第4話 幸せな家族
10年ぶりに、ルッコリ地方の片田舎、ムッホリに帰って来た。
ここは田園風景豊かな私の故郷。
でも、私の生まれた家はすでになく、私は両親のお墓参りに赴いていた。
「私、やっとご報告できます。魔王を倒したのです」
父と母は私を厳格に育てた。
父は僧侶、母は魔法使い。その子供として生まれた私には、特別な才能があった。
そして、
16歳の時に、勇者アレルと出会い、
魔王を倒すために、この村を出た。
あの時が懐かしい。
両親が眠るお墓は、貧相なものだった。
そこら辺の転がっている石が置かれているだけ。
そこに、私の父と母の名前が刻まれている。
両親の死は、魔王が下した罰。
この墓石は、町から贈られた、両親へのせめてもの感謝の印。
私は、跪き、両親の亡骸が眠ってはいないこの場所で、祈りをささげた。
墓前で両親への報告を終えた後、町外れで、昔の友人と再会した。
彼女の名前は、セーラ。
栗色の髪を肩に流した彼女は、抹茶色の服を着ていた。
スカートが長く、袖も長い。
そばかすは昔のままだった。
彼女にはすでに子供がいた。
5歳の男の子と、3歳の女の子だった。
「可愛いわね」
「ええ、ありがとう。メリクリ」
最初、私の姿を見たとき、セーラは驚いていた。
それも、そのはずだ。村を出て行った時よりも、幼い時分の私がセーラを待っていたのだから。
私たちは、村で有名な喫茶店でお茶をした。
私はドスドスティー、セーラはピーチティーを頼んだ。
ドスドス果実は、この村の名産品の一つだ。
赤い葉をつけた木に、ゴブリンに似た果実がみのる。その味は、世にもいえぬ不思議な味がすると言われ、市場に出回ることはほとんどない。この村以外では、まずお目にかかれないものだ。
私は、そのドスドスティーの、嘔吐物にも似た不思議な味を堪能しながら、セーラと会話をした。
「そうなんだ、アレックスと結婚したのね」
「ええ」
セーラとアレックスは、私が村を出る前から恋仲だった。
私が、魔王討伐のためにストイックに生きている時、この女は、アレックスと仲良くやっていたわけだ。
「ねえ、メリクリ、あなたのその姿、もとに戻ることができそうなの?」
「さあ、どうかしら、老化の薬でも飲めば、戻ることはできるかもしれないけど、あれって、気まぐれらしいし、もし、うまくいかなくって、おばあちゃんになってしまいましたっていうのも嫌じゃない?」
「うふふ、確かにそうね」
「だから、私、この姿でいようかなって、思っているの。それに、新たな力に目覚めたらしいし、もしかしたら、まだ世に知られていない魔法を覚えるかもしれないじゃない?
ほら、年齢をコントロールする魔法とか」
暗黒面に目覚め、そのさらなる高みにたどりついた消毒師は、今だかつていない。
未知なる領域が私の前に広がっていた。
「そんな、魔法があるの?」
「わからないわ? でも、ないとは言い切れない」
「そうなの・・・」
セーラは目を伏せ、ピーチティーに口をつけた。
「ねえ、次の子はいつ生まれる予定なの?」
「え? 気がついていたの?」
「もちろんよ。私を誰だと思っているのよ。消毒師なのよ」
「・・・すごいのね」
セーラは妊娠をしていた。
お腹はまだ膨らんではいない。
ただ、セーラのお腹から、生臭い悪臭を感じるのだ。
二か月といったところだろうか。
「アレックスとは仲がいいのね」
「そんなことないわよ」
そんなことないですって!?
この女は、幸せに生きている。
家庭を持ち、子供もいて、ちゃんとお金を稼いでくる真面目な主人もいる。
さらに、アレックスは結構なイケメンだった。
私は、アレックスに淡い恋心を抱いていたこともあった。
でも、私には、恋なんかよりも、大切なこと――――世界を平和にするという使命があった。
そのために、いろいろ犠牲にしてきたのに・・・、
今の私は、何?
この女を見ていると、イライラする。
なんか、私がすごく不幸みたいじゃない。
「アレックスは元気?」
「ええ、元気よ」
「そう・・・久しぶりに、アレックスに会いたいわ。私たち、幼馴染だし」
「えっと・・・でも、今、彼、忙しい時期だから、無理かもしれないわ。ほら、彼、採掘をしているでしょ。いろいろ大変なのよ」
採掘に忙しい時期などはない。
地中に埋まっている石には、刈り時などないのだ。
「じゃあ、そろそろ帰ろうかしら。マーガレット、ルイ、帰りましょ」
セーラは喫茶店の外で遊んでいる子供二人を呼んだ。
「じゃあ、またね、セーラ」
「ええ、またね、メリクリ。あなたに会えてよかったわ」
私は一人、喫茶店のポーチに取り残された。
その後、私は、セーラの家というか、アレックスが住んでいる家に赴いた。
直接、家のドアをノックしたわけではない。
家の見える位置にある木陰に隠れ、こっそりと様子をうかがったのだ。
二階建ての家だった。
外壁はピンク。
窓の数から、かなりの部屋数があることは明らかだった。
陽の光が空を茜色に染める時間帯、
彼女たちは中庭でバーベキューをしていた。
私の隠れている木陰にまで、おいしそうな香りが漂ってきていた。
アレックスは肉を焼いていた。
相変わらすスマートで背が高く、
昔よりふけはしていたものの、
時折見せる憂いを含んだ優し気な表情は全く変わりなかった。
子供たちははしゃぎまわり、
それを、揺り椅子に座ったセーラが、微笑を浮かべ、見つめている。
幸せな家庭像がそこにはあった。
私は、無性に腹が立った。
気がつくと、私は魔法を使っていた。
こいつら、家族を葬り去ることは、今の私にはわけもないことだった。
しかし、
アレックスには罪はない。
可愛い子供達も罪はない。
罪があるのはセーラのみ。
私は、娘のマーガレットをそばに呼び出していた。
灌木の影で、私とマーガレットは向き合っていた。
ガラス玉のような、ぼんやりとした瞳をマーガレットは私に向けていた。
頬のそばかすはセーラのそれとほとんど同じだった。
マーガレットは、幼い頃のセーラの生き写しだった。
ただ、髪が若干、黒味帯びているだけ。
私は、マーガレットにナイフを渡した。
それは、ここに来る途中、用水路で拾ったもの。
表面には錆が浮かび上がり、黒々としてはいるものの、先端はまだ尖っていた。
暗黒面に目覚めたことで覚えたある操作魔法を、私はマーガレットにかけた。
「――――――わかった?」
「うん、私、お姉ちゃんの望みを叶える」
「すごくいい子ね。望みを叶えれば、あなたは、元のあなたに戻ることができる。でも、あなたがしたすべての行いは、同時にすべて忘れてしまう。そして、私と出会ったこと、話したことも、もうその時には覚えていない。
うふふ、私のために、頑張ってね」
「うん、私、お姉ちゃんのために頑張る」
マーガレットは、駆けて行った。
この先、彼女ら家族に起こる未来は決まっていた。
それはここでは描写しない。
何故かって?
もし、その凄惨な描写してしまえば、この世界を滅ぼす《曖昧模糊なレッド18指定による理不尽な――》というクソ魔法が私に降りかかるから。
けれど、耳をすますと、心地よい悲鳴が聞こえて来た。
私は鼻から大きく息を吸いこむ。
もう、あの悪臭は匂わない。
そして、あの家族は、これからどんなに頑張って幸せになろうとしても、どこか不幸の影が落ちる。
それは、私とってすごく心地が良いことだった。