第2話 追放? いいわよ、こっちは婚約破棄よ!!
「追放だ」
「んへ?」
勇者アレルは、私に向かってそう言った。
聞き間違いをしたのではないかと思った私は、問い返す。
「ついほう? それってどういう意味?」
「だから、追放だって言っているんだよ!!」
私たち、勇者パーティーは、エルダの酒場にいた。
ここ一カ月ほど、魔王討伐成功のパーティーなどに、ひっぱりだこにとなり、お互い顔を会せることも難しかった。
やっと、お互いの時間を見つけ、集まることができたのに、アレルは何を言っているのだろうか?
「私の、聞き間違いではないわよね」
「ああ、これはもう決定事項だ。バッコイやギンも喜んで了承してくれた」
二人に視線を送ると、私と視線を合わせない。
「すまないなんて、言わないよ。これは決定事項なんだからね」
「へへへ、なんだよ。そのクソみたいな目を向けるなよな」
二人とも何か様子がおかしい。
「どういうことなの? どうして、そんなことを・・・・・・」
戸惑う私の言葉に、アレルは、
「そりゃあ、もちろん、お前が幼女になってしまったからだよ」
今の私の容姿は6歳程度だった。
今は、フリルをあしらったピンクの子ども服を着ている。
「だって、私たち・・・・・・あの・・・・・・その・・・・・・」
私は婚約している事実をアレルに伝えることができなかった。
私は、薬指にはめたブカブカの婚約指輪をいじる。
「婚約指輪を何、いじってんだ? ああ、そうか、そうか、婚約のことか。
残念だけど、あれは、なしにするぜ」
「ん・・・・・・え?」
「だってさ、今考えると、俺も甘かったんだと思うんだよな。ほら、俺って、魔王を倒すために一生懸命だったじゃん。世の中のことをよく知らなかったんだよな。純真無垢な健気な青年だったわけ。
でもさ、
こうやって、平和になってよくわかったことがある。それは、世界には美女がいっぱいいるってことさ。世界には、メリクリ、女はお前ひとりじゃなかったんだよ。うへへ
だからさ――――」
アレルは、薬指にはめた、私との婚約指葉を外し、親指を使って、ピンと上にあげる。
瞬間、腰に下げていた剣を抜き、私との婚約指輪を一閃。
「あ、アレル・・・、こ、こんなことって・・・・・・」
二つに割れた、私との婚約指輪が床に転がっていた。
それを、アリスは、踏みつけた。
私の頬を涙が伝った。
「へへへ、涙なんか流したって無駄だぜ。女って、グプッて汚ねえゲップを出すみたいに自在に涙を流すことが出来るんだってなあ。俺の女の一人―――ナルナルがそう教えてくれたぜ」
私の中で、寒々とした風が吹き抜けた。
「ナルナルって・・・、誰?」
「あん? もう泣き止んだのかよ。お前の汚ねぇあそこから出る聖水のような、悪臭放つ涙をもっと見せてみやがれよ」
「だから、ナルナルって誰のことよ!!」
私の手はブルブルと震えていた。
「ナルナルはナルナルだよ。そんなことはどうでもいい。
そんなことよりさ、俺、さっき、ちょっと言い間違えをしちまったよ」
「言い間違い?」
「ああ、よくよく考えてみたら、お前の汚ねぇあそこっていうのは言い間違いだよな。今のお前、幼女じゃん。もじゃもじゃだったお前のあそこも、今じゃつるっつるっ。ならさ、まだ、使い込んでもいねえだろうし、色素沈着もしてねえよな。それって汚ねえって言えるか?」
アレルのその下品な言葉に、バッコイもギンも、下品な笑いをこぼす。
「そんな、話はどうでもいい!!」
私は叫んでいた。
「ああ、汚らしい声を出しやがって。歯をちゃんと磨いているのかよ? くせえんだよ。けっ
・・・まあいいさ。ナルナルが誰かだって? そこまで気になるなら、教えてやるよ。
俺のセフレだよ。
ナルナルだけじゃなく、他にも沢山セフレはいるんだぜ。
あと、あれだ、恋人枠の女もたくさんできたんだ」
勇者ってモテること知ってしまったからな、魔王を倒して、とアレルは付け加えた。
私は唖然としてしまった。
何が、アレルをここまで変えてしまったのだろう。
魔王を倒したことで、あの、純真無垢な真っ直ぐな輝きを放っていた瞳も同時に消えてしまった。
魔王が死んでしまったことで、私の愛したアレルも――――同時に死んでしまった。
「何、不細工な顔をして、ぼんやりと俺を見つめているんだよ。気持ちわりいんだよ。
知っていたかい? お前ってかなり不細工なんだぜ。超レア職業の消毒師ならさ、幼女になったときみたいに、自分の不細工な見かけを変える魔法はないのかよ。
あっ、無理か。お前の不細工さって顔だけじゃないもんな。そもそも骨格からダメで、顔を変える程度の安っぽい修正じゃあ、どうにもならないんだったな。あはっ、あははははは」
パシン!!
アレルの笑い声をかき消すように、乾いた音が響いた。
私は、アレルの頬を叩いていた。
年齢を失った私は、今は幼女だ。
そんな、私の平手打ちなど大して痛くはないだろう。
それでも、私は、初めて、男の人に手をあげた。
それも、愛していた人に。
「へっ、安っぽいビンタだな」
ペッ、とアレルは私に向かって唾を吐き、それが私の顔にかかった。
「婚約破棄よ・・・・・・」
私の口から、その言葉が出ていた。
「あん? 婚約破棄?」
アレルは、繰り返す。
「ええ、婚約破棄よ!!」
私の言葉に、アレルは
「えへ、えへへへへ、馬鹿みたいに『婚約破棄よ!!』なんて叫んでいるよ。ああ、どうぞ、どうぞ、ご勝手に。それがお前の決め台詞かよ。そんな言葉で、俺が傷つくとでも思ったのかよ。ダサイにもほどがあるぜ。何か? 某ゴミクズサイトで流行っている決め台詞みたいに、俺が苦しむとでも思ったのかよ?
へへへ、残念だけど、痛くもかゆくもないね。
むしろ、不細工で、しょんべん臭いお前とおさらばできてこっちはせいせいしているぜ。それに、顔を真っ赤にして、『婚約破棄よ!!』なんて、ダサい決め台詞を決めるなら、俺もかっこよく、お前に決め台詞を決めてやるよ。
お前は、つ、い、ほ、う、だ!!
うへへへへ、最高だろ。ゴミクズサイトのゴミクズ話の、アホの一つ覚えみたいにかます最初の一文――――この《つ、い、ほ、う、だ》を最高にカッコヨク決めてやったぜ。あひゃひゃひゃひゃひゃ」
私は、席から立ち上がった。
元仲間だった大好きだった三人から背を向ける。
三人共、私に、歪んだ笑みを投げかけていた。
「おっ、去るってわけね。唇を噛んで、絶対に許さないって顔をしてさ。いやだね~、プライドの高いドブスは。
それでさ、お前ら、このクソ女は、心の中で、俺のことを絶対見返してやるっと思っているんだぜ。さらに、地獄に落ちろとでも思っているかもしれないな」
アレルの言葉に、バッコイもギンも大笑いする。
アレルの言葉は間違っていなかった。両方とも正しかった。
それでもいい。
絶対に、絶対に、あんたたち
許さないんだから。