい場所にたつ病院の地下深くとだけ言っておこう。
私は暗黒面に目覚めた。
そして、数多もの描写できないような悪行を重ねた結果、こう言われた。
(暗黒面の熟練度が一定値を超えました。よって、更なる上位職に転職できます)
消毒師以上の上位職?
職業には、その職業にしかない特殊技や、特殊スキル、特殊魔法がある。
消毒師には、特殊魔法が備わっており、その一つが魔王討伐の時に、私が使ったラブ・ドゥース(そのために、私は幼女化してしまったが)であった。
もし、更なる上位職に転職したら、一体どんな特殊魔法をみにつけてしまうのだろうということに私は興味があった。
だが、転職するには、消毒師像のある最下層まで、潜らないといけない。
一人ではきつそうだ。
なので、仲間を集めることにした。
仲間は、私を含めて四人でいいだろう。
話数にして、三話。
仲間集めの始まりだ。
○
まず、最初の仲間――――ラインと出会ったのは、小さな酒場だった。
看板が傾いた、今にも潰れそうなそんなボロボロの酒場で、彼は酒を飲みまくっていた。
「ウイップン・・・・・・あんたは、誰だい?」
「私は、消毒師メリクリ。ちょうど、仲間をさがしているの」
「ウヘ~~イップ・・・・・・へえ、仲間をかい」
ラインは、カウンターに座っていた。客はほとんどおらず、オーナーはラインの泥酔具合など気にせず、求められれば、酒を出していた。
ラインは、アルコール度数99パーセントの酒を、何十リットルも飲んでいた。
「ウイップ。ゲップ、ゲップ・・・で、俺を仲間にしたいわけだ。ゲロゲロゲロ」
「随分荒れているようね」
ラインは、十刀流剣士だった。背中には、大小さまざまな剣を下げていた。
そこそこ有名な冒険者で、別名―――白衣の騎士と呼ばれていた。
「ああ、そりゃあ荒れるさ。ゲップ・・・地上に戻ってきてみりゃあ、愛した女があんな風になちまうなんてさ」
ラインは、デスダンジョンに潜っていたという。そのダンジョンは、たかだか地下100階程度のダンジョンで(まあ、私から見たら大したものではなかったが)、ある日、街一つ丸ごと、飲み込まれてしまったという。
何万という人間が突如、トラップ多数の魔法ダンジョンに飲み込まれたときの、乱痴気騒ぎは大変だったらしく、それを懐かしげラインは語り、何度も気持ちよくゲップをした。
そのダンジョンは、一人のマッドウィザードの魔法によるものだったらしい。
「でっ、三年の月日を費やし、俺は、最後に、ご都合主義で、階層20階で、そのマッドウィザードを倒したさ。そして、ダンジョンを解放した。ゲゲゲゲップ」
何故、階層20階でマッドウィザードを倒すことができたかというと、たまたまラインがモンスターと間違え、斬りかかった友人が、実はそのマッドウィザードだったのだという。まさに、ご都合主義だ。
ダンジョンを攻略したことで、地上に戻ってくることができた時には、街の人間は10分の1程度になっていたという。
三年もの月日には、さまざまなドラマがあったとラインはグラスにおう吐しながら、語ってくれた。主に女がらみだが、それでも、そんなハニートラップを乗り越えてでも、ラインには守るべき相手がいた。
彼女の名は、ナシア。
彼女はじゃじゃ馬だったが、可愛い顔をしていたという。
背はそれほどまで高くなく。武器は、裁縫の針。別名、鈍足のナシアと呼ばれていたそうだ。
彼女は、男ばかりのそのデスダンジョン攻略で、最前線で戦っていた。
皆、彼女を地雷だと罵っていたが、最前線で戦うラインとナシアが恋仲なるまでには、それほど時間はかからなかった。
「俺には、ナシアがなんで、鈍足なんて呼ばれていたのかわからなかった。だって、武器は裁縫の針、体だってこうホッソリしていて、髪なんて艶ややかな赤で・・・・・・可愛くて、華奢で、とても鈍足なんかじゃなかったんだ。ゲゲゲゲゲゲゲゲップップ」
ラインは、酒をグイッと煽り、バンとカウンターに叩きつけた。
ラインの顔は無精ひげに覆われていた。
髪は白く染まり、身に着けた白のコートはボロボロかつ色あせ、荒み具合が実に痛々しかった。
それでも、まだ瞳は綺麗で、彼の純粋さは失われていないようだった。
そんな20歳程度のこの若者を、こうまで荒ませ、老けさせてしまったのは、いったい何だったのか私は気になった。
「あなたの心の闇を聞くわよ」
私がこう言うと、ラインは、酔っていたためか、ナシアとの間で起こった様々なイベントを話してくれた。
どれだけ、彼女を愛していただとか、どれだけ、彼女との心の繋がりがあっただとか、ご都合主義の彼女とのコンボバトルがどれほど素晴らしかったとか、まあ、文字数稼ぎのどうでもいい話ばかりだった。
「私は、そんな、ブスのナシアのことなんて、どうでもいいの。あなたの心の闇が知りたいの」
「おお、深く突っ込むね。わかったよ。語るよ」
ラインは肩を落とし、これほどまでにラインが荒んでしまった原因をとうとう語りだした。
「あのダンジョンは特殊だったんだ。そう、数多の魔法トラップが敷かれていた」
そんなことはもう聞いていた。
だが、ラインのその言葉には奥深い何かがあると私は直感した。
私は、文句を言わずに頷く。
「で、そのトラップは、マッドウィザードを倒した時に、解除されたんだ。そして、俺たちは地上に出てくることができた。みんな、陽の光を見て、歓喜の叫びをあげていた。俺は人を押しのけ、仲間を押しのけ、岩を押しのけて、ナシアを探したんだ。やがて、一人、また一人と、俺のそばから消えて行った。そして、最後まで残っていたやつがいた」
「それが、ナシアだったのね」
「ああ、そうだ」
魔法トラップは、マッドウィザードを倒したことで解除された。
このことから、私にはなんとなくもう結末が予想できていた。
「で、彼女は、何になっていたの? ネズミだった? それとも、ゴキブリだった? それとも――――」
私はそれ以上は言うことができなかった。
なぜなら、この世界を縛る《ヒンシュク》という魔法が、私に降りかかるのが嫌だったからだ。
その《ヒンシュク》という魔法はとんでもなく強力な魔法で、この世界をと言うかデーターを破壊してしまうらしい。
「いや、一応は人間だった。ただ、俺の知っているナシアではなかった」
魔法トラップは、マイナスに働くものが主だが、ごくまれにプラスに働くものもあるらしい。どうやら、ある種のプラス効果がある魔法トラップにナシアは引っかかっていたのだ。
そして、その魔法トラップは、マッドウィザードを倒したことで解除されてしまった。
地上に戻るために、死に物狂いで頑張って来たのは、みんなのためのいうよりも、ナシアととも先の未来を共に生きたいという願望が、ラインは強かったのだろう。
ナシアの真の姿を見たラインの絶望は計り知れない。
「でも、ナシアの見かけは変わってしまっていたとしても、心は変わってはいないわ。あなたは、彼女の心を愛していたのでしょ?」
「ゲボゲボゲボ・・・ああ、確かに、俺はナシアの心も愛していた―――と思っていた。だが、ダンプカー級のプロレスラーのような姿になったナシアを見て、俺は本当にこいつの心を愛していたのかと疑問に思ってしまったんだ。
俺たちは、地上の輝きの中で抱き合ったさ。俺は、こう、ナシアのキングゴブリンよりもぶっとい腕に抱きしめられ、ぶちゅ~~~~~うと濃厚なキスをされた。そして、その太陽の輝きの中で、悟ってしまったんだ。
俺には、こいつを愛することは無理だと。
おおっと、言い訳をさしてくれ。
女は皆、『心を愛して』というけれど、こいつらは、果たして、男の心を愛しているのかと。
正直、このモンスターナシアは、俺が同じように外面が変わり果て、禿でちびでデブで悪臭放つおっさんになったっとしても、果たして、愛してくれるのかと」
ラインは、すぐに、答えは否だと思ったそうだ。
その瞬間、ナシアへの愛情は霧散したとラインは語る。
ナシアは、外面がいいことに価値があり、それ以外は商品価値すらないまがい物で、料理はできない、掃除も出来ない、ずさんでわがまま、気が利かない、他人の気持ちはわからない、さらにマグロでかつ緩いと――――まあ、粗大ゴミ以下の人間だったという。
私は、ラインがナシアを捨てたのには頷けた。
しかし、男とは心の弱い生き物。女ほどメンタルは強くないのだ。
なので、こうして、ラインは酒をあおり、過去を忘れようとしている。もがいている。
本当に、馬鹿みたい。
「私に、ついてきなさい」
「あん?」
何を言っているんだ?という顔をラインはする。
「ほら、あなたの過去を消してあげる」
私はラインの額に指をあてる。淡い光の波紋が、額の中心から広がり、やがて消える。
ラインが話してくれた残酷な過去を、私は消し去ってあげた。
その魔法の名前は秘密。
相手が話してくれた過去だけを、都合よく消せる魔法だ。
「あれ!? 気持ちが軽い。ははは、気持ちが軽いよ!!」
「そうでしょ」
ラインは、私の両手を強く握った。
「俺、あなたに、ついていきます。ついていかせてください」
ラインは、記憶を失ったことで、私の虜になったぽい。
なんて、男って単純なんでしょう。
私は、清楚清純だった過去の私自身にこう言ってやりたい。
――――――真面目に生きるだなんて、最低のことだってね。